12月 05 2016
デモより祈り
この辺りあちこちで怒っている人がいるんですが、天もずいぶんお怒りのようです。
どうもカジノ法案を通しそうですね。(それで天は怒っているようです)新聞にもそのようなことが書いてありましたし、そうであるなら、こちらも抗議を始めないといけないでしょう。
天が怒っているのに、私が何もしないわけにはいかないからです。
抗議するといってもデモやらストやらするわけではありません。(そういうことはしてはいけないとこのブログに書いているのですから)もちろん私のする抗議は祈りです。
その祈りを始めるということです。
もし、このブログを読んでいる人で、あのカジノ法案(IR法案)に反対の人は同じように祈ってください。
一人でするより多くの人で祈った方がより祈りもきかれると思うからです。
別にその祈りは、一時間も二時間もするわけではなく一~二分もあれば出来ることであるからです。(それに祈る時間も問いません。起きた時でも、寝る前でも、昼間少し空いた時間でもいつでもいいのです。やれる時にやってください)
では、どういう祈りをするのか、ということですが、もちろん「カジノ法案が通りませんように」という祈りではいけません。
そのような祈りは、カジノ法案が通ったらどうしようという、カジノ法案が通ることを前提にしている祈りであるからです。
祈りは第一念がきかれるのです。
ですから、その第一念がカジノ法案が通るでは「カジノ法案が通りますように」と祈っていることと同じことになります。
だから祈る時に「何々が通りませんように」という祈りはいけないと私はいつもいっているのです。通りませんようにという祈りは、先にそのことが通るということをイメージしているからです。
ではこういう時はどう祈ればいいのか?
次のように祈ってください。
「神よ、いま国会ではカジノ法案が通されようとしております。この法案を通すことが本当に正しいことであるのか否か、どうぞ、それを国会議員の方々を通しお示しください。国会議員の方々に光をお与えください。安らぎをお与えください。国会議員の方々を正しくお導きください」
という祈りでいいのです。(特別この通りでなくてもだいたいでいいのです。天は、その祈っている人の心を観て祈りをきいてくださるからです)
そうすれば、この法案を通すことが正しいのかどうなのか、よく分かると思うからです。(いろいろ現象が現れてです。自分たちでどうこうするのではなく天が判断してくださるのです。これ以上の正しい判断はありません)
前にも書きましたが、デモやストは力ずくで何かを変えようとしていることと同じであって、力ずくで何かを変えようとするなら、それは正しいかどうかは分からないのです。
そのデモやストには自分たちのエゴや都合が入っているかもしれないからです。
しかし、祈りは間違った祈りをするなら、そんな祈りを天はきいてくれません。
だから、自分たちがしていることが正しいのか間違っているのかよく分かりますし、その祈りがきかれないのであれば、そのことに(自分たちが間違っていると思っていることに)従えばいいのです。
その自分たちが間違っていると思っていることが間違いであるからです。(だから、自分たちの間違いもよく分かるということです)
私はこのカジノ法案は通してはいけない法案だと思っています。
こんなカジノ法案など通し日本のあちこちにカジノなど出来れば、治安も悪くなるだろうし(カジノといっても所詮はばくち場ですからね)カジノにはまってしまい、よくいわれる依存症になってしまう人も増えるでしょう。
もちろん破産する人も増えると思います。
観光客がたくさん来るなどのよい面もありますが、しかし、そのような物質面よりも私が一番いけないと思うのは、このようなギャンブル場などいくらつくったところで、心はまったく成長しないということです。
それどころか、こういうものをつくればつくるだけ(そこに行く人の心は)頽廃していきます。
では、こういうものをつくるだけ日本の人々の心も変わってしまうということであり、そのように(悪い方に)心が変わる人が増えるからいけないといっているのです。(まさかカジノをつくって心が成長するという人はいないと思います)
物質面ではありません。心が悪い方に変わる人が(明らかに)増えるからいけないといっているのです。
ところがこのカジノをいいといっているほとんどの人は、そのような人の心など観ずに、カジノをつくれば外国人観光客など人がたくさん日本に来て儲かる、そればかりです。
分かりやすくいえば、金のことばかりいっているのです。
はっきりいって、そのような人たちは色と欲にボケているだけであって、本当の人の幸せ(心の安らぎ)など考えていないのです。
心より物が優先なのです。
金や物がなければ、その心の安らぎも得られないではないか、という人もいるでしょう。しかし、そのようにいう人がカジノを推進するのは矛盾しているのではないですか?
カジノなど、所詮はばくちでしかないからです。ばくちなど推進すればすってんてんになる人もまた増えるからです。(インフラ整備などで儲かるだろうといわれる人もいるかもしれませんが、まだ日本は様々な震災からの復興も出来ていないのです。インフラならそちらが優先のはずです。〔それとも復興より遊び優先ですか?〕そういうインフラ一つとってもやらなければいけないことはまだたくさんあるのです)
仮にカジノで裕福になったとしてもです。ばくちで裕福になってそれで心の安らぎを得られますか?(カジノで儲けたといっても、その分、不幸になる人もたくさん出て来るのです。そういう儲け方って正しいですか?)
ばくちなど、人の情緒をくすぐり興味を持たせてやらしているだけで、物を収奪していることとかわらないのです。
それだけ大がかりにしないと、リゾートの中にカジノも入れるだけだという人もいますが、ずいぶんそのカジノに力を入れて人を集めたいといっている自治体もあります。
そんな小さな考えの人たちばかりではないはずです。むしろ、大がかりな考えの人たちの方が多いのではないですか?
そうであるなら、やはり不幸になる人は増えると思います。そんな大がかりな収奪施設を、あちこちにつくられて幸せになる人が増えるわけがないからです。
どちらにしても心を重視している私と、物質面からしか見ていない人たちとでは意見が合うはずがないのですから、ここは天に答えを出してもらう、それが一番なのではないでしょうか。
どちらの考えが正しいのかは祈ってみれば分かるからです。
明日衆議院でカジノ(IR)法案が通過した時点から祈り始めます。この法案に反対の方がこのブログを読んでいる人たちの中にもいるのであれば、先ほど書いたような祈りをしてください。
そうすれば、この法案が間違いであるかどうかは分かると思うからです。(いろいろ国会に現象が現れてです)
何にせよ、正しい祈りは功徳にはなっても罪にはなりません。国が変わるかもしれないような法案が通されようとしているのです。
そうであるなら誰でも正しい祈りはされた方がいいでしょう。
それだけ正しい行いもないからです。
本当の正しい抗議の仕方をぜひ世界中の人に見せたいですね。(お隣の韓国など特にそうですが)そうすれば世界中で起きている(力ずくでの)デモなどもまた減って行くと思うからです。
国会議員であろうと誰であろうと間違ったことをするのであれば、それは正さないといけません。
それを力ずくではなく祈りで正そうというのですから、まさに世界の手本となる正しい行いなのではないでしょうか。
ぜひこのようなやり方を世界中の人々がマネしてほしいものです。
そうすればもっとよい世の中が現れて来ると思うからです。



人目の訪問者です。

昨日は家族で大手スーパーに買い物に出掛けました。大手だけあってゲームコーナーも大きく子供にとっては魅力的なようで、好きなゲームをやっていました。勿論うちの子供だけでなく沢山の子供がゲームに夢中になっていた事を思い出しました。何故思い出したのか。それは今日のブログでのカジノ法案についての内容が子供のゲームに当てはまると思ったからです。実はその時子供達の心境を考えてはみたもののスッキリとはしなかったのです。という事で内容が把握できました。私も含め連れてくる方にも反省が必要ですね。昔の子供の頃の遊びはゲームほどお金を掛けなくても楽しめたし、人との関わりの中で遊べたことに今思えば心の成長には大事な事であったと思うのでした。
そうですね。
一番考えなくてはいけないのは心の成長なのですが、どうもこの世に出てきてしまうと、心の成長より、この世の栄耀栄華ばかりを考える人が増えてしまうようです。
それだと死んだ後は大変なんですけどね。
(昨日の夕方からでしょうか。急にインターネットがつながらなくなって、いまようやくつながりました。昨日やばいブログを書いたので、それで切られたのかと思いましたが〔もう中国真っ青です〕よく分かりません。マァ、一人であんまり頑張っても危ないだけですし、賛同者が〔法に帰依される人が〕もう少し増えてくるまで、ほどほどでやっていきます)