4月 18 2017
くだらないプライド
本当に楽しそうです。
どこがそんなに楽しそうなのかといえば、もちろんどこかの会社です。
昨日でも、もう朝から、ゴンとか、ガンとか、ガシャーン、ガラガラとか、大きな音を立てて大騒ぎして電話もジャンジャンかかってきていました。
今日もすでによく電話がかかってきてうるさくしていますが(ほんとうるさい。一々かまってきます)まさか、その起きている災いが関連会社などにまで広がっているんじゃないでしょうね。(汗)
しかし、天罰ってそういうものですよね。自分たちが罰当たりな行いを続けるなら、その天罰は自分たちだけではなく、同じような心の人にまでドンドン広がって行きます。
マァ、災いが起きているのかどうなのかは私の想像にしかすぎませんが〔何せこちらがきいても「何も起きていません」の一点張りですから〕毎日、毎日、本当に、にぎやかで楽しそうでうらやましい限りです。(こっちは騒ぐようなことは何も起きませんから。〔外ですずめが騒いでいるくらいなものです〕電話も全然かかってこないし)
その大騒ぎしていることを少し発表していただけないでしょうか?そうすれば世の中の不安も少しは収まると思うからです。(逆に増しますかね。こんな恐ろしいことが起きているとです。しかし、その起きていることは全部、自分たちの心と行い次第でいくらでも変えることが出来るのです)
それにしても北朝鮮危機は危なさを増していますね。(もう連日テレビで北朝鮮関連の報道がなされています)
どこかの会社で起きている(どこかの会社だけではなさそうですが)その楽しそうなことが(神の業が現れているのならさぞ楽しいでしょう。〔だって私は楽しいですもん〕神を実感できるからです)北朝鮮でも起きれば、核実験やミサイル発射どころではなくなると思うんですが、残念ではありますが、誰も私に協力しようとしません。
では、北朝鮮まで神の業が現れることはないでしょう。それでは北朝鮮より先にまず日本国内が問題であるからです。(神の目から観たらです。唯物無神論の人が多いなど大問題です)
北朝鮮の暴走を止められるのは神の業だけなんですが、本当に残念です。日本の皆さんがいつまでたっても無神論であるからです。
多くの人が神を信じ行動を起こすのであれば大きな奇跡が起こります。(現にこの辺りはもういろいろ起きています。よいことから悪いことまで奇跡がです)それなのに、これだけ危ない状況になってもまだ神を思わず自分のことしか考えないのですか?
お金儲けが第一なのでしょうか?(それともなるようにしかならないと自暴自棄ですか?)
呆れますね。そのたくさんためたお金も、自分の命も、ミサイルが飛んで来るのなら吹っ飛ぶのにです。(自暴自棄になっている場合でもないですよ。核が飛んで来るのならもちろんダメでしょうが、ムスダンか何かが、東京に一発命中するだけでも百万くらいの人が一瞬で消えてなくなるそうですから。やばすぎませんか。〔怖〕)
このような状況になっても、まだ神に手を合わせようとも、頭を下げようとも思わないのでしょうか?
そういう殊勝な気持ちにはこれっぽっちもならないというのでしょうか?
だとしたら、本当にすさまじい人たちばかりですね。日本の人たちはです。(無神論もここに極まりです)
だから私は神から観たら日本の人たちも北朝鮮の人たちも同じだといっているのです。
これほどの状況になってもまだ神を思わず、金儲けだの、責任転嫁だのしているからです。
それとも神など思ったところでどうにもならないとでも思っているのでしょうか?
そのようなことをいっている人たちは、ただ神の心を、神の本当の力を知らない、無知な人でしかないのです。(マァ、無神論の人たちばかりなんですから、それは神について無知な人たちばかりなんでしょうが)
もういい加減、くだらないプライドは捨てませんか?
そのようなプライドが神が現す奇跡をじゃましているのです。
「現代人は神など信じない」「神になど頼るのは弱い人」この期に及んで、もうそういうのは結構です。
そのような心を持っている人が多ければ多いほどよけい危なくなるだけだからです。(そのような神を神とも思わない心がよけい災いを呼ぶのです)
日本の人たちは本当の神を、本当の神の力を知らなかっただけなのです。
西洋の一神教などダメだと頭からバカにしてです。
神はあんな激しいものではないと(西洋の人たちが宗教戦争ばかりしているからです。しかしそれは西洋の人たちが神の心をよく分かっていないからです)本当の神は、もっと優しくこちらのいうことを何でもきいてくれるものであると(八百万の神やご先祖様)自分たちに都合がいいように解釈し、神を便利屋のように思っていたのです。
だから、神をしっかり認めることもしなければ(都合のいい時だけは認めます。困ったことが起きた時とか新年とか〔初詣〕盆とかだけは神を認めるのです)神に頼る人は弱い人などと変なところで恰好をつけていたのです。
しかし、そういうおかしな振る舞いを反省しなければいけない時が来ているのです。
神に対し、それだけでたらめな態度もないからです。
確かに大した努力もせず、何でもかんでも神に頼ることはいけませんが、だからといって、神を認めず何があっても神を思おうとしないというものまたいけないのです。(都合のいい時だけ神に頼るというのも、もちろんいけません)
私たちは神につくられた神の子であるからです。(神が存在しなければ私たちも存在しえなかった。それを否定出来る人が誰かいますか?人間は、この大宇宙は誰がつくったのですか?)
では、神に頼る時はしっかり頼り、自分で努力する時はしっかり自分で努力する、そういう分別をしっかりつけて行うことが大事なことなのではないでしょうか。
すべて私たちは神の下にあるからです。
もうこれだけのことが起き出しているのです。(私のブログや動画を見て分かりませんか?それにこのブログに書いた通りのいろいろな奇跡だって起きたはずです)
どういう奇跡が起きても、またどういう災いが起きても、それでも神を認めようとせず、素直に神に頭を下げようとしない、それはくだらないプライドがじゃましているからです。(神など存在しない、現代人は神を信じないという根拠のないこだわり)
もうそのようなくだらない、まったく根拠がないプライドは捨てませんか?
これまで神を思おうとしなかった心を反省し、そうして心から神を思うなら、神の奇跡は必ず現れるのです。
これからはもう(正法の世になりましたので)おかしな(間違った)プライドは危ないだけなのです。
本当に神を信じなければこれまでにない災いが日本に現される、そのような時が来ています。
しかし、そういう危機をつくったのもまたこれまで神を信じようとしなかった、日本の人々なのです。
追伸…だから、このような危ないことは起こるべくして起きているということです。
決して北朝鮮やアメリカのせいではないということです。日本の人々の神を思おうとしなかった心がこういう危機(順序)を呼んでいるのです。(だから中東などの戦争も同じなのです。あまりに神を思いすぎてもまたいけないのです。極端と極端ではやはり争いになるからです。中道じゃないといけないのです。そういう中道の心があるなら様々な宗教の下、貧困や差別にもそう簡単には負けなかったからです)
だからこれからは本当の正しい宗教が現れないといけないのです。もう本当の宗教が現れ戦争を抑えないと最後には核戦争にまで至ってしまうからです。
そうなっては人類が終わってしまうからです。(核戦争などやれば地球自体が壊れますから)
本当の正しい宗教が現れればこのような争いはすべて抑えることが出来るのです。正しい宗教の下では、間違った考えでいる人たちには災いが起きるからです。
そのような間違った心の人たちが正しい心に変わらない限り、その災いは止まらないからです。(ここらがいい例です)
この教えの大事さがいい加減お分かりになりませんか?(この教えが世界に拡がるなら、間違った考えでいる人たちには災いが、正しい考えでいる人たちには奇跡が起きるのです。では、戦争は黙っていてもなくなります。戦争は間違った考えでいるから起きるからです)
本当の神の教えが存在しているのに、それを知っていながら何もしようとしない、このブログを読んでいる人たちが、一番罪をつくっているのです。



人目の訪問者です。

社命で海外出張も何度か行った事があります。英語が世界標準の共通語になっていますが、日本語で話せる人もいます。私の場合日系企業先が主だったということもあります。それで大方の外人は日本人の事を評価する時、チームプレーが得意ですねという内容の事を聞く機会がありました。外人は個人で行動することで自己アピールをしていくのです。何も日常だけでなくスポーツにおいてもそうなのです。対して日本人は団体行動が得意とするのでありお互い様お蔭さま精神があるから、順番も守るし他人様に迷惑を掛けまいとする心遣いが本来備わっているのです。だからこのブログを読み心を入れかえて精進するなら一気に広がりその後の安定は期待できるものであると思います。私自身も今後祈りを含めた言動を心がけ、その切っ掛け作りになればと心からイメージが浮かんで来ました。あとは実践あるのみ、ですね。
私も一変には拡がらないにしても、もう少し法のすばらしさに気づく人が出てきて、ウナッシーさんのような人が(少しずつでも)増えてくるだろうと思っていたのですが、予想以上に進みません。
というか、敵対する人が一変に増えてしまい驚いています。(だからこの辺り、すさまじい災いが現れているのでしょうが)
どこで間違えたのか、それともそれだけ心が悪い人が多いのか、理解力のない人が多いのか、それは分かりませんが、とにかく法の流布がおかしなことになっています。(それでも法の存在を知った人が増えていることだけは確かなようですが)
ただ、法を正しく伝えることは(正しく理解してもらうことは)本当に難しいものだなとつくづく思います。