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10月 15 2016

正直

11:33 AM ブログ

昨日は内海に行っていました。

内海は一週間前に行ったばかりなんですが、今回は別の要でまた行ったのです。

それは後で書くとしまして、行く時に駅まで歩いていたら、もう道を通るバスやトラックのうるさいことうるさいこと、前回ああいうブログを書いています。

マァ、予想はしていましたが、皆さん「お前のいうことなど聞けるか」という態度なのか、それとも、いつ自分に恐ろしい現象が現れるのかとヒヤヒヤで怒っているのか知りませんが(もうほとんど後者でしょうね)こちらにちょっかいをかけまくりでしたね。(苦笑)

しかし、どれだけ怒ろうがどれだけちょっかいをかけようが無駄です。自分が聞こうが聞くまいが、ヒヤヒヤしようがしまいが法則は必ずかかるからです。

かわいそうもへったくれもありません。(それこそ大人から子供までです。嘘もごまかしも出来ません。必ず正しく現れます。すべて自分の心と行い次第なのです)自分に悪いことが起きたくなけば、自分が悪いことをしなければいいのです。

それにしてもどうするつもりなんでしょうか?このまま嘘をつき続けるつもりなんでしょうか。運転手の人たちはです。

全員が全員とはいいませんが、そういう嘘をついて、私一人に罪を擦り付けた人はいます。(あとの大方の人は騙されたんでしょうが)

そういう(間違ったことを先導した)人たちが正直に事実を話し(このサイレンは私のせいではなかったとです。自分たちのせいであったと多くの人の前でです)自分が悪かったと反省する以外、この災いを収める手段はありません。

つまり、そういう人たちがいつまでも事実を黙っていればいるほど、まだこれから多くの人に災いが現れるのです。

それはそうです。悪いことはみな私一人のせいと思い込んでいる人たちが多いからです。そういう心の人たちは必ずどこかで災いが現れます。

その思いが間違っているからです。

だから、この辺りの人たちは災いが起きる人が多いのです。自分たちが間違っているのに、その間違いを認めず悪いことをすべて私のせいにしているからです。(法則無視です)

マァ、この辺りの人たちはともかくです。多くの人にその間違った思いを植え付けたのは、そのような(バスやトラック、電車の運転手の)先導者の人たちです。

ですから、その人たちの罪は大きいといわざるを得ないのです。

では、責任を取るしかないでしょう。どちらにしても、その(大変大きな)責任は取らされることになるからです。(この世で取らないのなら地獄でです)

しかし、そのような人たちは心が痛まないんでしょうか?自分たちが黙っていればいるだけ、私のせいにし続ければし続けるだけ、不幸になる人が出るのにです。

今のままでは不幸は必ず起きるのです。(起きていますよね。現に)

そういう人たちが黙っているから、これだけの災いがこれだけ大きく拡がっているのです。(もう、そういう事実を知っている人ばかりです)

本当に、そういう嘘を最初についた人たちは心が痛まないんでしょうか?そんな嘘をつかなければ、これほどの災いが起きることもなかったからです。(いま思うと大変なことをしましたね。その人たち)

しかし、私なら正直にいいますけどね。だって自分が嘘をついているせいで多くの人が病気になっているのです。

私がもしそんなことをしているのなら、それはそれは心が痛んで夜も寝られなくなります。当然どこかでいいますね。

「私が嘘をついていました」とです。

その方がよほど(心が)楽になるからです。

もちろん大いに悩むとは思いますがね。それでもいうでしょう。私の周りの人が私のせいで次々に病気なるのです。

それをずっと見続ける方が嘘をつき続けることよりも、ずっとつらいことであるからです。(別にいいかっこしているわけではなく、普通の人ならそういう思いになりませんかといっているのです。年寄りから小さな子供まで、自分のせいで病気になるのです。普通なら堪えられないでしょう)

その後の自分の人生がめちゃくちゃになるかもしれませんが、そんな大それたことをしてしまったのです。

自分の自覚があるないにかかわらずです。もうこれだけのことが起きているのです。その責任は取らなければいけないのではないでしょうか。

それに心から詫びを入れるなら、必ず道はついて来ます。そういう(正直にいって反省する)心と行いが一番大事だからです。

そういう人を神は見捨てることはないからです。

いま現在、そういうめちゃくちゃな人生を歩んでいる私がいうのですから間違いありません。

今の私はめちゃくちゃな人生を歩んでいますよね。私一人が悪者にされ、そこらじゅうで嫌がらせを受けているのですから。

それでも自分が正しければ神の奇跡は起きるのです。その奇跡に大いに助けられているのです。

そういう奇跡も何もなかったら私はとっくに自殺しています。

私は悪いことをすべて自分のせいにされ、そこらじゅうで嫌がらせを受けているからです。(そこらじゅうで嫌がらせを受ける集団ストーカー状態がもう何年も続いているのです。普通だったら堪えられないでしょう。このブログを書いている今でも、バカ会社やバカマンションの連中がじゃましているくらいですから)

どれだけつらいか分かりますか?いま自殺を考えている人がもしいたとしたら、私のつらさからしたら、そちらのつらさなど大したことはないのです。

神に祈って、悪いところを反省し正直に生きるのなら、必ず道は開かれます。頑張ってください。

…話が横道にそれましたが(苦笑)自分たちが嘘をついているために多くの人が(いま現在も)不幸になっているのです。

何度もいいますが『心は痛まないのですか?』

すでに事実は分かっているのです。それを正直に話し責任を取ってください。そうしなければ、その不幸は止まらないからです。

その怒りまくっている人たちに辻説法をしながら駅まで行って電車に乗ると、私は内海まで行きました。

なぜ、こんなに何回も内海に行くのかというと、この前行った時に途中の駅で電車が止まると、その辺りの人たちで怒っている人たちがいたからです。(何せ、電車が駅で止まっただけでも鳥たちが異様に騒いでいるところがありますからね。私が電車に乗っているとすぐに分かるようです)

だから、内海に行った帰りにその駅で降りて辻説法をしながら帰ろうと思ったのです。

内海の帰りに、その駅に降りると(名鉄の富貴駅です)思っていたほどではなく皆さん静かなものでした。(道を走るトラック連中はうるさかったんですが)

それであまり辻説法をする機会がなかったんですが(一駅歩いたんですが、二、三回くらいしか出来なかったです。あまりドンとかガンとかされなかったものですから)その辺りは川や海があります。

そうするといけませんね。どうしても、辻説法より、そちらの方に興味が行ってしまうからです。(そこにいる魚たちにです)

富貴駅を出て少し歩くと海がありますが、その海を見ながら歩いていたら、また浜辺の水際に小魚の集団がいました。

「あんなところに固まっているよ」と思って(なんか友達にあった気分です。〔笑〕)「おいお前ら、元気か」と声をかけました。

その小魚の集団は最初は驚いたようで、逃げかけましたが、私と分かると嬉しそうに水際を泳ぎ回っていました。

その仕草が本当にかわいらしく癒されます。(こういうところで心が癒されるのです)

その海につながっている川があるのですが、その川沿いを歩いていると、また小魚の集団がいました。

その集団に声をかけていると、あちこちから小魚が集まって来ました。(近くにたくさんいたようです)

私の前に数十匹の魚が泳ぎ回っていたのですが、すると、また一匹違う魚が泳いできました。

その魚を見ると何とエイでした。(今回のエイは小さかったですが)

「あれ、こんなところにもエイがいるのか」と思い「おい、お前も元気か」というと、そのエイもゆっくり私の方に泳いできて、前を泳いで行きました。

エイって私たちが(私だけかもしれませんが)知らないだけで、案外どこでもいるんですね。(それも岸の近くにです)

そういうこれまで知らなかった鳥や魚たちの生態も分かってきて、本当に心が癒されます。

こういう奇跡が起きなかったら、多分、私はもうこの世にいなかったんでしょうが(もうさっさと自殺しています。こんなつらい状況はありませんから。布施も全然入らないし)正しい行いをするのであれば、必ず神は導いてくださるのです。

その神を信じ、正直に事実を話してみませんか?

そうすれば、本当の幸せの道がついて来るからです。

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