>>ブログトップへ

5月 23 2017

神の心に従うか、それとも逆らうか

11:13 AM ブログ

北朝鮮のミサイルが止まりません。

それにしてもすさまじいですね。今年に入って八回目のミサイル発射だそうですが、日本の総理が何をいってもまったく関係ありませんね。

それに中国やアメリカの面子まで潰しまくっています。

もうここまで来たら北朝鮮を止められる国は皆無でしょう。この調子では、大陸間弾道ミサイルも核の小型化もあっという間に完成させてしまうのではないでしょうか。(北朝鮮には天才科学者がいるらしいですし…)

そうなると最終的には軍事力で止めるしかない…とならないか心配です。

そのような北朝鮮のミサイルの嵐に負けず劣らずこちらも神の業の嵐が止まらいようです。

何かこちらはこちらですさまじいですね。(癌の嵐とかなってませんか?どこかの会社、朝からすでにパニくっているんですが…)

天罰も神の業には変わりありません。その神の業(天罰)が出まくっているようです。(ほんと尋常じゃないですね、どこかの会社などです。よく電話もかかって来ているようですし。〔汗〕)

自分たちが間違っているのです。だから悪いことが次々に起きているのです。(「いい加減理解しろよ、子供じゃあるまいし」といいたいです)

私が正しいのです。だから次々に奇跡が起きているのです。

それが理解できない(認めない)間は助かりようがありません。神のご加護を受ける気がない人たちは救われようがないからです。

「神様、助けてください」という心と行いが出来るまでは、神の光がその人に降りることはないのです。(そういう心にならなくては神の光を心が受け付けないからです。心が神の光を拒否していてはその人に神の光が降りるわけがないのです)

では、奇跡も起きないということになります。

奇跡が起きるとは神の光がその人に現れることをいうからです。

だいたい、悪いことをすべて私のせいにしているのです。そういう被害妄想の心でいて神の光が降りるわけがありません。

少なくとも、その責任転嫁と傲慢な心だけは直さないと、その人が救われることはないでしょう。

こちらは次々に奇跡が起きているのです。これだけ分かりやすく違う結果が現れているのです。

いい加減折れてはどうでしょう。ここまで来ると一体何のために突っ張っているのか意味が分からないからです。(悪いことが起きるのが分かり切っているのに、なんでそこまで突っ張るんですか?誰も彼もです)

心から神に頭を下げるのなら奇跡は起きるのです。(もし私の祈りで癌になったのなら、その癌も私の祈りで治るでしょう。そうは考えないのですか?同じことが起こせるのです。それが神の力であるからです。しかし、心が間違っているのならそういう奇跡は起きません。すべて心の在り方一つなのです)

それにこの教えが拡がるのならです。例えば北朝鮮の問題でもISの問題でも解決の道がついて来るのです。

神が正しい方向に導いてくださるからです。

この教えを知った人なら分かりはずです。どれだけ自分が正しいと思っていても、それが間違っているのなら自分たちに悪いことが起きるとです。

では、この教えが間違ったことをしている集団や国に拡がったらどうなるでしょう。

その間違ったことをしている人たちに次々に災いが起きて、反省させられるということです。

その集団や国の人間がそのことは正しいといくら信じていてもです。そのしていることが(考えていることが)間違っているのなら、その間違っている人には災いが現れるのです。

そのしている行いが神の心に反しているのであれば、それは間違いであるからです。

基準はすべて『神の心』それのみなのです。この教え(正法神理)にそれ以外の基準はないからです。

だから、この正法神理を知って神の心に反した人には災いが起きます。

実際その通りのことが起きているのではないですか?この名古屋にです。

この辺りでなぜこれだけ悪いことが起きているのでしょう。

それは、神の心に反したことを皆がしているからです。

この辺りの人たちは、ミサイルや核をつくっているわけではありません。そうしてテロを計画しているわけでもないのです。

しかし、神の心に逆らい続けているのなら(それだけの理由でです)それは間違いであるという現象が次々に現れて、考えを変えざるを得ないのです。

それもまた、大きな間違いであることにはかわりがないからです。(もちろんやっていることがまたひどいんですけどね。法の流布のじゃまはする、悪いことは全部私のせいにする、まったく自分たちの行いを反省しない等々)

そうして、その神の心に従っている者には次々に奇跡が現れているのです。(それもまた事実です)

なぜ、この辺りには奇跡も災いも他のところ以上に現れているのでしょうか?

それは正法神理が説かれているからです。だからこの辺りには、このような神の業が次々に現れているのです。

つまり、本当の神の教えがそこに拡がるのなら、どこでもこのようなことは起きるということです。

では、この教えを世界の人々が知るならばどうなるのでしょうか?

世界が段々平和になって行くということです。神の力がそこかしこに現れてです。

すべて神が正しい方向に導いてくださるからです。

多くの人を不幸にするような、そのような悪をしなくても、神の心に逆らうだけで、その間違いを直される、それがよいことなのか悪いことなのかは個人の思いによって違うでしょう。

そんな神の心以外のことをやれない四角四面の人生など嫌だと、そう思う人もいるかもしれません。

しかし、それは違うのです。

神の心に従う人生とは四角四面などではなく、丸く大きく豊かな人生であるからです。(本来、神の心とはそのようなものであるからです)

だから、その神の心に従うことが私たち人間にとって実は一番の幸せであるのです。

それを多くの人は知らないだけなのです。(多くの人が迷いの人生を送るのは神の心に従ってないからです。だから自分の本当の使命も分からず間違った人生を送るのです。〔だから悪の道にも進むのです〕しかし、それが大きな不幸なのです。多くの人はその自覚がないだけなのです)

神の心に逆らうということは不幸を意味します。

だから神の心に逆らっている人は不幸になっているのであり、不幸になっているということは、それは自分が神の心に逆らっているからなのです。(そういう部分があるということです。これもまた自分にその自覚がないだけでです)

神の心を知って従う人が増えれば知らずに不幸になっている人も減って行きます。(もちろん悪の道に進む人もです)

そういう意味でも神の心を知る人が増えることは大きなことなのです。(自分の幸不幸の原因が分かるからです)

いつまで神の心に逆らっているのですか?

逆らっている間は不幸は続くのです。

しかし、神の心に従うのなら、必ず幸福は現れて来るのです。

(その神の心に従う部分が大きければ大きいほど幸福度は増し、奇跡が現れてきます。その一番神の心に従われた人たちが釈尊であり、キリストであるのです)

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。