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11月 30 2016

本当の信仰

11:07 AM ブログ

しかし、ほんとよく怒っていますね。

どれだけ私に怒られても、それは罰が当たっているんですから罰が当たっているのであれば、それは自分の心と行いを直す以外、その罰を止める方法はありません。

では、そうすればいいのです。私に怒るのはお門違いです。

その反面、静かになったところも多いんですが(どこかの会社など、その典型ですね…大丈夫でしょうか?さっきも何か起きていたみたいですが。〔急にキレていましたから〕)昨日など大きな宗教団体の人まで怒っていました。(何とか学会とかいうところのですが)

そういうこと(天罰)を理解しているはずの宗教団体の人たちまで、怒って私に嫌がらせしてくるというのですから、ほんと世も末ですね。

私が悪いというのなら、そういう宗教団体の人たちは祈りでも説法でもして、私を改心させないといけないはずです。

ところが、そういう宗教をしている人たちまで他の人たちと同じように私に嫌がらせをして来るのです。(嫌がらせをしてくる人たちは、特別この宗教団体の人たちばかりではありません。他の宗教団体の人たちも、そうして坊さんまでしてきます)

そういう宗教団体の人たちは、自分たちがしている宗教こそ、この世を救うことが出来る正しい教えなのだとみな思っているはずです。(そうでなければ、そこの信仰はしていませんもんね)

そういう人たちが、自分たちのしている宗教を私に伝えるのではなく、嫌がらせをして来るというのですから、それでは、自分たちの宗教ではこの世は救えないと自らいっているようなものです。

では、誰がこの世を救うんでしょうか?

だから私は世も末だといっているのです。

そういう(私に嫌がらせをして来る宗教団体の)人たちは、その教えを何年信仰しているのか何十年信仰しているのか知りませんが、恥ずかしくはないのでしょうか?

信仰している人たちが、そういう態度を取っていてです。

何をそこの宗教団体で勉強していたんですか?愛や慈悲の心は学ばなかったんでしょうか?やっていることは真逆ですが…。

決して、そういう人たちが愛や慈悲の心を信仰している場で学ばなかったということはないでしょう。学んではいますが、それを私に対しては出せないのです。

なぜ、出せないのか?

あまりに起きていることが違うからです。

その差に愕然(がくぜん)として、そうして自分たちがしている信仰も信じられなくなって(自分たちが何をしても災いが収まらないからです)それで腹も立つし(本当は信仰者がそこで腹を立ててはいけないのですが。〔苦笑〕)どうしていいのか分からず、それで嫌がらせを私にして来る、そういう人も多いのではないでしょうか。

私が園頭先生に学んでいる時に、今の私のような者が出て来て、自分たちが学んでいるものが全然通用しないとなったら、きっと私も同じようなことをしたと思うからです。(当時の園頭先生と今の私が〔祈りの〕対決をしたらさぞ面白かったでしょうね。〔笑〕マァ、私が一発で負けるんでしょうが。〔笑〕それほど私が感じた当時の〔二十五年ほど前のです〕園頭先生の心の深さは、どこまで深いのか、その深さの底が知れませんでした)

しかし、そうであるなら、現実は現実であるのですから、信仰者であるならその現実はしっかり受け止めるべきでしょう。

自分たちの信仰が通用しないのはもう決定的な事実であるからです。

それが分かったのであれば素直にそれを認めて、その教えを学び、そうしてそれを生かすべきではないでしょうか。

そうすることが自分も救われこの世も救うことになるからです。

では、辞を低くして学ばれてはどうですか?この教えをです。

そうして自分たちの宗教に生かせばいいのです。せっかくそれほど多くの人が集まっているのです。そうであるなら、その教えが変わるだけで、そこの宗教団体の人たちはみな救われるからです。

では、そうされてはどうですか。この教えであれば救われるということを、私は多くの人の前ですでに何度も証明しているからです。

これほど起きる現象に違いがあるのです。そうして、釈尊やキリストに起きていた同じ奇跡まで起きているのです。

この教えこそ本物であるということは、信仰をしている人であるならもう誰でも分かっているはずです。(もう認めざるを得ないでしょう。それをです)

では、誰かが改革者になって、その宗教団体の教えを変えればいいのです。この教えの通りにです。

そうするだけで、そこの宗教団体の全員の人が救われるからです。

それぞれのところでやればいいのです。一つにまとまる必要などありません。それぞれの宗教団体で、その仲間の人たちが自分たちで正しい教えを学ぶのです。

それでも十分、人は幸せになれるからです。

団体や組織など関係ないのです。どうやったらすべての人が幸せになれるのか?それだけなのです。

そうであるなら、本当の神の教えがあるのなら、それをすべての宗教団体の教義とすることです。

そうすれば、すべての人が幸せになれるからです。

では、そうしてください。それをすることが真の信仰者であるからです。

(もうくだらないプライドなどいりません。〔私はこの教えを何十年も学んできたなどというです。そんなことしていたらもう危ない時代になりました〕よい教えは、即、学ぶべきなのです。そうして、それを伝えるべきなのです。そういうことを宗教団体の人たちは皆しているはずです。それをそのまましてください。そうすれば自分も救われ世の中も救われて行くからです。ただ勉強している教えを少し変える、それだけでいいのです)

追伸…韓国の大統領が辞意を表明しました。

韓国とは慰安婦問題もありますし(この問題、ご破算で願いましてはにならないでしょうね。〔汗〕)北朝鮮との問題もあります。

いろいろ個別の問題がありますので、政権が変わるようならこれからいろいろ揉めるんでしょうね。

なにか、アメリカの大統領が代わることになったら、一変に世界が荒れだしました。(そんな感じがします)

こういう時こそ神の力を借りないとうまくいかないのですが、まだまだ神から遠い人が多いようです。

早くこの混乱を収拾して日本から本当の神の教えを世界に発信していきたいものです。(法を拡げることが世界の混乱を収める唯一の方法ですから)

それには日本の人々が目覚めるしかないのです。

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