5月 16 2017
戦前と戦後の違い
それにしても最近の北朝鮮は予想不能ですね。(これまで以上にです)
アメリカや中国に一切かまわずミサイルを発射して後はどうするつもりなんでしょうか?
いろいろ専門家やコメンテーターが説明していますが、それがどれだけ正しいのか分からないし、最近の次から次へのミサイル発射や核実験などもう尋常ではありません。(なんぼ何でもやりすぎです)
このままでは遅かれ早かれ武力衝突は起きるのではないでしょうか。もう打つ手もないからです。(どこも止められないでしょう。北朝鮮をです)
それに、もう完成間近なんでしょう。核も弾道ミサイルもです。(だからこれだけ立て続けに発射実験などしているんじゃないですか?)
ここまで来て核実験やミサイル発射を北朝鮮がやめるとは思えません。
では、最終的にアメリカはやるしかないということになります。
そうなると(韓国だけでなく)日本にも飛んでくるでしょうね。ミサイルがです。
そういう順序がつく確率が高いということです。
なぜかといえばです。その前に日本に爆弾が飛んで来た大東亜戦争も、実は法に関連して起こされたものであったからです。
つまり法が拡がる可能性があるのか、それともないのかで、そういう最悪の事態さえ招きかねない状況になるということです。(今のところ法が拡がる可能性はほとんどありませんから。皆さん方の非協力的な態度によってです)
それほど本当の神の教えとは偉大なものであるからです。(本当の神の教えが拡がるか、拡がらないかで、救われる人の数がまったく違ってきますから。〔もちろん世界のです〕その責任を果たそうとしなければ最悪の順序は当然もらいます。それに〔カジノ法案などの〕危ない法案もいくつか通しています。ドンドン危ない方向に日本は行きますね)
あまり詳しくは書きませんが(このブログを読んでいる人は法をよく理解している人が少ないからです。すると戦争と法がどうしてかかわりがあるのかがうまく理解できないからです)よく考えてみてください。
宗教一つとってもです。あの大東亜戦争前と後では(だから戦前と戦後では)ずいぶん大きく変わっているのです。
その宗教を伝える下地がです。
戦前までは、明治維新以降の明治政府の宗教に対する統制強化がそのまま残っていたのです。
政府公認の宗教しか認めず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や宗教弾圧(大本事件)まで起きています。
つまり戦前は、宗教を伝えるには非常に不自由で暗黒な時代であったのです。政府が様々な規制を宗教にかけていたからです。
しかし、戦後はどうなったでしょう。
そのような規制はすべてなくなり(憲法の信教の自由によって)自由に宗教を伝えることが出来るようになったのです。
実際に戦後はいろいろな宗教が様々な問題を起こしますが(強引な勧誘が問題になった創価学会の折伏大行進や霊言シリーズがブームになり急拡大した幸福の科学、霊感商法問題などなど)政府が介入して弾圧まで行った例は一つもありません。(ただしオウム真理教のような〔サリン〕事件など起こせば別ですが)
つまり、戦前と戦後では、宗教を伝える環境がまったく変わってしまったということです。
ということは、戦前に日本に法が出現していても法を広く伝えることは出来なかったでしょうが、戦後に出現したのであれば、世に広く法を伝えることも可能になったということになります。
だから、そのような法を伝えるための環境の違いが、大きな戦争をしなければいけなくなるほどの順序までつけられたということです。
あまり詳しくは書きませんが、要はその法を広く伝えることが出来るのか、それとも出来ないのかで最悪戦争まで起きる、そのような順序まで与えられる時があるということです。(それは事実なのです。法を真剣に勉強する人が増えて来た時、そのことはまた詳しく書きます)
そのことを理解したうえで今の状況を考えるとです。
ミサイルが飛んで来る確率が非常に高いと思われないでしょうか。先ほども書きましたが、あまりに法に非協力的な人が多いからです。
法の流布のじゃまはするわ、無視はするわ、そういう人ばかりです。これでは最悪の順序を天からつけられかねないのです。
そこまでしないと日本の人々は神に目覚めないということでです
このブログを読んでいる人は気づいているはずです。もう多くの神の業が現れているということをです。(災いも奇跡も両方合わせてです)
もう数えきれないくらいの神の業が現れているにもかかわらず、ほとんどの人がその神の業に対し畏敬の念を現さないどころか(それだけでもう超罰当たりです)怒りや憎しみの心を現しているのですから、罰が当たらないはずがないのです。
もうこの辺りなど、どれだけ天罰を食らっているのか分かりません。それだけ神の業に対し不遜な態度を取る人が多いからです。
いいですか。これだけ災いが現れているということは、そういう大多数の人が取っている不遜な態度を改めるなら、一体どれくらいの奇跡が現れるか分からないということなのです。
法が説かれているところにはそれだけ多くの神の業が現れるからです。(それは釈尊の時代しかり、キリストの時代しかりです)
そうであるなら、神を敬い、法を説いている人に感謝する人が増えてくるなら、まだまだ多くの奇跡が現れて来るということになります。
そうして、もし、そういう多くの奇跡が現れて来るのなら、日本にミサイルが飛んで来るような順序も段々遠のいて行くということです。
そのような奇跡によりまた別の道がついてくるからです。(北朝鮮問題が平和理に解決するような道がです。神の力が現れてです)
このブログを見ている人が心を入れ替えるか否かで、いま世界的な問題になっている北朝鮮問題も解決の糸口がついて来るのです。(本当です。奇跡が起きている者が嘘などつきませんから)
それでも神を無視して(この本当の神をです)自分のことをやり続けるのですか?
そういう不遜な態度を取り続けるのなら、最悪の事態も招きかねないのです。(日本だけでなく世界にとってもです)
もう少し大きな心で神を信じませんか?
そういう人が増えれば大きな奇跡が現れて来るからです。
(これも本当の話ですから。いつまでも多くの人が神を無視し続け自分のことを優先するなら、最悪の事態は起きるのです。少しの布施くらいしてください。とりあえず〔とりあえずですが〕それをされるだけでも神に対する思いは変わりますから。〔決して神を無視しているわけではないということにです〕)
追伸…相撲の話を少し書きますが、稀勢の里はもう休場した方がいいでしょう。
無念であるとは思いますが、今場所は勇気を持って休むべきです。
昨日は勝ったとはいえ(一昨日はひどい負け方でしたし)とても横綱が取るような相撲とは思えませんでした。
もう無理しているのがありありと分かるからです。
それに昨日、取組前に土俵下で座っていた稀勢の里に前の取組の照ノ富士が落ちて来て、よりにもよって痛めている左腕にぶつかっていました。
ずいぶん稀勢の里も痛がっていたようですが、こういう運の悪いことが起きるのはこの場所は休めと天が教えているからです。
あれは偶然ではないのです。
ああいう順序をもらうということは、天が今場所そのまま相撲を続ければ、その左腕はもっと悪くなると教えているのです。
そのような天の警告を無視して今場所無理して相撲を取り続けるなら、後々、必ずその左腕のけがは祟ることになります。
今場所は早々に休まれた方がいいでしょう。
それが稀勢の里にとっても、私たち相撲ファンとっても、一番よいことであるからです。



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