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2月 19 2017

正しい教えと間違った教えの違い

10:47 AM ブログ

昨日テレビで幸福の科学のことをやっていたんですが、見ていて驚きましたね。

なんと大川氏の額に入った写真が一枚百万円(金ぴかの)ご本尊が三百万円もするといっていたからです。(驚)

こんなもの買う人がいるのかと思ったら、信者の人たちは案外買われるようで中には寄付で一千万も出す人までいるそうです。(うらやましい限りです。〔笑〕)

霊感商法丸出しですが、こういう大金を払った人たちは、それで何かお蔭があったんでしょうか?

これだけ払って(金額の問題でもないんでしょうが)それで何のお蔭もないのであれば騙されていると気づきそうなものですが、気づかないのでしょうね。

熱心な信者の人たちはです。

それとも自分の徳にはなったとでも思っているのでしょうか?残念ではありますが、その徳にもなりません。

なぜならそれは、単に騙されているだけだからです。(詐欺に騙されて金を取られて、それが徳になりますか?なるわけがありません。それと同じです)

私のところなど、私に寄付してくれた人はもちろんですが寄付してくれない人にまで奇跡が起きています。(そこはちょっと私的には残念なんですが。〔笑〕)

それはそうでしょう。

奇跡が起きるか、起きないかは(お蔭があるのか、ないのかは)金の問題ではなく、心の問題であるからです。

それを実践して心が変わるのなら必ず奇跡が起きる。それが本当の神の教えであるからです。

金を払う、払わないに関わらず、その教えに従って心を変えれば必ず奇跡が現れる、それが正しい教えであるからです。

だから、金を払う、払わないは関係ないのであり、要は心の在り方一つなのであって、まして、こんな高額な物を買わせること自体、間違っているのであり、たくさん金を出せば救われるというものではないのです。(もちろん、その物にそれだけの価値があればいいのですが、写真と訳の分からない金ぴかの置物です。どう考えてもそんな価値はありません)

実際、救われていないのではないのですか。このような物を買っている信者の人たちはです。もし、信者の人たちが大川氏の写真やご本尊を買ったお蔭で次々に奇跡が起きて、多くの人が救われているというのであれば、幸福の科学はもっともっと評判になっていても不思議ではないからです。

しかし、悪評はたくさんききますが(もう、ネットを見て驚きました)次々に幸福の科学に奇跡が起きているという話はまるでききません。

ということは、そのような高額な物を買ったところで救われる(奇跡が起きる)わけではなく、ただの買い損であるということです。

マァ、信者の人たちは大川氏やご本尊をそれだけ尊敬し、お慕い申し上げているから買っているのであるというのであれば、それはご自由ですが(しかし、私も正法会にいる時に、園頭先生の額に入ったお写真を買ったことがありますが数千円でした)もし、こういうものを買えばご利益がありますなどという、うたい文句で売っているのであれば、それは騙されているのです。

実際にこんなものは何のご利益もないからです。

ご利益があるというのは、この法を実践して起きている、このようないろいろな奇跡が現れて初めてご利益があるというからです。

いい加減、目を覚まされたらどうでしょう。本当に救われるのに金は関係ないのです。

金などなくても心さえ変えるのであればいくらでも人は救われて行くのです。実際、私など金などなくても次々に奇跡が起きています。

逆に、それだけ金に(金の多寡に)こだわっているということは、それだけ、その教えは間違っているということを教えているのであり(金、金いうこと自体が間違っていますから)それは偽りの教え以外の何ものでもないのであって、そういう教えを信じていること自体、すでに騙されているのです。

騙されているのですから、幸福の科学で説いている教えを実践しなくても、別に罰が当たるわけでも地獄に堕ちるわけでもありません。

逆に、幸福の科学の教えなど信じて実践していたら罰が当たって地獄に堕ちるのです。何度もいいますが、その教えは間違っているからです。

だから、幸福の科学では不幸になる人が多いのです。

間違った教えを実践しているからです。

しかし、正しい教えを実践するなら先ほどから書いていますように次々に奇跡が起きますし、また、逆らう人にはそれこそ罰が当たるのです。(もうこの辺り、そういう罰が当たっている人がごまんといます。それをみんな私のせいにしていますが、すべて自分のせいです。正しい教えに逆らっている〔または無視している〕からそうなるのです)

正しい教えには逆らってはいけないからです。それこそ素直に従わなければいけないからです。(だから素直に従っている人には奇跡が起きるのです)

正しい教えと間違った教えではそれほどの差があるのです。

正しい教えを実践するなら、奇跡が起き、逆らうなら災いが起きる。

しかし、間違った教えは実践すればするだけ災いが起きる。(それは幸福の科学だけではありません。既存の宗教はみな間違っています。だから、もうそこらじゅうで災いが起きているのです。間違った宗教を信仰しているのであれば、当然、間違った心の在り方をしているはずだからです。間違った心でずっといるなら災いは起こります)

もう正しい心でいないと災いが次々に現れて来る、そういう時代になっています。

いつまでおかしな宗教に騙されているのですか?

それは災いが起きるのを待っているのと同じことなのです。

(マァ、金、金いわないとはいえです。心が救われて奇跡が起きているにもかかわらず、何もしないというのはまた極端で、これもまた間違っています。〔中道ではありません〕報恩の行為くらいされないと、そういう人もまた天罰は食らうのです。感謝しているといっているだけでは感謝になりません。報恩の行為があって初めて感謝したといえるのです)

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