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6月 04 2016

反省なし感謝なし

11:17 AM ブログ

また微妙な怒り方しています。本当に悪いことばかり起きて哀れなものです。(どこかの会社がごちょごちょ、バタバタおかしな音の立て方をしていたので「また何か起きたみたいだな」と声をかけたら、一変にシーンとなり引きました。また何か起きたようです)

それにしても、どれだけ悪いことが起きても反省しないし、知らないことをどれだけ教えられても感謝もしません。

この辺りの人たちは、そういう反省も感謝も知らないから悪いことばかり起きているのです。(この辺りもう微妙な会社や家が多いですから)

昨日も庄内川に行ったのですが、川岸を散歩している何人かの人が私の顔を見ると必ず何かしていきます。(すれ違いざまに足を引きずったり、急にせき込んだりです)

同じ人がよく散歩に来ているので顔を何度も見ている人も多いんですが、あそこに来ている人は私が何をいっても認めようとしない人が多いのです。

昨日会ったオバちゃん二人組もそうでした。(年は六~七十歳くらいではないかと思われます)もうその人たちは何度も私の辻説法を聞いているのです。しかし、頑として自分が悪いとは認めません。昨日もそうでした。

またすれ違いざまに足を引きずって行きます。もう何回もそれをやられましたのでこちらもキレて「あんたらは自分さえよければそれでいいのか。あんたらが自分たちが悪いと認めない限り、俺は死ぬまで悪者のままで周りから嫌がらせを受け続けるんだ。散々心を救ってもらっておいて、その心を救ってもらった者に罪を擦り付け続けていて良心が痛まないのか」といっても、無視です。

無視どころか、自分たちで何か話してケラケラ笑いながら歩いて行くのです。まるで私が不幸な目に遭っているのを喜んでいるかのようです。

呆れましたね。この人たちは人の不幸が楽しいのでしょうか?(完全に悪魔に憑かれています)

しかも、私に起きている不幸は完全に自分たちのせいであるにもかかわらずです。

こういう信じられないほど愛のない年寄りもいれば、その庄内川の帰り道のこと久しぶりに中学生たちと会いました。(ここんとこ全然会いませんでしたから)

そうしたらまたこの連中、人に嫌がらせをしてくるのです。(それで祈りだしたら、その祈りをバカにしていきます)

この中学生たちは散々私(目上の者)をバカにしておいて、それを一言も謝らないばかりか(まったく反省しないのですから、それだけでも罪です)さらにまだ人の顔を見れば嫌がらせです。(庄内川の帰りだけでなく、別の場所で会ってもこの連中、同じようなことしてきますから。一人として私に頭を下げた中学生はいません)

この中学生連中は、私のブログを読んでいる者もいるのです。

私のブログを読んでいるのなら、それまで知らなかったことを知ったということもあるでしょう。心を救われた者もいるはずです。

しかし、そういうことに少しも感謝せず、自分たちが(嫌がらせやバカにするなどの)悪いことを散々目上の者にしているのに、それをまったく反省しようともせず、さらにまだ嫌がらせを続ける、先ほどのオバちゃんたちといい、この中学生たちといい、こういことをし続けている、こういう人たちに天罰はくだらないのでしょうか?

これだけ悪いことをし続けているのにです。(反省や感謝しないだけでなく、明らかに恩を仇で返しています)

どこかの会社も、また、バスやトラックの運転手連中もそれは同じでしょう。

悪いことをし続けているのに、まったく反省も感謝もない人たちに悪いことが起きるのは、ある意味当然なのではないでしょうか。

悪いことをしている人たちには罰が当たる、昔からそう教えてもらっているからです。

そして、その教えは正しいからです。(善因善果、悪因悪果)

それなのにこういう人たちが病気になると「それはお前のせい」となるのです。

なぜでしょうか?

悪いことをしているのは、その病気をしている人たちの方なのにです。

こういう人たちが増えたから(病気だけでなく)天変地変も増えているのです。

そのような自分本位な心が、そのような災いを呼んでいるからです。災いとは即ち天罰であるからです。

そのような反省も感謝もない心を棚に上げ「悪いのはお前」では悪いことも起きるでしょう。本当に悪いのは、そういうことをいっている(私に罪を擦り付けている)自分自身であるからです。

自分がやった悪いことをまず反省し、いろいろ教えてもらい心を救ってもらった人にはまず感謝しないといけない。

それをまったくしようともせず、文句ばかりいっているようではよいことなど起きてくるわけがないのです。(本当にモンスターペアレントも真っ青です)

私は昨日も庄内川でまた愛ある現象が現れました。

昨日も庄内川の川岸を歩いて南陽大橋の下で休んでいたのですが、その時、一匹のカニが川から上がってきて、私の足元までひょこひょこ歩いて来て、私の靴の周りを自分の体をつけるようにしてぐるっと回り、そうしてまた川に戻るという可愛らしいことをしていきました。

そこらにいるカニが近寄ってきて、足の周りを楽しげに回ってまた川に戻る、こういうことが普通起きるでしょうか?(カニなんか人を見たら逃げて行きますので)

しかし、反省すべきは反省し、感謝すべきは感謝する、そういうことを続けて愛を持った行いを心がけるなら、こういう愛ある現象は毎日のように起きるのです。

少しは自分の行いを反省し(どうしたんですか?今日はやけに静かです。反省したのですか?)感謝の心を持たれてはどうでしょう。

そうすれば、その災いは消えてなくなるからです。

追伸…そのカニが寄って来ている(私の足の回りを回っている)場面も動画に撮りました。

もうずいぶん動画を撮ったSDカードがたまっています。(六~七枚あるのではないでしょうか)

このブログでいろいろ知って心を救われた人も多いと思います。では、少しくらい布施してくれないでしょうか?(こうお金がなくては動画も公開できません)

それも一つの感謝の印(しるし)であるからです。

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