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1月 19 2017

子供がどうなってもいいのか

11:08 AM ブログ

しかし、歩いていてあう人はもうやたら怒っているか、やたら引いているかのどちらかの人が大半になってきましたね。

段々、皆さんの態度が尋常じゃなくなってきていますが本当に大丈夫なんでしょうか?(多くの人がずいぶん態度が変わっているのがお分かりですか?)

もう意地を張らずに頭を下げられたらどうでしょう。私にです。

別に頭を下げてほしいからそういっているわけではありません。そうしないと大変なことになるから(すでになっている人たちもいますが)そういっているのです。

奇跡が起きているのは私だけなのです。そうして私のいうことをきいて奇跡が起きている人もたくさんいるのです。

信じてもらえないでしょうか。私のいうことをです。

そうしないと、この辺りで起きている恐ろしい現象は止まらないからです。

その恐ろしい現象はもう大人だけにとどまらないのです。子供にまで現れているのです。(そのはずです。あの中学生たちのビビりようではです)

この辺りの小、中学生などもうどれだけ私に嫌がらせをしているのか分からないほどなのです。それだけ罰当たりな行いをし続けていれば、子供とはいえ、このまま何も起きないわけがないのです。

天上界は大人しか罰を当てないわけではないからです。

間違ったことをし続けているのなら、その心を観て、大人であろうと子供であろうと天は平等に罰を与えるからです。

それが本当の愛であり、慈悲であるからです。(天罰とは間違ったことに対しての気づきの現象です。では、それを与えることは悪いことではなく愛や慈悲でしかないのです)

自分たちが罰当たりな(間違った)行いをしているから罰が当たっているのです。いい加減それを認めて反省してください。

そうしないと(今以上の)大変なことが起きるからです。

正味な話、こんなことが起き出してもうどうしていいか分からない、そういう人もいるでしょう。

そういう人は私のいうことをきいてください。

そうすれば助かるからです。この災いを受けなくてすむからです。

私のことを悪くいう人は悪魔に憑かれているのです。最初から私が正しかったのです。だから私にだけ奇跡が起きているのです。

私のいうことが(していることが)唯一正しいからです。

しかし、そのような悪魔に憑かれた人たちは、それを(私のしていることを)さも間違っているかのように吹聴し、私一人を悪者に仕立て上げ、私のいうことを誰もきかなくしたのです。

そうすれば、その人たちが不幸になることが分かっていたからです。

私を悪く思えば思うほど不幸になります。(それはそうです。正しいことをしている人を悪く思うのですから)悪魔たちはそのことを知っていて、そのように導いたのです。

その悪魔の計画通り、多くの人が私を忌み嫌い顔を見れば嫌がらせです。(マァ、陰でも散々悪口をいわれているのでしょうが)

そんなことをしていれば、必然的に罰が当たるようになるのです。それだけ恩を仇で返す行いもないからです。(心を救われている者に感謝もせず、その人の悪口をいって嫌がらせを繰り返す、これ以上の悪い行いはありません)

だから多くの人が不幸になっているのです。やっていることが間違っているからです。

そういう恩を仇で返すようなことをしてはいけなかったのです。私はただ多くの人の心を救っていただけだからです。

その心を救うために気づきの現象を現していただけだからです。

だから、そのことに素直に感謝しなければいけなかったのです。私に感謝するのであれば多くの奇跡が起きたからです。

しかし、多くの人は、その私に感謝一つしなかった。それどころか私のしていることに怒り、ねたみ、ひがみ、嫌がらせしかしなかった。

その結果、現状のような多くの災いを招いたのです。

自分たちの行いが間違っていたからです。

実際に私のいうことをきき、奇跡が起きている人はたくさんいます。それが私のいっていることが間違っていない何よりの証拠なのです。

しかし、私を悪くいう人たちのいうことをきいている人たちに一体何が起きているのでしょうか?

実際に悪いことばかりが起きているのです。それが、その人たちのいっていることが間違っている何よりの証拠なのです。

間違っていることをきいて間違ったことをしているから悪いことが起きているのです。

だいたい、そういう人たちのいっていることが本当に正しいと思いますか?その人たちのいっていることは何でもかんでも悪いことを私のせいにしているだけなのです。

何か悪いことが起きたら私のせい、私が知らない人が病気やけがをしても私のせい、消防車が走っていっても私のせい、パトカーが走っていっても私のせい、とにかくサイレンがしてきたらそれはすべて私のせい。

頭がおかしいですね。そういうことをいう人はです。

よく考えてみてください。

もし悪いことをすべて一人の者のせいにしている人がいるとしたら、その人は頭がおかしいと思われないでしょうか?

普通に考えれば、そういう考えはどう考えてもおかしいと分かるはずなのに、この辺りの人たちは、それが私が対象になると、そのおかしなことをおかしいと思わなくなるのです。

「起きている悪いことはすべてあいつ(私)のせい」といわれると、この辺りの人たちはそれを本気で信じてしまうのです。

分かりませんか?

すでにもう自分たちがおかしくなっているということがです。

もう狂わされているのです。悪魔たちにです。

その悪魔の言葉に騙され、まったく正しい判断が出来なくなっているのです。この辺りの多くの人たちはです。

だから悪いことばかりが起きるのです。

自分たちのしていることがすでに狂っているからです。(狂っていることをしているのなら、狂っていることしか返ってきません。因果応報です)

その自分たちが狂ったことをし続けている、そのお返しが自分たちに返ってきているだけなのに、それを私のせいだと思い続けて怒っているのです。多くの人がです。

だから早くその間違いに気づかないといけないのです。

本当によく考えてみてください。

何で鳥がたくさん寄ってくるような愛ある現象が次々に起きている者が悪者なのですか?

普通は、そういう愛ある現象が起きている者を悪者とは思わないはずなのですが、この辺りの人たちは、そのような現象を見ても何も思わず(その時点ですでにおかしいのです)むしろ、そのような現象に腹を立てる人までいて(そのような人はもう悪魔に憑かれています。悪魔は愛深い行為を見ると腹が立ちますから)そういう愛ある現象をさげすんでいる人までいるというのですから、その点だけ見ても、すでに自分たちの考えはおかしいと分かるのではないでしょうか。(異常に愛がありません。本当に悪魔のようです。そういう現象を微笑ましく思えないのですから)

悪魔のような者に、あの気の小さい鳥たちがたくさん寄ってくると思いますか?

悪魔にそんな愛ある現象が起きるはずがないのです。

多くの人たちは悪魔に騙されすでに自分自身が悪魔のようになっているのです。だから、光の天使が悪魔に見えるのです。

自分の心に愛がなくなっているからです。(だから一人の者をよってたかっていじめることも出来るのです。心に愛がないからかわいそうという思いが全然出て来ないのです)

悪魔のいうことをきき続けているのなら当然そうなります。悪魔は愛が一番嫌いであるからです。(悪魔のいうことをきいていれば知らず知らずのうちに心から愛がなくなっていくのです)

悪魔に多くの生き物が喜んで寄ってくるなどということは絶対に起きないのです。

私が悪魔なのか、それとも光の天使なのかということは、そのような多くの生き物たちが証明しています。

その光の天使を悪魔と思い込み、悪いことをし続けているから、多くの人たちに悪いことが起きているのです。

当然そんなことをすれば天罰はくだるからです。

自分たちの行いが悪いから、自分たちに悪いことが起きているのです。ただそれだけなのです。

そうであるなら、この天罰を止める方法は誰でも分かるはずです。

「間違っている自分の行いを正す」それだけなのです。

私を悪く思うからいけないのであり、私が正しくて、私は多くの人を救っている、そう思えばいいのです。

そうして、そのような気持ちで私に感謝すればいいのです。そうすれば、その(周りに)起きている災いが自分たちに起きることはないからです。

そのような態度こそ正しいからです。

「そんなことが出来るわけがない」ではないのです。多くの人が悪魔に騙されているのです。

だから、何も悪いことをしていない私を悪者と思いこんでいるのです。

その洗脳をとかないといけないのです。自らです。

そうしなければ必ず不幸になるからです。(現に多くの人が不幸になっているではないですか。悪魔のいうことをきいてです。私のいうことをきいている人はみな奇跡が起きています)

大人がまずそれを始めなければ子供がそんなことが出来るわけがありません。

まず大人たちが自分たちの洗脳を自らとくべき努力されることです。自らの間違いをはっきり認めることです。そうすれば子供たちもついてくるからです。

これだけ悪いことが起きているのです。もう私のいうことに従うしかないのではないですか?

他の人たちのいうことなど(この災いを止めるのに)何の効果もないからです。

間違った考えに支配されている子供たちを救いたいのであれば、まず大人たちがそれを実践されることです。手本を見せることです。

そうすれば、子供たちもそのような大人たちに習うからです。

しかし、大人がいつまでも我を張って、私に対する考えを変えなければ子供たちも変えません。

そうであるなら、大人も子供も両方に災いは現れるということになります。

大人がまず正しい手本を示されませんか?

そうすれば、子供たちは必然的に助かって行くからです。

(この辺りの大人の人たちは、子供に対する愛もないのですか?今のままでは将来ある子供たちがかわいそうだと思わないのでしょうか?こんな災いが起き続けているのなら勉強どころではないからです。自分のことだけではなく、そういう子供たちのことも考えられてはどうでしょう。そういう広い心が〔子供だけではなく〕自らも救うことになるからです)

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