5月 11 2017
法を説く人に対する態度
何かメチャメチャ出てませんか?病気になる人がです。(癌かどうかはよく分からないんですが)
だいたい、どこかの会社が大分変なのです。(騒いでいながらかなり引いているのです)
ずいぶん悪いことが起きる人が多そうでこの連中はすぐに分かるのです。何か起きるとわざわざ知らせてくれるからです。(いろいろ暴れてくれたり、急にシーンとなってくれたりしてです)
マァ、普通の日を休みにしたりするくらいです。(GW前の話ですが)かなり、危ないことが起きているのだけは確かでしょう。
最近、特に態度がおかしいからです。
しかし、それは表に出て行っても同じでずいぶん引いたり怒ったりしている人が多いのです。(本当に多いです)
それに学生連中の態度もまたおかしいのです。(最近はまた中学、高校、大学生がやたら怒って集団で嫌がらせをして来ていたのです。〔何か悪いことが起きているんでしょう。それで私に八つ当たりです〕しかし、私がそういうことをして来る連中を祈って数日すると、急に学生たちの姿を見なくなるのです。見ても遠くにいたり、学校など見ると学校の中からこちらを見ていたり〔たまに近くを通る学生などずいぶん顔を引きつらせていました〕明らかに私を避けているようなのです)
どうもやたらめったら起き出しているようですね。恐ろしい現象がです。
だからそこらじゅうの人が怒っている(または引いている)のでしょう。そこらじゅうで恐ろしい病気が現れているからです。
もうそれは日本中で起きていることを見れば分かります。(前回書いた火事でもそうですが)日本中で悪いことが起きる度合いが増しているのですから、この辺りも悪いことが起きる度合いが増すのも当たり前でしょう。
正法の世は日がたつにつれ深まっていくからです。
正法の世が深まれば深まるだけ、心が悪いままの人の周りに現れて来る現象は悪くなるからです。
ということは、心が悪い人が多ければ多いだけ、悪いことがたくさん起きるということになります。
その通りのことが起きているだけなのです。
特別、運が悪いだの、お前が悪いだのいっていても仕方ないでしょう。
自分(の心)が一番悪いからです。だから悪いことが起きているからです。
それだけのことなのです。自分が悪いから自分たちに悪いことが起きているのです。
何度もいいますが人のせいではありません。(私は何も悪くないから奇跡が起きているでしょう。それが何よりの証拠です。周りが〔あるいは周りの人が〕どれだけ悪くても自分がよければ自分だけにはちゃんとよいことが起きるのです)
だからこの辺りの人たちに絞って書くなら、今のまま責任転嫁を続けるのなら癌になる人が続出し、また癌になったらなったで、その癌が治るどころかあちこちに転移して、体中にひどい痛みを抱えたまま死んで行かないといけなくなるということです。
そういう最悪の順序ももらいかねないのです。
心が悪いからです。(そういう責任転嫁ばかりしている心、ほんと最悪です)
そうして、そういう人は死ぬと見かけは楽になったように見えますが、しかし、それは肉体だけ見ているからそう見えるのであって、その肉体から抜けて行った霊体はそのひどい痛みを抱えたままあの世に行きます。
そうしてあの世の地獄で自分の悪いところが自分で反省出来るまで、その痛みで苦しみ続けるのです。
それが私たちの修行であるからです。(金儲けしか知らない人たち〔現代の人たち〕は、そういうことを全然理解しようとしませんが、しかし、死ねば分かります。私のいっていることが正しいとです)
この世で反省を知らない人は地獄での反省などそう簡単に出来るものではありません。(自分の体の痛みを抱えたままですから痛みの方に気が行ってしまい、よけい反省など出来なくなります)
しかし、反省出来ない間はその苦しみから逃れることは出来ないのです。
人によっては(この世の時間でいえば)数十年も、数百年も、その痛みの中、地獄で苦しみ続ける人もいるといいます。
いま、私の話にきく耳を持たず逆らい続けている人の大半はそういう道を進むことになります。
そこは覚悟しておいた方がいいでしょう。
そういう苦しみの道がついて来る人が次々に現れているようだからです。(そういう恐ろしい病気になる人が次々に現れているようだからです)
私に対し嫌がらせをやめないならやめないでそれは結構です。(本人が何をしようがそれは本人の自由ですから)
しかし、嫌がらせをやめなければ私もそのような人に対する祈りをやめません。
私に祈られればどうなるか、それはずいぶん私に祈られた人が多いので、その人にきいてもらえれば分かると思いますが、私が祈ると奇跡がすぐに現れるのです。(一日、二日で急に天気が変わったり、人の病も急によくなるような現象が現れたりです)
ということは逆もまたしかりで、私が祈ると、悪い現象もまたすぐに現れるかもしれませんが、それはご了承ください。
その私にして来る行いが、そのまま現象に現れているだけだからです。
そういう祈りしか(この方を正しくお導きくださいという祈りしか)私はしていないからです。
こういうことが(祈れば何か現象が現れる)もうそこらじゅうで起きているのです。
もういい加減、理解していただけませんか。神の存在をです。(そうして自分たちが神に逆らい続けているということもです)
神がいなければ祈って何か起きるということはないでしょうし、もし私が一人で何かをしているというのならいくら何でも多勢に無勢です。(一体、私の相手は何人いるのでしょう?何千、何万、何十万、数えきれません。それくらい多くの人から嫌がらせを受けています)
私の方が(無勢の方が)追い詰められて行くのが当たり前なのですが、しかし、起きていることは逆なのです。
多勢の方が追い詰められているのです。見えない力によってです。
その見えない力こそ、神が存在している何よりの証拠なのであり、また神が私の方に(無勢の方に)ついているから多勢が追い詰められていくのです。
何から何まで神が起こしているからこうなっているのであり、神が存在しなければ起きえないことが今現在、この名古屋で起きているのです。
その神の業をいい加減ご理解いただけませんか。
多くの人がです。
それが理解できるのであれば、私に従うことはすなわち神に従うことであり、だから私に従った人に奇跡が起きているのであり、逆らっている人に災いが起きていると分かるからです。
悪いことが起きている人は神に逆らっているのです。
だから悪いことが起きているのであり、その自覚が本人にないだけなのです。
そうして私に従って奇跡が起きた人は、神に従ったから奇跡が起きたのであり、私自身に従ったからではありません。
神に従ったから神の奇跡が起きたのです。
すべてそのようなことは神が行っていることであり、人が行っていることではないからです。
だから奇跡も災いも起きているのです。それが神の力であるからです。
法に従うとはそういうこと(神に従うこと)なのであり、だから私はこの法をよく勉強してくださいと、何度も何度もいっているのです。
法を勉強することが神の心を自覚し、神の存在を自覚することになり、それが幸福の道であるからです。
その法に逆らっている人が多いから苦しんでいる人がこの辺りは多いのであり、従えばいいのです。
神の心である法にです。
法に従うなら、その苦しみはあっという間に消えるからです。神の力が現れてです。
それほど法とは偉大なものであるのですが、その法を説いている者に、多くの人はずいぶんぞんざいな態度を取っています。
そのような態度が、悪い現象となって世に現れているのです。
何度もいいますが、法とは神の心であり、この世をいくらでも変えることが出来るからです。(それは変えることが出来ます。この法を実践するのならいくらでも不思議な現象が現れて来るからです)
偉大な法を説いている人へのぞんざいな態度は、それはすなわち神に対しぞんざいな態度を取っていることと同じであるのです。(だからこの辺りは悪いことばかりが起きるのです。私に対する〔法を説いている者に対する〕態度があまりに悪いからです)
法に対する態度を変えませんか。
そうすればよいことはいくらでも起きて来るからです。
追伸…韓国の大統領が決まりました。(ずいぶん揉めていましたが。〔苦笑〕)
前評判では一番反日のひどい方が大統領になられたようですが、しかし、そこまで反日ではなさそうですね。
それは首相に知日派の方を選んだり、大統領ご自身が「必要であればすぐにワシントン、北京、東京でも行き、条件が整えば平壌にも行く」といわれていることでも分かります。
それほどひどい反日の方であるなら、首相に知日派を選んだり「東京にでも行く」などという発言はしないと思うからです。
韓国の国民性を知るならば(何せ百万人規模のデモまでするくらいですから)反日というポピュリズムへのパフォーマンスをとらなければ大統領になどなれないでしょう。
だから、そのようなスタンスを大統領が敢えて取っていたとも考えられますが、それは今後、分かって来ることでありますので、それはともかくです。
それよりも、これまでの韓国大統領はみな末路が哀れでした。(のちに逮捕されたり自殺したりです)
この方がそうならないよう、私利私欲に走らず大統領として大局にたった、正しい政治を最後まで行っていただけるよう願うばかりです。
(そうしてもらうことが日本にとってもよいことであるからです)



人目の訪問者です。

やはり、連休の反省が効いているようですね。例の気難しい上司が変わったのです。何かと気難しい上司との関係を良いものに構築しようとしていた心は間違っていませんでした。これまで一方的な仕事の管理しかしてこなかった上司は、仕事の進め方、考え方、伝え方等を分かり易く説明してくれるようになったのです。そうです上司自身が自分の仕事に対する考えを自ら打ち明けてくれるようになったのです。連休前とは違い仕事も把握しやすく進捗も管理しやすくなったのです。さて、この上司に連休中に何があってこうも変わったのか分かりませんが、偶然とは言え私が連休中に反省をした時期と重なるとは不思議な事があるものですね。それでですね、今日はまた別の反省の案件ができました。とても嬉しいです。反省をするに嬉しいとは普通に考えたら戯れ言のように聞こえますが反省を通して何かが変わる、そんな予感がするものですから反省が楽しみなのです。
ウナッシーさんの心が天に通じ、天上界がウナッシーさんの上司の方を指導してくださったのでしょう。
そういう時は神にお礼をいっておいた方がいいのです。(「神よ、上司〔その方の名前〕を正しくお導きくださりありがとうございました」とです)
そうして「引き続き上司を正しくお導きください」と祈られるとよいでしょう。
そうするとウナッシーさんと上司の方との関係はもっとうまくなって行くからです。
愛深き御心に感謝を致します。有り難うございます。