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6月 21 2017

天上界への道

10:34 AM ブログ

今日は名古屋は朝から激しい雨と風が吹いています。

こういう天気にもかかわらず、それでも朝からお怒りなのです。(もちろんどこかの会社などです)呆れてしまいますね。

そういえば昨日の昼からのことです。この連中、また急にキレ出した奴が何人かいたのです。

どうも昼休みに何か起きたようで(それっていつものことなんですけどね)それで昼から怒りだした奴が何人かいたようなのですが、それがあまりにうるさかったので、そういう連中に向って私がいろいろいっていたのです。

「お前らはそんなことばかりしているから悪いことばかり起きるんだよ」「少しは反省しろ、そうすればそういう災いも止まるから」とかなんとかいっていたんですが、そのうちにふと思い出すことがあって、そういえば最近は年寄りの顔をあんまり見なくなった、もしかしたら年寄り連中にも何か起き出したんじゃないか、我の強い年寄り連中に何か起き出したんなら、お前らもやばいぞ、などということもいっていたのです。

そういう話をした直後のことです。

凄いでかい音で「バシッ」と窓を閉める音が前のマンションからきこえてきたのです。

私は「えっ」と思いました。別にそっちに向かって話していたわけでもなかったからです。(といってもきいているでしょうけどね。私が話すことを前のマンションの連中もです)

そうしてその時にピンときました。何で最近は年寄りがよく怒っていたのかということがです。そうして前のマンションの連中がやたら怒っていたのかということもです。

先ほど私がいったように年寄りに何か起きていたのです。だから、感情的に怒っている年寄りがあちこちにいたのであり、前のマンションで昨日怒っていた人たちは、自分の家の年寄りに何か起きたのでしょう。

それを私のせいにして怒っていたのです。

これまで年寄りにはそれほど悪いことも起きていないようでした。(起きた人もいるんでしょうが。少ないようでした)

近所で、私の顔を見ると毎回嫌がらせをして来る年寄りがいて、それでそういう年寄りを祈ったことが何度かあったんですが、年寄りは我の強い人が多いもので、あまり私の祈りもきかないようでした。

何度祈っても平気な顔で嫌がらせをして来る年寄りが何人もいたのです。

しかし、そういう年寄りで最近見なくなった人がいたので、それでそういう話をどこかの会社の連中にしていたら、いきなりの前のマンションからのお知らせです。(知らせてくれているみたいなものでしょう。そういう態度はです)

それで最近は怒っている年寄りが多かったのです。年寄り連中に何か起きる人が増えていたからです。(あの「バシッ」で謎がすべて解けました。〔苦笑〕)

しかし、年寄り連中に何かあったからとそれを私のせいにされてもねぇ。

年を取れば病気になるなど当たり前のことですし、寿命が来て急に死ぬことだってあるでしょう。(だいたい散々嫌がらせをされたからこちらは祈っているだけなのであって、それで何か起きても、それは自分たちがした嫌がらせのせいでしょう)

それは自然のことであり、年寄りに何か起きたことまで私のせいにされたら、起きている悪いことがすべて私のせいということになります。(マァ、この辺りの人たちはそれに近い思いを持っている人がたくさんいるのですが…何せ被害妄想の人が多いものですから。〔苦笑〕)

どちらにしても、もう悪いことを何でもかんでも私のせいにしているのではなく、年寄りにもそのような災いが起こりだしたというのであれば、お年寄りの人たちはもういつ死んでもいいと腹を決め(死にたくないなどと、この世に執着していては地獄行きですから)これまでの人生をよく反省されてはどうでしょう。

そうすることが、死んだ後、天上界に往ける唯一の方法であるからです。(だから、お経をどれだけ上げようと、有名な寺や神社にどれだけお参りしようと天上界には行けないということです。それで心がきれいになるわけではないからです。心をきれいにしないと死んだ後、天上界には行けないのです。その心をきれいにする唯一の方法が反省ということなのです)

しかし、このブログを読んでいるお年寄りの皆さんは人生の最後の最後で最高の幸運に恵まれたのです。(もちろん、その最高の幸運とはこのブログを読んで法を知ったことです)

それなのに、報恩の行為をせずに帰るということは、徳を積む大きなチャンスを棒に振るということになります。(そういう意味でもこれ以上の幸運はありません。これだけ大きな徳を積むチャンスはそうはないからです)

そういう危ない状況になったのなら、すぐにでも布施したらどうでしょう。(もちろん私にです)

死んだ後では布施することも出来ないからです。(また、そのようなよい行いをするのなら、寿命も延びるでしょうし。〔笑〕)

最近のこの辺りの天罰のくだり方は異常なのです。(ねぇ、どこかの会社の皆さん)

こうなった以上(それもこれもすべて自分たちの不徳の致すところであるからです。私のせいではまったくありません)もうお年寄りの皆さんは、いつ死んでもいいという心になって、自分のこれまでの行いを反省し善行に努めてください。

そうすることが天上界へ往ける唯一の道であるからです。

(どこかの会社の皆さん、本当に大丈夫ですか?普通であるなら二日も続けてこのブログを書いたら烈火のごとく怒りじゃましたくるはずなのに、今日は朝方、少しうるさかっただけでブログを書きだしたら逆に引いているのです。〔いよいよやばい現象が次々に現れて来たようです〕では、すぐにでも詫びを入れてください。あなたたちが救われる方法はもうそれ以外にないからです)

追伸…しかし、森友学園問題ばかりでなく、加計学園問題も続々と新しい文書が出てきますね。

そうして、その文書を総理周辺の方々はみな知らないとか、正確な文書ではないとかとぼけていますが、もし、それが嘘ならばその人は政治家なのか犯罪者なのか分からなくなります。(そのような方々は神に誓ってそれが嘘ではないといえますか?ずいぶんそういうことをいっている政治家の方々の目がうつろなんですが…。〔何か死んだ魚のような目でしゃべっています。本当に哀れです〕)

総理は「信なくば立たず」といわれました。そうであるなら、国民の信頼を失うような態度はやめるべきでしょう。

堂々と総理自らがこの問題を正直に語られるべきでしょう。(部下に適当なことをしゃべらせていないでです)

2コメント

2 コメント to “天上界への道”

  1. ウナっしー2017/06/21 at 9:26 PM

    就寝前に一日の感謝と反省を行っています。先日も実践していまして、フッと気付くと家内は同じ部屋にいて自分のことをしていました。そう書いていくと普段の何気ない生活感の様な気がしますよね。しかし私にはとても凄いことなのです。何がそんなにといいますれば、長年の理想が叶った瞬間でした。それは心の世界は家内でも打ち明けられずある意味内緒の行いであったのです。神だの、仏だのと言えないし、ましてや禅定等家内の目の届くところでは絶対にできなかったのです。それが先日は禅定をしている私の前に家内がいても心は動かされずに禅定を続けられる自分に嬉しかった思いをしました。これを機会にチャンスがあればどこでも禅定ができるイメージを創っていきたいと思います。

  2. gtskokor2017/06/21 at 9:57 PM

    不動心ですね。大事なことです。

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