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6月 16 2016

不幸の原因

11:01 AM ブログ

しかし、面妖ですね。

昨日あれだけ多くの電話が入ったのに(凄かったですよ。午前中などほとんど電話が鳴りっぱなしでした)夜の八時前には電気が消えていました。(どこかの会社ですが)

この会社は忙しいと十二時過ぎまでやっています。八時前に終わるなどこの会社としては暇な方なのではないでしょうか。

それほど忙しくもないのに、あれほどの電話(午前中だけでなく、昼からもよくかかってきていましたから)だから面妖だと書いたのです。(それに昼から急に静かになりましたし)

マァ、よその会社のことなのですから、こちらが気にする話ではないのですが、そのようなどこかの会社に比べ、私の暇なことといったらありません。(ほとんど電話など入りませんから。〔苦笑〕)

だから、やっかみ半分で書いているのですが(笑)あれだけの電話が入り暇だとはこれいかに、といったところでしょうか。(苦笑)

何度も書きますが、もし、次から次へと災いが起きてきたのなら(今日も微妙に静かですが)早く反省し詫びに来た方がいいのではないでしょうか。

その不幸の原因をつくっているのは自分たちに他ならないからです。

はっきりいっておきますが、そのような不幸が次々に起きているその原因は、そのような傲慢な態度にあるのです。

だからそれを反省し、迷惑をかけた人たちに(私を含めた近所の人たちにです。ずいぶんでかい音を立てているんですから)詫びを入れた方がいいといっているのです。

それをしない限り(そのような心にならない限り)その現象は止まらないからです。

他の人にもいっておきますが、ずいぶんまたサイレンも聞こえています。(昨日もずいぶん怒っている人もいましたが)多くの不幸が訪れる前に神に詫びられたらどうでしょう。

神に対し、不遜な態度を取り続けているのはそちらの方であるからです。

私はそのことを教えているだけです。その私にもう少し感謝されてはどうでしょう。私がいなかったら、誰もそのことに気づかなかったからです。(気づかないのであれば、今頃日本はなかったでしょう。天変地変が今以上に起きてです)

そういう感謝の心がまったくないから不幸になるのです。(感謝の心がないどころか自分たちの〔神を理解しようとしなかった〕罪を私に擦り付けています。それでは不幸にならない方がおかしいのです)

不幸になる原因を自らつくっておいて責任転嫁していては、その不幸はいつまでたってもなくなりません。

多くの人は自分でつくっている不幸の原因に気づいていないだけなのです。(この辺りの人は気づいていても、それを認めない人が多いようですが)

早くその不幸の原因に気づくことです。(認めることです)その原因に気づかなければ(認めなければ)永遠にその不幸はなくならないからです。(だから、その原因に気づかなければ〔認めなければ〕死んでもその不幸は続くということです。地獄でです)

それは何も神に対する態度ばかりではないのです。

例えば、昔やんちゃをしていた人がいたします。その人がまじめになり、家庭を持って幸せな生活をしていたとします。

しかし、その幸せな家庭がある日突然不幸に見舞われるのです。(例えば、自分か奥さん、あるいは子供たちが大きなけがをしたり、病気をしたりしてです)では、その原因はどこにあったのかということです。

その家庭生活が幸せであり、家庭内に問題がないのであれば、その不幸の原因は他にあるということになります。

では、その不幸になった原因はどこかということです。

この例を分かりやすく説明するために、今回私は先に不幸の原因を書いておきました。ですから、どこにこの幸せな家庭が不幸になったのかは前の部分を読めば分かると思います。

どこの部分であると思いますか?その不幸になった原因はです。

たったこれだけしか書いていないのだから(十行くらいしか書いていないのですから)すぐに分かると思います。

それは「昔やんちゃをしていた」という部分です。

もし、この人が、その昔やんちゃであった部分をまったく反省していないのであれば、それが原因となり、今の幸せな生活が不幸になるということは十分考えられるのです。

昔やんちゃであったのなら、その時にその人に迷惑をかけられた人たちは必ずいるからです。

人に迷惑をかけているのなら、それは罪となって残ります。

では、その罪を反省していないのなら、その時つくった罪はいずれ自分に返ってくるのです。

今回の例は、その時(やんちゃしていた時)つくった罪が自分の家庭に返ってきたということです。

それで幸せな家庭が不幸になったのですが、こういう例は巷にあふれているのではないでしょうか。

昔はずいぶん悪かったが、今はまじめになって幸せな家庭を築いている、などといわれる人によく不幸が起きるのは、その昔していた悪いことを反省していないから、その昔していた悪いことが自分に返ってきて、現在の自分たちが不幸になったのであり、一見すると、その人にたまたま不幸が襲ったかのように見えますが、そうではなく、その人が不幸になったのなら、その不幸の原因は必ず自分自身でつくっているということです。

自ら不幸の原因をつくっているから自分が不幸になったのであり、その不幸の原因は決して人のせいではないということです。

その人が、もし自分が不幸になった原因が分からないというのであれば、その人は自分がなった不幸の原因をただ自分で気づいていないだけなのです。(自分では忘れていることが不幸の原因などということはよくあることだからです)

釈尊がいわれた「善因善果 悪因悪果」「因果応報」という法則は必ず作用しているからです。

だから、自分たちの生活は気をつけなければいけないのであり、悪いことをすれば(そのことを反省すれば別ですが)その悪いことは(自分が覚えている、いない、自覚がある、ないにかかわらず)必ず自分自身に返ってくるのです。(時間がかかる、かからないという違いはあるにせよです)

その不幸が次々に起きている人たちがもしいたとしたら、その不幸の原因は全部自分たちでつくっているということです。

そうして、その不幸がです。未だに起き続けている人がいたとするなら、そのような人は現在においてもまだ、その不幸の原因を自分でつくり続けているということです。

早くその不幸の原因を知って反省されたらどうでしょう。

それをしない限り、その不幸は止まらないからです。

追伸…今日もよく電話が入っているようです。(うらやましい限りです)

まだ無理してやっていますが(それとも悪魔が入りました?)そういうことを続ければ、続けるだけ不幸も続きます。(知らずに悪いことをしていても罪になるのに、知ってて、それをわざとやっている、これではよけい罪も重いでしょう。わざと悪いことをするという罪が余分になりますから)

いつまでも無理を続けていると滅ぼされますよ。(この人たち本当にそうなりそうだから怖いですよね)

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