7月 29 2016
救われる道
昨日は前のバカ会社がうるさくて書けませんでした。
一昨日の夜ですか、かなり前の会社が怒っていたのです。もう凄い怒りようで、それが夜の十一時ごろまで続いたでしょうか。(よほど文句をいいに行ってやろうかと思いましたが、そこが微妙で、キレるほどはうるさくないという絶妙なうるささでした。〔苦笑〕)
そういうことがあった翌日の朝です。(昨日のことですが)もう朝からうるさいだろうと予想して、何度かうるさい音を立てたものですから、即ブログを書くのをやめたのです。(どっちみち無理して書いていても、途中でやかましくされ書けなくなるだろうと思ってです)
そうしたら、即、何か起きたようで(宇宙即我ではありませんが、悪即天罰ですね)昼休みにも、でかい音を立てて怒っているオッサンがいました。(そいうことは今までしませんでした。よほど悪いことが重なって起きているのでしょう)
そうして今日の朝です。なんと昨日以上に怒っているではありませんか。(朝早くからでかい音を立てていましたから)
もう次々に悪いことが起きているようで、さすがに今日は(露骨には)ブログを書くじゃまは出来なくなったようです。(あまりに起きすぎてキレることも出来なくなったんじゃないですか。それでも無理してやっていますが、無理しているのがありありと分かります。かなり引いているからです)
しかし、それだけ起きてもまだ分からないんでしょうか。自分たちが悪いとです。
私は、祈ることは減らしているのです。(昨日でもそうです。では、ブログを書かなかった時間に前の会社を徹底的に祈ったのか、といえば、そういうことはしませんでした。もうそんなに祈らなくても、ドンドン悪いことが起きているからです)
その祈りを減らしているのに、悪い現象が起きる頻度は増えているのです。
では、私の祈りは(その起きている悪い現象とは)関係ないと思われないでしょうか。もし、私の祈りがその現象と関係しているのであれば、私が祈りを減らせば、起きる悪い現象も減らないといけないからです。
しかし、実際は私の祈りに関係なく、起きる現象は増えているのです。
祈りは少ないのに起きる現象は増えている、これが私の祈りと、その起きている現象とは何のかかわりもないという何よりの証拠です。
では、その起きている現象とは何なのか?ということです。
天罰以外に考えられないのではないですか?
天罰であるなら自分たちが反省しない限り、その現象は止まらないからです。反省しない期間が長ければ長いほど、起きる天罰は激しくなるからです。(天罰ってそういうものですよね)
自分たちが悪いことをしていて罰が当たっているのに、その悪いことを自分たちがまったく反省しようとせず続けているのなら、その罰はだんだん激しくなります。
その通りのことが起きているのです。
では、その起きている悪い現象は天罰なのではないですか。起きている現象の起き方が天罰としか思えないからです。
そうであるなら、その悪い現象が起きている原因はもう明白でしょう。
その起きている現象が天罰だというのであれば、その原因は自分たちの悪い行いにあるからです。そうであるなら、その行いを正せばいいのです。
そうすれば、その悪い現象は止められるからです。(天罰であるならそうですよね)
だいたい、人を次々に病気にするなどということをまともな人がするはずがないでしょう。
そんなことをすればそこらじゅうで恨みを買うだけで、下手すればこちらの命まで危なくなるのです。
なんでそんなことを好んでするのでしょう。頭がおかしくない限り、そんなことをするはずがありません。
それは少し冷静に考えれば分かるはずです。
しかし、そういうことが冷静に考えられないくらいのことが起き出したのです。時代が変わったからです。
その時代が変わったということを多くの人はいつまでも理解しようとしないのです。
だから責任転嫁ばかりしているのです。そういう現象が起きている、その理由がよく分からないからです。
しかし、起きてくる現象が早くなったのだけは確かなのです。(善因善果、悪因悪果のです)だから、こういうことが起きているのです。
私が人を病気にしているのではなく、心を救われた私にまったく感謝もせず、嫌がらせのような行為ばかりしているから、そのような人たちに天罰がくだり(それも早々にです。現れる現象が早くなっているからです)そうして病気になっているのです。
それを多くの人は責任転嫁しているだけなのです。(だいたい、悪いことが起き出した順序を知るなら、それは分かるはずです。多くの人が私に嫌がらせを始めてから災いが起き出したのですから)
私だけに鳥が寄ってくるような(釈尊やキリストと同じ)奇跡が起きていることが、私が人を病気になどしていない何よりの証拠なのです。(こういう現象が起きるようになったのも、起きる現象が早く現れる証拠です。だから、私程度の者にでも釈尊やキリストと同じ奇跡が起きるようになったのです。よいことをして起きてくる現象も早くなったからです)
そんな悪いことをしていないから、私に釈尊やキリストと同じような愛ある奇跡が起きているのです。
この前、あの戦後最悪の殺人事件を起こした、あのような者に鳥が寄って行きますか?
あのような者には、鳥が寄って行くどころか、気の弱い鳥たちはみな逃げだすのです。
私に寄って来ている、あの気の弱い鳥や魚たちが私がそういう悪いことはしていないと教えているのです。
だいたい、法に従わず逆らっている方が悪いのです。(だからこれだけ起きる現象が違うのです)
それはこの辺りの人たちだけではなく、どこの人たちも同じでしょう。
いま大雨が降っている北海道などでもそうです。東北もそうだし(地震ばかり起きている)茨木もそうです。
九州も同じでしょう。
私はあの辺りは異常気象が起きるともう早くからいっているのです。反原発の施設が多いからです。
原発をやめろといくらいったところで(そういっている人たちには何の奇跡も起きず)そういう反原発の施設があるところに次々に異常現象が起きているのです。
だから、そういうことが起きているということは原発は進めるべきであると、脱原発などやってはいけないと、そういうことを天が教えているのだと、私がどれだけいっても聞きゃしません。
未だに脱原発を主張し、メガソーラーの会社など増やして太陽光パネルなどつくり続けているのですから呆れます。
だから異常現象が止まらないのです。
大企業は自分たちばかり儲けていてはいけないと、もっと利益を分配しないといけないと、何度もいっているのに、その私のいうことを無視し大企業は自分たちばかり儲けているから、あの熊本地震が起きているのだし、そういう反省をまったくしようとしないから、熊本はその後も大雨などが続いて、今度は猛暑と二重三重の災いが重なって起きているのです。
関東の人たちも大丈夫でしょうか?
昨日、梅雨明けしたようですが、関東の水がめである鬼怒川ダムなど貯水率が過去最低を記録し水不足は深刻です。(夏が来たなどと喜んでいる場合でしょうか?)
このままではあちこちに支障をきたし(農作物などにも)大きな被害が出ます。
私がどれだけ関東の(東京の)人たちが動けば、日本はもとより、世界に法が拡がりますと、いくらいっても、私のいうことをいつまでも無視しています。
これでは関東にいいことが起きるわけがありません。法を(私のいっていることを)無視しているからです。
このように日本中の人たちが私のいうことを聞こうとせず、法に従おうとしないのです。
これではいいことが起きるわけがりません。
法に従わないと、よいことは起きないからです。(本当の神の教えに従わないのですから、よいことが起きないのは自明でしょう)
いつまで法を無視しているのですか?
法を無視している限り、救われる道は現れて来ないのです。
追伸…昨日は白鳥公園に行き、横の堀川に行っていたのですが、その堀川で凄いものを見ました。
その凄いものとは今話題のアリゲーターガーです。(話題なのはこの辺りだけですかね。名古屋城のお堀にいるということで何度もニュースでやっていましたから。それで私もあの魚のことを知ったのです)
まさかアリゲーターガーが堀川にいるとは思いませんでした。しかし、いたのです。私がこの目で見たからです。(私が堀川沿いを歩いていて、小魚たちと遊んでいたら、その小魚たちが急に逃げだしたのです。「何だ」と思って前を見ると、なんと一メートルくらいのアリゲーターガーが悠々と泳いでくるではありませんか。びっくりしました)
昨日はビデオを持っていなかったので、その姿を撮ることは出来ませんでしたが、今度は撮ってやろうと狙っています。(堀川にアリゲーターガーがいることを証明します)
これから堀川に行く回数が増えるかもしれませんが、こういう意外なことが私には次々に起こります。
これも法の効果でしょうか。(笑)



人目の訪問者です。

今回の相模原事件は心の尊厳を忘れてしまった現在において、非常に危惧した事件であったような気がします。何故生まれて来たのか、何のために生きているのか。また、今回は事件前に措置入院をして経過観察をして問題なしとの見解で退院したそうです。何でも初期に異常な言動をして後々正常になっていくストーリー通りに演技をし退院したそうです。この事から医学では心までは測れないことを露呈し明らかな事実となってしまったものと思いました。それはまた心を救うのはやはり先生の説くものであることを証明した事実であったことを確信しました。
そうですね。このようなことを救えるのは神の力が現れる法しかありません。
早く法を拡げなければいけないとつくづく思います。