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3月 21 2017

正夢?

11:00 AM ブログ

今日はこちらは朝から雨です。

雨降って地固まるといいますが、今のままではその足元が固まらず、最後には崩れて地獄に堕ちて行かなければいけない人がこの辺りにはたくさんいます。

このような雨の日は少し心を落ち着けて自分の行いを考えてみてはどうでしょう。

そうすれば自分の足元がいかに固まっていないか(自分たちの行いがいかに悪いか)よく分かると思うからです。

昨日の朝方面白い夢を観ました。せっかくですからその夢のことをちょっと書いておきます。

その夢の中で私は商店街のようなところで何か物を買っていたのですが、その時、私の財布の中には小銭が多かったものですから、その小銭で代金を払ったのです。

すると、その小銭の中にお金だけではなく金属の塊のような物も混ざっていて、お店の人に「これお金じゃないですよ」とその金属の塊をいくつか返されました。

「財布の中になんでこんな物が入っているんだ」と思い、自分の財布の中をよく確認すると同じような金属の塊がまだいくつも入っています。

「何だよこれは」と思い、これどうしようかと思っていると、その店の人が「それ、もしかすると金になるかも知れませんよ」といってきました。

「えっ、こんな物が金になるの」とその人にきいていると、その店の人が「この人ならそれをお金にかえられるかもしれないですよ」と一人の人を引っ張てきました。

その店の人が連れてきた人は六十歳くらいのオジサンでした。

それでその人に「こんな物が金になるんですか?」ときくと、その人は「もしかしたら金になるかもしれないので一度帰って調べてみる」といいます。

それで私はその財布の中にあった金属を全部、そのオジサンに渡して「金になるようなら連絡ください」と携帯の番号を教えました。

それからしばらくしてのことです。そのオジサンから「あの金属は金になるから一度こちらに来て」と電話が入りました。

それでそのオジサンにいわれたところに行くと、あの金属の中に金が混ざっていて、その金だけ取り出したらこうなったといって、私に一本の金の延べ棒を渡してきました。

その渡された金の延べ棒は金色にピカピカ光っていてきれいでずいぶん重いのです。

「凄いですね。これいくらくらいになるんですか?」と私がきくと「百万くらいかな」とそのオジサンはいいます。

「百万。それならすぐに売ってください」と私はいいました。

するとそのオジサンは、近くにいた女の人に「これ売ってくれって」と頼んでいます。その女の人はそのオジサンの知合いか何かのようでした。

そうしたらその女の人が、また近くにいた芸能人に(なんかテレビに出ている女優さんみたいでした)「これ買いませんか?」ときいています。

その人たちも知合いのようでした。

するとその女優さんは「いいわよ、私これ買うわ」といって、すぐに持っていた手提げバックの中から百万円を出して、その金の延べ棒を買ったのです。

私はそれを「やっぱり芸能人は金持ちだわ」と思いながら見ていました。

その女優さんから渡された百万円を、その女の人はすぐに私にくれました。

私はその百万円の中から一万円をその女の人に、もう一万円を先ほどのオジサンにお礼として渡して「ありがとう」といいながら帰って行きました。

残りの金を「これ何に使おう」と考えながら帰っているところで目が覚めたのですが、妙にリアルな夢で、目が覚めても自分が百万円もらったかのような気でいましたね。しばらくの間はです。(笑)

この夢が正夢かどうなのかそれは分かりませんが、特にこの辺りの人たちはです。

前回も書きましたが少し徳を積んではどうでしょう。あまりに不徳が過ぎるからです。

この辺りの人たちは奇跡を目の当たりにしているのです。

私に鳥や魚が寄って来る奇跡を見た人はたくさんいるでしょう。それに直接それを見ていない人たちでもです。

このブログを読んでいるなら、このブログの中でいくつも公開した動画を見れば分かるはずです。

動画の中に出て来る動物たちの態度は、自分たちがいつも見ている動物たちの態度とは明らかに違っているということがです。

動物たちの愛ある動画がたくさん撮れていると思うからです。

そのような動画に映る現象が、釈尊やキリストが体験されていた愛ある奇跡の現象なのであり、そういう奇跡は、本来であるなら一部の運のいい人たちしか目にすることが出来なかったのです。

これまではです。(それはそうでしょう。数千年前にはビデオもインターネットもなかったのですから)

しかし、現代はそのような奇跡も簡単に目にすることが出来るのです。そのような奇跡を動画に撮るならもう誰でも見ることが出来る、そのような便利な世の中になっているからです。

しかし、そのような奇跡も、起こせる人が現れなければ見ることは出来なかったということです。

そうしてそういう奇跡を見られるだけではなく、例えば、今回かいたような夢の話でもそうです。(これまで何度かそういう不思議な夢の話はこのブログの中に書いたことがありますが)

これもまた過去、聖者や預言者といわれている人たちに起きた同じ奇跡(霊夢)が書かれてあるということです。

あの西遊記の題材ともなった玄奘三蔵は、十数年もかけて天竺(インド)に経典を取りに行き「大唐西域記」を著されますが、その旅の途中に夢の中に弥勒菩薩が出てきて、その夢の中の弥勒菩薩のいうことに従ったら命が救われたということが何度もありました。

聖書の中にも預言者が夢の中で教えられる場面は書かれてあります。(また、あの天台宗の開祖、伝教大師も夢の中で中国の天台大師に法華経を教えられていたそうです。〔これは高橋先生がいわれたことですが〕もちろん過去世からの深い縁があるからです。そのような過去世からの縁があって、伝教大師は天台大師が説かれた天台宗を日本に拡められたのです)

つまり、このブログには過去に預言者といわれた方々が体験されていることが、そのまま体験談として書かれてあるのであり、その奇跡を実際に(動画で)見ることまで出来る貴重な記録であるということです。(ということは、過去に預言者にそのようなことが実際に起きていたということを証明する、これまた貴重な記録であるということです)

そういうブログを読んでいてです。ただ読んでいるだけでよいと思いますか?

またそういうブログを書いている者に、何か協力するならこれほど徳となる行いもないとは思いませんか?

こんな貴重な記録を現す人はこれまでいなかったからです。(これまで預言者といわれる方々が現れていた時代は、これだけ便利な世の中になっていませんでしたので、それは仕方がないといえばいえますが)

だから私に布施すると徳を得られますよ、といっているのです。

また逆のことをすればどれだけ罪が重いか分からないといっているのです。やっていることが皆さん方と私では全然違うからです。

私がしていることは神の意志そのものであるからです。

それでも私に布施するのを拒否されるのですか?

しかし、それだけ罰当たりな行いもないのです。(だから罰が当たっているのです)

追伸…このブログをただ読んでいるだけの人は、あまりに世の中が便利になりすぎたため、その稀有なありがたみがまったく分からない愚かな人というほかありません。

それだけ貴重なものを(このブログを読んでいる人たちは)見ているということです。

そういうところに気がついて、自分たちが(神の奇跡に対し)これまで理解がなかったことを神に詫び、反省されてはどうでしょう。

そうすれば奇跡は起きて来るからです。

2コメント

2 コメント to “正夢?”

  1. ウナっしー2017/03/22 at 12:47 PM

    先日コメントした嫌われ上司の話。動きが有りました。その上司の上役が私のところに来てコメントを求められました。何か改善して欲しいところがあるのか、と言うのです。勿論日頃の仕事を進めるにあたりやり難い点を上げました。
    正直そこまで話が広がるとは思っていませんでした。私はどちらかというと疑問とか理解不能な場合は進言しますが基本は上司の指示通りに進める方だからです。今は昼休み時間ですが、午前中のその件を反省しましてこれから午後の仕事に入ります。さて、どんな展開が待っているのか。

  2. gtskokor2017/03/22 at 1:41 PM

    ウナッシーさんは神に祈りながら仕事をされているので、ウナッシーさんの考えがいろいろな形で上まで通るのでしょう。
    調和と安らぎのうちによい方に進んでいかれますよう祈っています。

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