10月 08 2016
サイレンを止めるには
前のバカ会社、三連休ですかね?…珍しいですね。月曜が祝日の時は土曜日は出てきていることが多いからです。
最近は昼だけではなく夜まで怒っています。(つまり一日中怒っているということです)
それだけ怒りながら仕事をやっていても面白くはないでしょう。もうその場所で仕事をしていてもよいことが起きることはありません。(あまりに法の流布のじゃまをしすぎました)
そこでの仕事をやめるか、仕事をやめないにせよ別の場所でやったらどうでしょう。
それだけ悪いことをしている場所では、何度もいいますが、もうよいことは起きないからです。(つまりもうそこにいては災いは止まらないということです)
自業自得というしかありませんが、この連中に負けず劣らず(というか、こと罪の重さだけ見ればはるかに超えているのかもしれませんが)悪いことをしている連中がまだ他にもいます。
そういう人たちは一体どうするつもりなのでしょうか?
もう正直にいった方がいいのです。
「あのサイレンは私たちのせいです」とです。
これだけ多くの人が病気になっているのです。(現在進行形です。〔まだサイレン聞こえてきますから〕)このサイレンの被害はどれだけ広がっていのるか分からないくらいなのです。
本当にすさまじい現象を現されたものです。天からこれほどの現象を現されるなど、ここ数百、数千年の間はなかったんではないでしょうか。
こんなに多くの人が次々に病気をしたなど(本当にもう数が分かりません。一番サイレンがしていた時など、それこそ十分、十五分おきくらいにサイレンが聞こえてきましたから。それが一日中です)釈尊やキリストの時代にもなかったと思うからです。(だって、多くの人が何年にもわたり次々に病気をしたなどということは、仏典や聖書にも記録されていないですもんね)
もしかしたら、あのモーゼの頃と同じような現象を現されているのかもしれないのです。(あの時は過ぎ越しの祭りなどありましたから…しかし、もっと数が多いかもしれませんが)
だとしたら、あのモーゼの大奇跡のような伝説が現代に蘇ったということになります。本当にとんでもない現象を天から起こされたものです。
それほどの現象が現れたのです。その原因をつくった人たちはよほど重く大きな罪を犯したということになります。
それを思うと大変なことを運転手の人たちはしているのです。その責任の重大さをもっと認識すべきなのではないでしょうか。(サイレンの原因をつくったのはあなたたちなのですから)
私が、このブログを書き始めた七年ほど前はもちろんこんなサイレンなどしていませんでした。
このようなサイレンがするようになったのは、三~四年くらい前からです。その時期はちょうど私の名前が多くの人に広がり始めた頃でした。
その私の名前を多くの人が知った、その一番初めの人たちがバスやトラック、電車などの運転手の人たちであったのです。
ところがこの人たち、私のことを知ったのはいいんですが何が面白くなかったのか私の顔を見ると、ブシュブシュ、ブシュブシュ、エアーを吹かせて嫌がらせを始めました。
もう道を歩いていると、そこらじゅうでそのような嫌がらせを私は受けたのです。(真横で思いっきり吹かされて鼓膜が破れそうなこともありました)
私がそういういじめを多くの運転手から受け始めて、それからしばらくしてからです。あのサイレンが始まったのはです。
では、あのサイレンの原因は運転手がつくったといえるのではないでしょうか。運転手がそんなことを私にする前にはサイレンなどしていなかったからです。
しかし、それにもかかわらず、運転手は私への嫌がらせをやめようとはしなかったのです。
すると、あのサイレンは徐々に増えていき、多くのサイレンが聞こえてくるようになったのです。
そのサイレンがドンドン増えてくると、なぜか知りませんが、いつの間にかあのサイレンが私のせいになっていったのです。
このサイレンは、私が運転手連中からこのような嫌がらせを受け始めてから始まったことであったにもかかわらずです。
多分、この運転手連中が、私のことをよく思っていなかったので(だから嫌がらせをしているんでしょうから)そういう悪いことを何でもかんでも私のせいにしたのではないでしょうか。
それで私の悪い噂が拡がり、だから私は、そこらじゅうの人から嫌がらせを受けるようになったと思われます。
それは想像にすぎませんが(何せ誰も私とまともに口をきいてくれませんから)そういう噂を誰が流したのかは知りませんが(でも何人かの運転手がかかわっていることは確かでしょう。一番最初に私のことを知ったのは運転手連中であったからです)どちらにしてもその噂は間違いなのです。
私はもう何年も前から、こういう人の心を救う行いはしていたからです。しかし、最初の頃はこんなサイレンなどしていなかったのです。
それどころか、この人の心を救うブログを書き始めた頃から、私が祈ると次々に現象が現れ、その現象のお蔭で、多くの唯物無神論だった人々が唯心有神論を信じ始めたのです。
その評判が、この辺りの(特別この辺りだけではないかもしれませんが)多くの人が私を知るきっかけとなり、そうして運転手連中に私のことが知られて行ったのですが、この運転手連中は、その私のやっていることが(現象を現していることが)気に食わなくて、それで嫌がらせを始めたのかもしれませんが、結果的にはです。
その私の現した現象が、多くの人が神を信じるきっかけとなって、唯物無神論であった日本の人たちが唯心有神論に変わり始めたのです。
そればかりか、それが大きな心の変革につながり、これからのことを考えるのであれば、私がしている心の変革は(ブログにせよ、辻説法にせよ、現象を現すことにせよです)これからより多くの人々が救われるための、まことに大きな出来事であったといえるのであり、後のことを考えるのであればです。
私が現した現象は、日本発のこれから起きるであろう世界的規模の歴史的なパラダイムシフトの始まりとなるのです。(これから世界的規模の大きなパラダイムシフトは必ず起こりますから)
実際に私が世に知られてから、日本の多くの人々は唯物無神論から唯心有神論に変わっていっています。
数十年もの間(あるいはもっと長い期間かもしれませんが)頑固に唯物無神論を信じ続けた世界でも唯一の日本の人々がです。
これだけ神を思わなかった人たちは世界でも稀でしょう。ということはこれだけ神に対し不遜であった人たちはいないということになります。
では、大きな現象も起こさざるを得ないのではないでしょうか?
神を信じている人が多かった三千年前のエジプトでさえ、モーゼはあれ程の現象を現されたからです。(モーゼの大奇跡)
そうであるなら、私が(頑固な無神論の日本の人々の目を覚まさせるために)起こした現象など何ほどのことがありましょう。
最低限の現象で、多くの日本の人々の神に対する目を覚まさせたからです。(このような時は、物事を小さく見てはいけないのです。大きく見ないといけないのです。そうしないと正しい判断は出来ないからです)
どちらにしても、神が起こされる現象を(すべての現象は天が起こされるのです。私ではありません)間違っているなどとは思わない方がいいでしょう。
神が起こされる現象の意味は、人の考えなど及びもつかない広く大きく先々までもの考えが、そこにはあるからです。
その(自分たちが)及びもつかない考えがあるにもかかわらず、自分たちだけの目先の考えで(小さな考えで)私のやっていることに反感を持ち、私への徹底的な嫌がらせ、それがどれほど天の怒りを買ったのかお分かりでしょうか?
だからこれほどのすさまじい現象が日本に現されたのです。
それだけの愚かなことを運転手連中はしてしまったからです。
だから私は正直にいわないといけないといっているのです。
正直に自分たちの(重く大きな)罪を認め、それを世の人々に分かってもらい、私への誤解を解かない限りは天の怒りは解けないと思うからです。
天の怒りが解けないのであれば、サイレンは続きますし、サイレンが続くのなら、病気になる(不幸になる)人は止まらないということになります。
どちらにしても、私への誤解が解けない限り、多くの人は救えません。その私への誤解は、その誤解をつくった人たちが解かない限り、自分たちがつくった重く大きな罪は償(つぐな)えないのです。
その誤解を誰がつくったのですか?だから、誤解をつくった人たちも苦しんでいるのです。自分たちのつくった罪が自分たちに次々に返って来ているからです。
もう二十世紀の考え(末法の考え、自分さえよければいいという無責任な考え)のままでは二十一世紀は通用しません。
二十一世紀は心の時代となり、法の心(正法の心)を知らないと(実践しないと)やっていけない(不幸ばかりが起きる)時代となっているからです。
これからこの法は大きく世界に拡がって行きます。(その傾向がすでに出ているのではないですか?よいことにせよ、悪いこことにせよ、これだけ多くの人たちに私が知られつつあることがその何よりの証拠です。私が知られるということは法が知られるということですから)
法が世界に拡がるなら(これだけ不幸ばかりが起きている)世界が大きく変わることになります。(もちろん、幸福が〔奇跡が〕たくさん起きる世界にです)
世界を大きく変えることが出来る、その教えの生みの苦しみをいま名古屋の人たちは(名古屋近辺の人たちは)味わっているのです。
ここで堕ちて行きますか?それとも、この困難な状況を乗り越え先に進みますか?
それは自分次第ですが、先に進むのであれば、これまで見たこともない、幸福な世界を見ることが出来るのです。(マァ、そう簡単ではありませんが)
その始まりが、まず、この名古屋近辺で起きている数々の災いを止めることなのです。(それはサイレンだけではありませんが)
勇気を出して正直にいってください。
その勇気の先に素晴らしい世界が待っているからです。



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