6月 20 2017
本物と偽物との違い
昨日、私は庄内川に行ったのですが昨日の庄内川がまた凄かったのです。
何が凄かったのかといえば、物凄い数の魚が跳ねていたからです。
行くまでは静かだったのです。(最初に庄内川についた時はシーンとしていましたから)
しかし、私が行ってしばらくするとあちこちで魚が跳ね出したのです。
それでも最初は「今日はよく跳ねるな」程度だったのですが(そこそこ跳ねてはいましたが、そのくらい跳ねている時はこれまでもあったものですから)また川岸を歩いていって向こう岸に渡ったくらいからです。
凄い勢いで魚が跳ね出したのです。あっちやこっちでボンボン跳ねています。
「お前ら今日はやけに勢いがいいな」とかいっていたのですが、もう凄い勢いであちこちで魚が跳ねています。
大きいのもいれば小さいのもいますが、時々、凄く大きな魚が(鯉かなんかだと思うんですが)急にガバッと川から顔を出す時もあり「なんだありゃ」とこちらが驚きます。(ほんとユーマかと思ってしまいます。〔笑〕)
そうして真ん中あたりで跳ねていたわりと大きめの魚が、岸近くまで泳いできて(水面近くを泳いでくるので岸から見えるのです。さざ波もたちますし)私の目の前で跳ねたり、近くを泳ぎ回ったりしています。
そのうちにたくさんの細かい魚が川岸近くを泳いできて(数十、数百匹くらいの集団がいくつも泳いで行くのです)私が「お前らずいぶんたくさんいるな」と声をかけると、バシャバシャ嬉しそうに泳ぎ回っています。
とにかく、大きな魚から小さな魚までそこらじゅうで、近くを泳いで行ったり跳ねたりしているのです。
その他、何匹か亀なども顔を出していましたし、もちろんすずめなどの鳥も騒いでいました。そうして鵜までいるのですが関係なしに魚たちは跳ね回っていました。
何人かの人が庄内川の川岸の上の道路を散歩していたのですが、皆、ギョッとして庄内川を見ていました。(なかにはジッと川を凝視している人もいました)
とにかく普段、散歩している人たちが驚くくらい昨日は魚が跳ねていたのです。(何か天上界での情景を目の前で見せられた気分でした)
昨日は名古屋は、日本中で一番暑かったそうですが(京都と並んでです)魚たちもずいぶん熱く跳ね回っていました。(笑)
「今日は凄かったな」と思いながら庄内川から帰ったのですが、帰り道もまたずいぶん熱かったのです。(もうやけどしそうなほどです)
しかしそれは魚ではなく多くの人たちであったのですが。
その庄内川の帰り道でのことです。
最近はよく怒っている人がいるのですが、それにしても昨日は多かったのです。庄内川の帰り歩いていると、あちこちの家から人が出てきていて、ガチャガチャ、ゴンゴン、やっていました。
「いつまでこの連中、悪いことを人のせいにしているんだろう」と呆れながら歩いていました。
もうその辺りは何度辻説法をしたか分からないほどであったからです。これ以上はいうだけ無駄だと思ったからです。
そうして歩いていると、途中まで帰ってきたところで今度は爺ちゃんとケンカになって首を絞められ(向こうが先に嫌がらせをして来たのに、こちらが何かいったらキレられて首を絞められました。もうちょっとでぶん殴るところでした。〔苦笑〕)そこから家の近くまで帰ってくると、公明党のポスターが貼ってある家からまた爺ちゃんが出て来て、ガチャガチャやり始めたのです。
「また爺さんかよ」と思ったのですが「悪いことを人のせいにしとらんと創価学会にでも何とかしてもらえ」とその爺さんにいうと、その爺さんまで「なに」とかなんとかいって怒っています。
またケンカになりそうでしたので、適当なことをいってさっさと帰ったのですが「何で今日はこんなにあちこちで怒っているんだ」と思って帰って来ると、家の前のマンションの住人まで怒ってバシバシやっています。(今日の朝もやっていました。相当怒っていますね)
そうして家まで来ると今度は隣の家の人まで出てきていて(夫婦でどこかに行くところでしたが、私が来るまで旦那の方は車に乗ろうとしなくてこちらを見ていました)私が家に入ろうとすると案の定よけいなことをしてきます。
またかと思い(よくされますので。両横や前後、斜めの家の人たちにはです。周り中すべてといってもいいんですが。〔苦笑〕)その人たちはよく祈っておきました。
本当にこの辺りのそこらじゅうの人が私を嫌っているようで、その怒り方が最近は特に半端ない感じなのです。
「今日は散々だったな」と家について思ったのですが、何か変なのです。
何が変かといえば、庄内川であれだけの現象が出たのははじめてでした。そうして、これだけ多くの人が怒っているのもまたはじめてです。(もうそこらじゅうですから)
最近は特にそうなのですが、多くの人の様子がずいぶん変で、そのおかしさがドンドン増しているのです。
そうしてこの前の堀川もそうでしたし、昨日の庄内川はまた特に顕著でした。
何が顕著だったのかといえばです。起きている現象がやたら大きいのです。(というか多いのです)
ということは、最近は起きている現象が、ずいぶん大きく(多く)なっているのではないか?と思ったのです。
だから庄内川であれだけの現象が起きたのであり(それを天から教えられたということです)だから帰り道で、これまでにないような怒り方をしている人たちがあちこちにいたのであり(もちろん、引いている人たちもたくさんいましたが)それはつまり、これまでにないくらいの多くの現象が現れ始めた証拠なのではないかと思えたのです。
実際そうではないでしょうか。
最近はやたら多いからです。怒ったり引いたりしている人がです。そうして、そういわれれば鳥や魚が寄って来る現象も(日によって違いますが)大きな現象が現れる時が最近はよくあるからです。
だとしたらどうされるのでしょう。特にこの辺りの人たちはです。
起きている現象が(よいことも悪いことも含め)ドンドン広がっているようだからです。
皆どうするつもりなんでしょう。この調子では悪いことがどれだけ多くの人に現れるか分からない状況にあるのにです。
先ほどの創価学会の爺さんもそうですが(直接きいていないんで創価学会の会員かどうかは知りませんが)自分が入っている創価学会ではどうにもならないんでしょう。(だから怒っているんでしょうから)
世間にはたくさんの宗教があるのですが、この辺りの多くの人たちはもう気づいているはずです。
世にどれだけたくさんの宗教があろうと、その中に本物などないとです。
これだけ不幸が続いていてはそう思わざるを得ないでしょう。この辺りで起きている災いに対しては、どの宗教もまったく無力であるからです。(そういう宗教団体の会員や坊さんなどからも私は嫌がらせを受けていますから。それでは自分たちの宗教ではこの災いはどうにもならないといっているようなものです)
それはそうでしょう。よく考えてみてください。
本物の宗教指導者は毎日のように奇跡が起きるのです。
それは次々に癒しを行ったキリストしかり、釈尊しかりです。もちろん高橋先生や園頭先生もそうです。
毎日のように奇跡を現されました。(釈尊やキリストはもちろんですが、高橋先生は霊道現象、園頭先生はキリストと同じように癒しです)
ところがそういうことが起きている宗教家がこの辺りには誰もいないのです。
またお寺や神社などもたくさんありますが(近くにはあの熱田神宮までありますから)そういうところでそれだけの奇跡が現れているところもありません。
では、この辺り本物の宗教指導者がいないということになりますが、そのような中で私一人だけには、その釈尊やキリストと同じ奇跡が現れているのです。
マァ、私は宗教家ではありませんがそういう理屈抜きでです。
正しいことを説いている本物の指導者にはちゃんと奇跡が現れるのです。(それは先ほども書きましたが釈尊やキリストしかり、高橋先生や園頭先生しかりです。モーゼもそうです)
それに対し間違ったことを説いている偽の指導者は、口ではいいことをいいますが何の奇跡も現れないのです。
または何かの自然現象を奇跡といってごまかす程度のものなのです。
たまに奇跡的なことを起こす人もいますが、その奇跡はたまに現れるくらいなもので、それほど頻繁に起きているわけではないのです。
なぜなら偽の指導者は、そのような奇跡を起こす力などないからであり、またはそういう力があっても、それは悪魔の力を借りて行っているだけであるからです。(悪魔の力なら、悪魔は気まぐれですし、その能力も限られています。だから奇跡が現れたり現れなかったりするのです)
しかし、正しいことを説く本物の指導者には常に天から光が降りています。その光(神の光)が奇跡を現すのであり、だから絶え間なく奇跡が現れるのです。
それを考えるなら、正しいこといっているのは私一人なのです。(絶え間なく起きる奇跡がそのなによりの証拠です)
その私(本物の指導者)に逆らい嫌がらせをしているから、よいことが起きないのであり、私のいうことに従うのなら奇跡が起きるのです。(実際に起きている人はたくさんいますし)
だからこの辺りの人たちが私のいうことをきくなら、いくらでも奇跡は起きるのです。それはすでに災いが起きた人たちも同じなのです。
心を入れ替え、私のいうことをきくならたとえ悪いことが起きていても、その悪いことは収まり奇跡が起きてよい方向に行くのですが、そのまま突っ張って私に罪を擦り付け怒っているだけなら、ますます悪い方向に行ってしまいます。
そのような考えが間違っているからです。間違った考えでいる人には不幸の道しかつかないからです。(だからみな災いが起きているのです。まだ分かりませんか?自分たちの間違いがです)
反省し、私のいうことをきくのなら奇跡が起きて幸せの道がついてきますが、今のまま考えを変えず私に嫌がらせを続けるのなら悪い方にしか行かないのです。(実際にそうなっているではありませんか。いい加減、目を覚ましてください)
釈尊やキリストと同じ、神の奇跡を現している者が目の前にいるのです。
いつまでその者から顔を背けているのですか?
だから不幸になるのです。



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