8月 19 2016
反省と謝罪
昨日、私は名古屋港に行ってきました。
水族館には入らなかったんですが(夏休み中は混んでいるでしょうから)その帰りのことです。私はわざと広い通りばかり選んで帰ってきました。
昨日のようなブログを書けば、さぞ運転手連中が怒っているだろうと思ってです。(運転手連中の様子見です)
マァ、トラックの連中は予想通りでしたが(あちこちでブシュブシュやられました。しかし、前を向いて私の方は一切見ない、そんな運転手ばかりでしたね。やはり後ろめたいのでしょう)バスの運転手の態度は予想外でしたね。
私はバスの運転手の方が怒っているとばかり思っていたからです。(とにかく市バスの運転手など私の顔を見るとみな凄い怒りようですから)
しかし、実際は(昨日は私の横の道路を何十台もバスが通りましたが)ブシュとやってきた運転手は二~三台で後は静かなものでした。
私的にはかなり違和感を感じました。
一昨日まで、あれだけ怒っていたバスの運転手たちが急に静かになってしまったからです。
よほど昨日のブログが的を射ていたのでしょう。
だからやれなくなったんじゃないですか、私に対する嫌がらせをです。(トラックの連中もそれは同じだと思いますが〔態度が明らかに変わっていましたから〕トラックはいろいろな会社の人間がいますからね。バス会社ほどまとまっていないんでしょう)
ならば、詫びを入れたらどうですか?そうしない限りあなたたちが救われる道はないからです。
それどころか、このままでは、どれだけ多くの人が不幸になるか分からないからです。
その次々に起きている災いは(自分たちだけではなくサイレンも含めたです)私のせいなどではなく、自分たちの行いが招いている結果なのです。
では、その行いを反省して、私に罪をかぶせて嫌がらせしたことを詫びない限り、その災いは止まりません。
それをしない限り(私に嫌がらせを続ける限り)この辺りでしている救急車のサイレンは止まらないし(あなたたちのそのような行為が原因なのですから)自分たちが(恐ろしい)病気になっているのも止まらないのです。(あなたたちの行いがあなたたちに返って来ているだけですから)
では、行ったらどうでしょう。
この辺りに、これだけの災いを招いたその責任は(自分たちも含めたです)あなたたち運転手の人たちにあるからです。
あなたたちが率先して悪いこと(私に対する嫌がらせ)を始めなければ、これだけ多くの人が私に嫌がらせをするということもなかったと思うからです。
それが原因で、この辺りのこれだけ多くの人を病気にしたのです。(一時は凄いサイレンがしていましたから)
反省と謝罪は当然のことなのではないですか?
それをしない限り、この辺りのサイレンは止まらないからです。そうして自分たちに起きている災いもまた止まらないからです。
あなたたちが一番はじめに間違ったことをしだしたのです。では、あなたたちが一番はじめに直すべきでしょう。
そうすれば、後の人たちもあなたたちに続いて、私に対する反省と謝罪の心が出てきて、感謝の心も出てくるからです。
そういう心に多くの人がなって(私に対する感謝、それは即ち神に対する感謝)はじめてこの辺りで起きている災いが止まり、奇跡が起き出すのです。
もう私に対し、感謝した方がいいのか、それとも逆らった方がいいのか、どちらがいいのかは火を見るよりも明らかなのです。
私には(法を説いている人には)感謝した方がいいに決まっているのです。
私に感謝した人たちには多くの奇跡が、逆らった人たちには多くの災いが、実際に現れているからです。
これはもう多くの人が知っていることなのです。
しかし、知っていながらこの辺りの人たちは私に感謝しようとしないのです。
なぜでしょうか?
それは、あなたたちが私一人を悪者にし、未だに嫌がらせを続けているからです。
どれだけ奇跡が起きようと、そんな悪い奴のいうことなど聞けるか、それがこの辺りの人たちの考えであるからです。
あなたたちが私一人を徹底的に悪者に仕立て上げたため、この辺りの多くの人たちが(私のいうことを聞けば奇跡が起きると分かっていても)それでも私のいうことを聞けなくしているのです。
どれだけ奇跡が起きても「悪人のいうことなど聞けるか」という悪感情がじゃまをしてです。
こういうことも含めてこの辺りで起きているすべての悪いことは、あなたたちの責任なのです。
あなたたちが(私に対する悪感情の)先鞭をつけたからです。
だからあなたたちの多くが次々に病気になるという現象が現れているのであり、これだけの悪を犯したのです。(私に対する悪感情がなければどれだけ多くの人を救えたでしょう。そればかりか多くの人に奇跡が起きたのです。それなのに、その悪感情のせいで奇跡どころか多くの人に災いを起こしてしまいました。どれだけ罪が深いでしょう)
もし、あなたたちが絶対に反省と謝罪をしないというのであれば(あなたたちがどれだけいようとです)あなたたちの最後の一人まで、その恐ろしい現象は現れ続け、その最後の一人まで苦しみぬいて死ぬことになり、死んだ後も永い期間地獄で苦しみが続くことになるのです。
それだけの罪を(それほどの罪を)今生あなたたちはつくっているからです。(私を知って法を知り、救われるはずだった多くの人(少なくとも東海三県くらいに住む人)を救えなくして、地獄に堕とした人までいるのです。一体どれほどの罪でしょう)
これは脅しでもなんでもありません。事実です。
もしあなたたちが私のいうことに従わないのであれば、これからまだまだあなたたちには凄まじい災いが起こり、大きな苦しみを与えられることになります。
何度もいいますが、あなたたちはそれだけ大きな罪をすでにつくっているからです。
しかし、私のいうことに従うなら災いもなくなり、奇跡も起き出すのです。
それはもう多くの人が知っている承知の事実であります。(奇跡も災いもです)
では、従ってください。
私のいうことに従わなければ、あなたたちだけではなく、多くの人たちが不幸になるからです。
(もう意地になり私のいうことに逆らうなどというレベルではないのではないですか?そんなことをしていれば滅ぼされてしまうからです。〔あなたたちだけではなく、多くの人がです〕どこかの会社も、その意地を段々通せなくなってきているようです。〔祈るとすぐに何か起きるようだからです。天罰覿面です〕それでもまだ何かしようと必死のようですが、そういう愚かな人たちばかりなのですか?自分が悪いと思ったら、自分一人でも反省と謝罪をするべきでしょう。正しいことは一人でもする、それが本当の正しい人であるからです。というよりも、それが神の子の人間として当たり前の行為であるからです。運転手の人たちは自分が考えている以上の大変な罪を犯しているのです。その罪の重さ、少しは自覚されてはどうでしょう)
追伸…昨日の話ですが、オリンピックの女子レスリングで日本人選手三人が金メダルを取りました。
しかもその三人の金の取り方が劇的で、三人が三人とも、みな逆転の勝利であり、その逆転の仕方が試合の残り時間がわずか数秒から数十秒での出来事であったのです。
このことはずいぶんニュースでも流れていましたので(奇跡ともいわれていますが)多くの人は知っていることなのですが、一昨日の夜のことです。
オリンピックを見ていたら「オリンピックも残りあと五日です」(一昨日の時点で)ということをテレビのアナウンサーがいっていました。
「オリンピックもあと五日か」と思い、その後「このオリンピックはずいぶん神の力が現れたオリンピックであったな」と私は思ったのですが、しかし「これでも神の力など信じない、今回のオリンピックの成績がよいのは、選手やコーチ、監督たちの努力のたまものだとしか思わない人もいるだろうな」とも思いました。
それで寝る前に「神よ、最後にもう一度このオリンピックで神の力を多くの人にお見せください」と祈ったのです。
そうしたら、翌日の朝、あのような劇的な勝利を女子レスリングの三人の選手が見せてくれたわけです。
あんな大逆転勝利を一人や二人ではなく、三人もの選手が続けて見せてくれるものでしょうか?(三は神の数字ですが…)
私は最後にまた神の力を見せられたようで、やはりこのオリンピックに神の力は現れていた、と確信したわけです。
私的にはそう思うのですが、皆さんはどう思われますか?



人目の訪問者です。

先日近くで終戦記念日に合わせた催事をやっていたのを見に行きました。そこでは体験談や写真等が掲示してありました。私は順に体験談を読んでいると説明員に呼び止められペンタイプのレコーダーを使ってくださいとそれを
渡されました。それを使うと本人の生声が聞けるとと言われたので使って見ました。ズバリ、自分の読んだ体験談を本人の生声で聞くと全く心に響くものが違うことに衝撃を受けました。体験した人の声はやはり言霊と言われる所以も分かるような気がしました。そして自分のことにも気付きました。今や先生のブログを読み心を正しき方向へと向かわせられることに感謝の念が湧いて来たのです、
直に先生の話を聞いた訳でもないのに、納得出来ることこそ心の大切な宝物ではないのだろうかと思えるようになれたことにです。もし直接話を聞こうものなら頭を上げることが出来ない気さえします。
一期一会とは簡単に口にするけれど、もっと深いところに意味があるのではないかと考えます。
そうですね。