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3月 02 2017

神の力を知ることの大事さ

10:55 AM ブログ

本当にめげません。(苦笑)

もう頭を下げたらどうでしょう。私にではなく神にです。(どこかの会社など今日も朝からずいぶんお怒りですし〔本当にうるさい、じゃまばかりしてきます〕この辺りの人たちも同様です)

突っ張っていたところで何一ついいことは起きないのです。(実際そうでしょう)

しかし、神に頭を下げるなら、それだけで起きている災いも奇跡に変わるのです。これだけよい話もないのではないでしょうか。

少し考えを変えるだけで(心と行いを変えるだけで)起きて来る現象がまるで変わってくるからです。

災いが起きている人たちが、いつ折れてくれるのか?もうそれだけなのです。

それ以外で、この辺りで起きている混乱を止めることは出来ないからです。

私がどれだけ頭を下げたところでこの災いは止まらないからです。

もう神の力は十分お分かりいただけたと思います。(特にこの辺りの人たちはです)

それは、怒り狂い情緒不安定になっているのが私ではなく、私に嫌がらせしている多くの人たちの方であるということでもその事実が分かります。

普通であるなら、私の方がそうならないといけないからです。多くの人からよってたかっていじめられている方が、怒り狂い情緒不安定にならなければ嘘であるからです。

しかし、現実は逆なのです。

なぜですか?なぜ逆転現象が起きているのでしょうか?

それは神が私の方についているからです。それだけなのです。

神がつくか、つかないかでそれだけ違うのです。(私一人対何千、何万、何十万という人たちが相手なのです。普通であるならどう考えても一人の方がおかしくならないといけません。しかし、実際は逆なのです。こういう逆転現象が起きていることこそ神の力が現れている何よりの証拠なのです。どれだけ多くの人が集まろうと神には勝てないからです)

そうであるなら、神をつけた方がいいのではないでしょうか、自分の方にです。(というか、正確にいうなら自分が神の側に立つということなのですが)

そうすれば自分が怒り狂うことも情緒不安定になることもないからです。

調和と安らぎのある、愛ある生活が保障されるからです。

それともまだお分かりになりませんか?神の力がです。

私は何の武器も持っていないのです。空手なのです。しかし、不思議な現象が次々に現れ事が有利に働くのです。

神が私を通して力を現してくださっているからです。

だから、私によいことよいことが起きて来るのです。神の力が現れているからです。

それだけではなく神の力は、まだまだこれからも数限りなく現れるでしょう。神の力は無限であるからです。

ということは、その起きている災いはまだまだ止まらないということになります。神の力に終わりはないからです。

だから反省しないといけないと私はいっているのです。それ以外で神の力を止める手立てはないからです。反省しないのであれば、神の力は(その反省しない期間は)ずっと現れ続けるからです。(ということは、そういう考えのままではこの先もドンドン災いは現れるということになります。お先真っ暗ですね。多くの人たちはです)

神を神とも思わなかった(または、偽の神を本物の神だと思っていた)皆さん方が悪いのです。だからこれほどの天罰を食らっているのです。

もう、真剣に神を思わなければいけない、そのような時代に入っているからです。

それを無神論の人たちはいつまでたっても理解しようとしないのです。神を認めていないからです。神など存在しないと未だ思っている人が多いからです。

しかし、神が存在しなければ、この辺りで起きているようなことが起きるわけがないのです。毎年毎年、天変地変が激しくなることもないのです。そうして毎年毎年、死ぬ人が増え続けることもないのです。

すべて日本の人々が神を無視しているからこういうことが起きているのです。

神の業はもうそこかしこに現れています。

それは、この辺りや多くの天変地変だけではなく、政治の世界やスポーツの世界、経済の世界などあらゆる世界に神の力は現れ作用しているのです。(それに気づかせたのは私です。なのに少しも感謝しませんね。それでは罰も当たります)

いつまでも、神を無視するのではなく、神を思い、神の側に立ちませんか?(少しくらい私に感謝して布施くらいしないさいよ。それだけ神のことを多くの人に教えて奇跡まで起きている人もいるのですから。正確にいうなら災い〔天罰〕だって神の力が現れていることにはかわりがないのです。そういう力がたくさん現れたから多くの人が神の存在が分かったのです。では、神を知るためにはこれくらい分かりやすい現象もなかったということになります。〔無神論の人たちにはです〕では、そういう飴やムチを使って、神のことを何も知らなかった日本の人たちに、一から本物の神の存在を教えたのは私ということになります。何から何まで神のことを私から教えてもらっていながら、少しも感謝しないというのは一体どういう料簡なのでしょうか?それでは天罰が当たりまくるわけです。そんな罰当たりな〔恩知らずな〕行いもないからです。神の存在を知らせることくらい恩ある行いはないのです。〔それは死ねば分かります〕)

そうすれば、幸福は自ずと現れて来るからです。(それをしないと〔私に布施くらいしないと〕よいことは起きてきません。私くらい日本の人々に(の心に)貢献している者はいないからです)

追伸…本当に神のことを書けば書くだけ罰当たりな人が多いのに気づきますね。これでは日本によいことが起きるわけがないのです。

いい加減、この法の大事さを理解してください。

この法が拡がるなら、激しくなる天変地変やこの辺りで起きている変事ばかりでなく、危ない事件まで防ぐことが出来るからです。

例えば、いま話題になっている女子大生ストーカー刺傷事件などもそうです。

あの事件を起こした犯人は懲役十四年の判決が出たようですが、何年刑務所にいても出てきたら、あの犯人はまた私を殺しに来ると被害を受けた女子大生はいっています。

しかし、実際そうでしょう。そういう心があるなら、あの犯人は刑務所で恨みを募らせ、出て来たら、今度こそあの女子大生を殺すため居場所を探し回るでしょう。

そのような(女子大生の)心が犯人を呼ぶからです。恨みの心を持てば持つだけ、その恨みの心は自分に返って来るからです。

しかし、この女子大生が法を知るなら、そのような恨みの心はなくなります。(そういう指導を私はするからです。そのような恨みの心をまず捨てなさいと〔相手を許しなさいと〕私は説くからです。それがどれだけ難しことであれ、それをしないとこの女子大生自身が救われないからです)

そうして、法の心(神の心)を説き、正しい祈りを教えます。そうすれば、この女子大生がストーカーの犯人に狙われることはなくなります。

この女子大生の心が変わるからです。

そうして正し祈りをするなら、神が(この女子大生もですが)犯人を正しい方向に導いてくださるからです。

そういう深い愛を説くのが、この法なのです。(神の愛はどれだけ深いのか、その深さが分からないくらいだからです。その神の愛の一部でも人が知るなら、十分、人は救われて行くからです)

その深い愛が世に広まれば世の中はよくなりませんか?

ならないはずがないはずです。だから私は早くこの教えを世に伝えなくてはいけないといい続けているのです。

もう小さな考えは(逆恨みは)捨て、大きな心を持ちませんか?

そうすれば(その心同様)大きな幸せが手に入るからです。

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