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6月 17 2017

法の価値

11:10 AM ブログ

皆さん、どれだけ怒っても無駄です。(ほんとそこらじゅうで怒っています。〔または引いています〕)このような時に怒りなどすればよけい危ないのです。

それよりも早く謝った方がいいでしょう。

それが一番安心で安全であるからです。

「自分たちが間違っていました。どうもすいませんでした。助けてください」と、心から反省してブログ代(または布施ですね。心を救われているのは事実なのですから)を快く払い、これからは神を信じてください。(無神論などさっさとやめてです。これからは無神論でいる人など罰が当たりますから)

そうやって心を入れ替える以外、この辺りで私に散々嫌がらせをした人たちの助かる道はないのです。

そのままの心では近いうちに百パーセント災いが起きるからです。(あまりに罰当たりなことをしすぎていますから)

だから変えるしかないのです。自分で自分の心をです。

いい加減、私を信じてもらえませんか?これだけ現象が現れているのです。(よい方、悪い方、含めてです)口だけではないのです。

その私を信じないで、では一体誰を信じるのですか?

災いが起きている人のいうことをいくら信じても災いしか起きないのです。奇跡が起きている人のいうことを信じない限り奇跡は起きてこないのです。

では、私を信じてください。その奇跡が起きているのは私しかいないからです。

ここまで奇跡が現れ、ここまで神が関わっているなど一体誰が知っていたでしょう。

無神論の人たちなど、誰も神のことも、ここまで奇跡が起きるということも知らなかったではないですか。

私がいたからこれだけ神のことも奇跡が起きるということも分かったのです。それだけでもえらい違いなのではないですか。

神や奇跡を知るのと知らないままでいるのとではです。

では、その神のこと、奇跡のことをこれだけ教えてくれた私に感謝し、その私を早く信じてください。

そうすれば、その神の奇跡はすぐにでも起きるようになるからです。

本当にもったいない(というか、危ないんですけどね。本当にそのままいてはです)話なのですが、マァ、いつまでも私を信じようとしない人たちの話はそれくらいにしておきまして、前にちょっと書きました、あの将棋の最年少プロ棋士の藤井四段の話をもう少し書いておきましょう。

あの連勝記録(また勝って二十六連勝ですか)はまさに神業であるからです。

神が関わっているのであれば私の出番であるからです。

しかし、あの藤井四段にはやはり(神ではありませんが)誰か憑いていますね。あれほどの記録を一人で出すというのはどう考えても無理があるからです。(十四歳という年といい、デビュー以来の破竹の連勝といい、人の業とはとても思えませんから)

高橋先生のご著書の中にも、あの有名な指揮者である小澤征爾氏にワグナーという名の音楽家が(憑いて)指導していると書かれてあります。

そのような人は時々いるようです。(指導霊は誰にでも憑いていますが〔守護霊同様にです〕過去に有名だった人が指導霊として憑いている人がたまにいるようです)

もちろん、それは過去世からの深い縁でそうなる場合もありますし(だからそういう人は、過去世でそのような有名な人と縁が深かったということです)その人に特別な使命がある場合は、特別な人が指導霊となって大きな仕事をさせるという場合もあり、その人が持って生まれた使命によって、その理由は異なりますが、何か特別な人が憑いて(指導霊として)その人を指導している場合は(そういう時は特別な能力がこの世に現れます。今回の藤井四段のようにです)その人に特別な使命があると思って差し支えないでしょう。

だから、特別な人が指導霊として憑いているのです。(実際、小澤征爾氏など世界的な指揮者となっていられるのですから、特別な使命があったといえるでしょう)

しかし、あの藤井四段にもし過去に有名であった将棋の棋士が憑いていた場合、それが誰かということを知ることはさほど難しいことではありません。(特別霊視とか何とかしなくてもです)

それは昔の棋譜など見れば分かると思うからです。

何十年も何百年も前の棋譜(きふ)って残っていますよね。(将棋会館かどっかにです)その棋譜を見れば分かるのです。

今の藤井四段と同じような棋風の人がその中に必ずいると思うからです。そういう人がもしいたのなら、その人が藤井四段を指導しているのです。

だから棋風が似てくるのです。その人があの世、天上界から藤井四段を指導しているからです。

しかし、もし、そのような人がいたのであれば、その人に心から感謝してこれからも変わらぬ努力で将棋の勉強を続けるなら、藤井四段はそれこそもっともっと強くなります。

藤井四段が、その方に気づいて、その方に感謝するのなら、その方がなお一層天上界より指導してくださるからです。(これが法を勉強することの有利さなのです。法を知るならこの世だけではなく、あの世からの指導も強く受けることが出来るのです。ということは、この世で努力しているだけでも普通の人の倍は強くなるということになります。あの世とこの世の両方の指導を同時に受けることが出来るからです)

特別藤井四段だけではありませんが、最近は若い頃から天才的な才能を発揮して名を馳せる若者がたくさん出てきました。

そのような人たちは法を勉強されてはどうでしょう。(単にやっていることの勉強だけではなくです)

そうすれば思わぬことが分かり、思わぬところから協力が得られるということも十分あるからです。(この世プラス天上界です。これは最強ですね。他の世界の人はやっていませんから。天上界から指導を受けることなどです。〔笑〕)

この法の大事さはそのようなところからでも分かるのです。

若い人が気づいてやってもらえませんか?

残念ではありますが、年を取っている人たちよりも若い人の方が心の高い人が多いからです。

心の高い人でなければ、この法の本当の価値に気づくことは出来ないからです。

2コメント

2 コメント to “法の価値”

  1. ウナっしー2017/06/18 at 9:12 AM

    縁とは深いものですね。例えば家族ですと一家の長として父親がいるわけですが、その父親は妻と夫婦の縁があり結ばれやがて子を授かり親子としての縁で結ばれる。しかしながら親子とは簡単に言えますが、父と子、母と子、兄弟姉妹であればそれぞれの関係が生まれる。そんな複雑になる関係性を単に親だからとか子供だから等と言い切ってしまうほど心の縁とは単純で無いですね。それが社会に出て様々な体験をして行くのですから人にアドバイス等簡単にできるほど心の世界では口にできようもないです。自分の心の大事さが分かるとより相手の心の尊厳性も分かってくるような感じです。やはり神への祈りも理であると思います。

  2. gtskokor2017/06/18 at 12:49 PM

    そうですね。そのように複雑だから心の勉強になるのです。

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