6月 26 2011
脱原発と気づかなければならないこと
前回、ここに書いたことにあまり異論を唱えると天が怒ります、と書いたら、いやはやすごい天気になりました。あの震度五の大きな余震が起きた日に、長野に大雨が降って、上高地に通じる県道と国道が大規模な土砂崩れにあい、上高地に千二百人が足止めをくらいました。その翌日(天が怒りますというブログを書いた日ですが)は今度は東北が大雨になり秋田や山形では大きな被害がでました。(秋田の何箇所かでこの日一日の雨量が観測史上最大になったとか)
そればかりか、梅雨前線がかかっていない関東から以西は、六月としては異常な猛暑となり、埼玉県の熊谷市では最高気温が39.8度となって、なんと二十年ぶりに六月の最高気温を更新する事態となりました。中部地方など昨日も愛知県岡崎市で35.2度、岐阜県多治見市で35.4度の最高気温となり、ともに六月としては観測史上最高を記録したのです。(おかげさまで名古屋も暑かったです…一体誰のせいでしょう?)
おかしなものです、皆が脱原発を支持し節電に心がけている年に限って(観測を始めて百十三年間で一度もない異常な暑さとなった)去年以上の暑さを、すでに六月の時点で記録しているのです。(ずいぶんおかしな現象がでていますが脱原発は本当に正しいのでしょうか?)
先日、中日新聞に女川原発の記事が載っていました。
私も自分のブログに女川原発のことを書いていて、ちょうど女川原発のことが気になっていたので、ナイスタイミングでした。(笑)
もちろん記事の内容は私の意見とは正反対で脱原発です。(どの新聞もそうでしょう、そのような世相ですから)
この記事によりますと、女川原発もやはりあの三月十一日、福島原発と同じように地震と巨大津波に襲われたと書いてあります。地元の町や集落は壊滅状態で女川原発はかろうじて深刻な事故は免れたそうです。
東北電力は「安全性の確保の仕組みが有効に機能し、安全に停止することができた」といっているのですが、中日新聞はそれは幸運にすぎないと書いています。その理由をいくつか書いていますが、いずれにせよ女川原発は、想定以上の津波が襲ったにもかかわらず深刻な事故にはならなかったのです。そのすぐ後の四月七日にも、すぐ近くを震源とする大きな余震に女川は見舞われたのですが、その時も少々の火災はあったにせよやはり大きな事故にはなりませんでした。(こんな近くを震源とする大きな余震まであって大きな事故になっていない、これも幸運なのでしょうか?)
この福島と女川の差は何でしょう?運がよかったからだけなのでしょうか?
それで十分です。運がよかった…ということはこの世の物質科学では説明できないことです。
では、逆にお聞きしたいのですが、どれだけ完璧なものをつくろうと事故を起こすときは起こします。これはどのようなわけなのでしょうか?
それは運が悪かったといわれるでしょう。
まだ、お分かりになりませんか?この世のどんな完璧なものでも運が悪ければ事故が起き、運がよければ事故が起きないのです。ということは、その運ということがより重要になってくるのではないでしょうか?その運をずいぶんあやふやなものと多くの人は捉えていますが、その運とは何でしょう?そんなあやふやなものを、事故が起きた時と起きなかった時の理由に使うなど、ずいぶんいい加減な話ですね。
しかし、それは本当の運の意味を知らないのです。多くの人は運という意味を何も理解せず使っているのです。
運とは、それが天の作用なのです。簡単にいえば女川は天に守られ、福島は天に守られなかった。それが女川と福島の違いなのです。では、何で福島は天に守られなかったのか、ということを知らないといけないのです。
今回の福島の原発事故は、原子力の安全性や危険性を教えるために起きたわけではないのです。福島の原発事故は、なぜ、これだけ深刻な状況に陥っているのか、その本質を理解しないといけないのです。
今の脱原発は、ただ原子力は危険だ、安全性が証明されない、という原子力の危険性ばかりを強調して言われ、原子力の恩恵を認めようとしません。そのような偏った見方をして脱原発などいってはいけないから、天が今のような現象を起こしているのです。
何度もいいますが、神から与えられているエネルギーを差別してはいけないのです。皆、正しく感謝して使えば必ず私たちに益をもたらしてくれるのです。
今の脱原発の理論は間違った考えで進めてられているのです。(原発を全部止めても節電すれば電力は足りるという人もいますが、ギリギリの電力では経済にせよ科学にせよ発展していかないでしょう、病院などもっと心配ですし、やはりエネルギーは少々余裕があった方がいいのではないでしょうか)
今のまま日本が脱原発を進めて、原発をすべて止めてしまっては半年一年先に日本は大変困ることになるのです。そのことを天はすでに知っていますので、今のように節電している時に限って、いつもの年より以上に気温を上げて、その間違いに気づかせようとしているのです。(今、日本で脱原発をいう人は半年一年先の日本がどのようになるか分かる人がいるのでしょうか?)
でなければ何で節電、節電といわれているときに限って、こんな猛烈な猛暑になるのでしょうか?(これも偶然ですか?だとしたらずいぶんタイミングのいい偶然です)
よいことをしているのになぜ悪いことが起きてくるのか?本当によいことをしていて悪いことが起きてくるというなら、ずいぶん神は意地が悪いですね、神はそんな意地の悪い存在なのでしょうか?残念ではありますが、そんな意地の悪い神などいません、神は慈悲と愛の塊の存在なのです。その慈悲と愛に多くの人は気づいていないのです。現在の多くの人々は、悪いことをしているから悪いことが起きてくるのです。
多くの人の脱原発の考えが間違っているのです。だから天は、こんな考えで脱原発などやっていては日本は立ち行かなくなることを知っているため、わざと節電をあざ笑うかのように異常な暑さをもたらして、警告しているのです。
今、脱原発を言っている人たちは間違っているのです。それを大自然から学ばなければならないのです。
私は自分の意見をここに書いているのではありません、天の心を書いているのですが、何度それをいっても理解してくれず(私のブログを見ているある人に)テレビで皮肉まで言われる始末です。現在の私は天の心をここに書いているのです。ということは天とはツウツウということになります。皮肉を言われれば(私はそれほどまだ人間ができていませんので)カッとします。一瞬でもカッとなればそれが即座に天に通じてしまいます。一変に現象が出てしまいました。
それがあの大きな余震から始まった、大雨、異常な猛暑ということです。(私に皮肉を言った人は)もうそれを理解していただいていると思いますが、まだ、理解できないのでしょうか?わたしは前に、聖書に出てくるエリシャのことを書いたことがあります。本物の神の使いをバカにすれば子供といえども殺されてしまいます。とりあえず私も本物です。あまり本物に皮肉など言わない方がいいと思います。(大勢の人が迷惑しますので)
私に協力してくれる人がちっとも現れませんが、それでいいのでしょうか?天は私に多くの人が協力してくれるまで災いを続けます。その災いは段々激しさを増しています。
誰も法の流布に協力しようとしなければ確実に日本は滅ぶのです。



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