11月 18 2016
気づき
しかし、昨日は呆れましたね。(マァ、普段から呆れることは多いんですが)
夕方、家の近くまで帰ってくると、色をなして怒っているところがありました。近くで家かなんかをつくっている大工連中です。
もう私が歩いていると分かるとガンガンやってきます。しかし、私はこの連中を全然知らないのです。
その大工たちが作業している道など通らないし(いくら近所でも通らない道はありますよね)その人たちを祈った覚えもありません。
顔も見たことがない人たちが、何か悪いことが起きたからとそれを私のせいにして怒りたくっているのです。
だから呆れたといっているのです。悪いことが起きるとこの辺りの人たちは、それを何でもかんでも私のせいにしているからです。(だからいってやりました。「あんたら誰?顔も知らないし祈ったこともない、そういう人たちに何かあっても俺のせい?」とです。そうしたら、静かになりました。〔苦笑〕)
どうして私がそんな知らない人たちまで病気にするのでしょう?そんなことをやたらめったらしたところで、それで一体私にどんなメリットがあるのですか?(そんなことをしても恨みを買うだけだと思いますが…)
人を次々に病気にして、何がそんなにうれしいんでしょう。人が次々に不幸になることを喜んでしているようなら、その人は相当頭がおかしいと思いますが、では私は人の不幸を喜び、人を次々に病気にしているいかれた男だとでもいうのでしょうか?
もし、私がそんな男なら、なんでそんないかれた者にいろいろな生き物が寄って来る(それも喜んでです)愛ある現象が起きているのですか?
分かりませんか?そういうことをいっている方がよほど頭がいかれているのです。
あまりにいっていることが常識外れであるからです。そうして、法則も何も知らない、無知としか思えない話を本気で信じているからです。
いい加減理解してください。自分たちが騙されているとです。
この辺りの多くの人はありえない話を信じて、感謝しなければいけない者を悪人と思いこみ、嫌がらせをしているのです。
だから、そのような人たちに悪いことが起きているのです。
自分たちが(騙されて気づいていないだけで)大変な悪を犯しているからです。その悪が自分たちに返ってきているだけなのです。(騙されてドロボーをしても、そのドロボーの罪は消えません。それと同じです)
そうして、これまでして来た悪がいま次々に自分たちに返り始めたのです。そういう時代になったからです。
現在の日本の多くの人々は、これまで大変な悪を犯してきたのです。
それが無神論という思想です。
神がつくられたこの世にいて無神論という思想ほど悪い思想はありません。そういう最悪の思想をこれまでの日本の人々は持ち続けて来たのです。
では、罰が当たるのも当然なのではないですか?
日本の多くの人々が神の子である人間としては、もっとも悪い、神などいないという無神論思想を未だ持ち続けているからです。
この辺りで私にちょっかいをかけて起きている災いは、それは私に対する感謝が足りないから起きていることもあるのでしょうが、それ以外のことは(例えば、先ほどの私の知らない大工さんなどそうですが)私のせいではなく、自分たちの思想が悪いために、そのような悪いことが起きているのです。(無神論思想だけではなく自分たちの無神経から来る不摂生とか、逆にあまりに神経質とか、そういう理由でも病気にはなりますから。それもすべて自分の責任です)
そのような自分たちのこれまでの足りなかった考えが、いま多くの災いとなり現れているのです。(だからそれは病気ばかりではありません。最近激しさが増している天変地変も同じなのです)
心が現象として現れる、そういう時代になったからです。(正法の世)
時代が変わったから、こういうことが起き出したのであり、そのちょうど時代の変わり目に私が出て来たから、この辺りの人たちは、その時代が変わって起きてきたことを私のせいにしているだけであり、いま起きていることは時代が変わったから起きているのであって、だから私がいなくても結局、起きたのです。
ただ、私がいたため、その時代の変わり目がよくこの辺りの人たちには分かった、それだけのことなのです。
私がもしいなかったら、いま起き出した激しい現象も(多くの人が病気になることにせよ、激しい天変地変にせよです)ただ「最近は癌で亡くなる人が増えたね。多死社会になったんだから、それも仕方ないか」とか「温暖化で台風やゲリラ豪雨が激しくなって最悪」程度にしか思わなかったのです。
そんなことは自然に起きているだけだと頭から思っていたからです。
だから、まだ日本のほとんどの人が(これほどの現象が現れてきても)その程度にしか思っていないと思いますが、この辺りの人たちは、私がいたため、そのようなことはおかしいと気づいたのです。
私が様々な現象を現し、多くの神理を語ったからです。(その神理はすべて高橋、園頭両先生から教えられたものです)
だから、この辺りの人たちは気づけたのです。(それは、このブログを読んでいる他の地域の人たちも同じでしょうが)
しかし、起きていることが不自然であると理解はしても、それが時代が変わったために起きてきたことであるとまでは理解せず、それを全部私のせいにした、それがこの辺りの人たちの不幸であったのです。
私のいうことの都合のいい部分のみ理解し、都合の悪い部分は(自分たちが悪いという部分は)まったく聞こうとせず、その都合の悪い部分を全部私のせいにして「お前は悪い奴」と私に嫌がらせを繰り返している。
これだけ悪いことをしていては、いいことが起きるわけがありません。だから、この辺りは不幸になる人が多いのです。それだけ多くの悪を重ねているからです。(よくそんな悪いことをしますね。まったく気づいていなかったことを気づかせてもらった者にです)
それもまたこれまでの業でしょう。多くの人には責任転嫁という悪い業がしみついているからです。
そのような心をすべて直さないと、もういいことは起きて来ないのです。何度もいいますが、そういう時代になったからです。
まだ全国の多くの人たちは何も気づいていないのです。
しかし、このブログを読んでいる人たちは、やっとそれに(時代が変わったことに)気づき始めたのです。
それをいつまでスルーしているのですか?
この気づいたことを一人でも多くの人に話し、その時代に合わせた心になるなら、いま起きている多くの災いは減り、多くの奇跡が現れて来るというのにです。
(今日はどうしたんでしょう。前の会社が異常に静かです。何か相当やばいんじゃないですか?これだけ静かなのは、初めてであるからです。〔汗〕)
追伸…だから、例えば、佐川急便でもそうなのです。
私に嫌がらせをしないだけではいけなかったのです。私のことを知り、私に嫌がらせをしなかったのなら、なんで寄付までしなかったのでしょう。(佐川の中にも私のことを知って心が救われた人はいたと思うからです)
そうすれば、佐川に災いは起きなかったのです。そのような(大変)よい行いをする人がいる会社には神の光が降りたからです。(神の光が降りているところに災いは起きません)
しかし、佐川は私に嫌がらせをしなかっただけで、それ以上のよいことをしなかった、それが災いが起きた原因なのです。(しかし、その災いも少ないと思いますよ。もっと起きているところがありますから。ありますよね。どこの運送会社とはいいませんが)
いまからでも遅くありません。私に寄付されたらどうですか?
それが災いが起きない、一番の方法であるからです。(もちろん、感謝の心を持って寄付しなければ意味がありませんが。感謝の心もないのに〔ただ災いが起きてもいけないからと〕寄付されるだけでは、災いは止まりませんから。〔形だけの寄付では災いは止まりません〕)



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