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5月 18 2017

小さな心と大きな愛

10:27 AM ブログ

しかし、もう勝負はついていますよね。

こちらは次から次に奇跡が起きているのに、私に嫌がらせをしている人たちには次から次に災いが起きているのです。(しかもその災いがドンドン増えているようですが…)これ以上、意地を張って嫌がらせを続けても災いが増えるだけです。

それなのにまだ続けるのですか、そんな屁の突っ張りにもならない危ない嫌がらせをです。

もう見ただけで分かるでしょう。どちらが勝ちでどちらが負けているのかはです。(マァ、勝ち負けの話ではありませんが)

自分たちが小さな心で、怒りや憎しみばかりを出しているから災いしか起きないのです。

大きな心で愛をもっと出してはどうでしょう。そうすれば、その災いは黙っていても止まるからです。

私は昨日、久しぶりに名港水族館に行ってきました。

行くとまたイルカやペンギンなど大騒ぎをしていました。イルカなど小さなプールの方を見ていたら(そのプールには四頭ほどのイルカがいました)いきなりバシャとかやってきます。

それで私が「おい、おい、あんまり水をかけるなよ」とかいっていたら、一頭がいきなり大きく跳ねてバシャンとやったものですから、水が一変にこちらに飛んで来ました。

「ちょ、オイ」とかいって、私はその跳ねて飛んで来た水をよけましたが(こういうところでもイルカが人の言葉が分かるということがよく分かります)それからはもう他のイルカもバシャバシャ跳ね始めて大騒ぎです。(狭いプールなのにです)

面白いんでその場面を動画に撮っておきましたが、イルカが大騒ぎをはじめたものですから周りにいた人たちも集まって来て、そのイルカたちを見ていました。(「ここのイルカ大騒ぎしているよ」とかいいながらです)

普段から愛を出しているなら、こういう愛ある行為がどこにいても返ってくるのです。

その後、今度は大きなプールでイルカたちを見ていたのですが、そこでも私が見ていると、何頭ものイルカたちが私の近くに寄って来て近くを泳ぎ回っていました。

私の近くでジッとしているイルカもいたのですが、そのイルカの体を見ると何かきずだらけなのです。

「お前ずいぶん体がきずだらけなんだな」とかいいながら、私はそのイルカの体をジッと見ていました。

他のイルカもよく見てみると、体のあちこちにきずがあります。

人のブログなど見ると水族館など行って、イルカのショーなど見て、感動したとか、すごく面白かったとか書いている人もいますが、しかし、イルカたちは自分の身を犠牲にして人に喜びを与えているのです。

それはこのようなイルカたちの体を見れば分かります。

あのイルカたちが飛んだり跳ねたりしているのは決して楽にしているわけではなく、ずいぶん自分たちの体を酷使しているということを知らないといけないのです。(だから水族館にいるイルカは寿命が短いのです)

そうであるなら、あのイルカのショーを見ている時でもただ面白いというだけではなく、そのような体を酷使して人を楽しませてくれているイルカたちに、感謝の心を忘れてはいけないということです。

こういうことが愛を出すということなのです。

前にも書きましたが、愛とは、相手の気持ちになって考えるということなのです。それは人であろうと動物であろうと(もちろん植物でも何でも)同じなのです。

常にそういうことに心を馳せることが愛を出すということなのです。

それなのに、マァ、この辺りの人たちは、今日も相変わらずこのブログをじゃましています。(しかも半分べそをかきながらです。もうずいぶん危ない現象が現れているようです。どこかの会社などです)

私に嫌がらせをして来る連中もこの辺りたくさんいるのですが、そういう人たちはどういう心で、そのようなことをしているのでしょうか。

それはもうお分かりだと思います。

そのような人たちが愛の心でじゃまや嫌がらせをして来るわけがありません。

皆が皆、そのような人たちは怒りや憎しみの心からそのようなことをしているのです。

だから自分たちに災いが起きるのです。

そのような怒りや憎しみの心が自分に返って来てです。

それなのにその災いをすべて私のせいにしている、それではもっと悪いことが起こります。

自分の罪まで人に擦り付けているからです。

小さな心でいつまでもいるから分からないのです。自分たちの間違いも愛もです。(そもそも、最初に嫌がらせを始めたのはそちらなのです。神の心などまったく理解せずにです。心が小さいからまったくそういうことが理解出来ないのです。だから不幸になるのです。いつまでも心が小さいまま進歩しないからです。だから少しでも心を広げる〔視野を広げる〕努力はし続けないといけないのです。そういう努力をしないと〔心が進歩しないと〕真実は観えてこないからです)

大きな心で大きな愛を出しませんか。

その出す愛が大きければ大きいほど、自分に返って来る愛もまた大きくなるからです。

(今日は周りが〔どこかの会社もそうですが、前のマンションでも何かやっているようで〕うるさいのでこれくらいにしておきます)

2コメント

2 コメント to “小さな心と大きな愛”

  1. ウナっしー2017/05/19 at 12:45 PM

    夢の話をします、今朝方に夢を見ました。どこか研修センターのような畳の部屋がいくつもあり各部屋には見覚えのある方もいました。そこは勉強会の集まりのようでした。実はその場所へ行くには意外な方法だったのです。それを記憶している中で書きます。人の集まる場所に壁がありそこから魔法のように入ることができたのです。その入り方とは、ある呪文のような言葉を発すると入れると言うのです。丁度ハリー・ポッターのようですね。そう教えてくれたその方を見るとなんと園頭先生だったのです。あの雰囲気といい優しさと暖かさをまとったオーラーは恐らく間違いないでしょう。先生はそういうと壁へと入られたのです。えーっ・・と驚きましたが、何とかせねばと思い付いたのが「我は神の子である」という言葉でした。それを言ったら、何かギクシャクしましたが何とか入れました。凡そそんな感じの夢でした。夢などは一貫性もなく断片的な記憶しかないのでそんな感じでした、としか言いようがないですね。内容は今一分かりませんが園頭先生が夢に出られた事だけは間違いないですから、そ意味を考えてこれから先へ進んでいきたいと思います。

  2. gtskokor2017/05/19 at 1:35 PM

    それはあの世の夢でも観せられたのかも知れませんね。(あの世は心の段階で幾世界にも分かれているといわれますから)
    園頭先生がウナッシーさんに、何かあの世のことを教えてくれた夢だったのかもしれません。
    この法を勉強しているのなら、そういう人には必ず園頭先生は(心の中では)指導してくださっているからです。

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