7月 21 2017
救われる道
しかし、なんて逆恨みしている人が多いんでしょう。(しかも大人から子供まで満遍〔まんべん〕なくです)本当に呆れます。
昨日も多かったんですが、今日もすでにあちこちで怒っています。(マァ、この近所は特に怒っている人が多いんですがね。どこかの会社はもちろんですが)で、その起きている悪いことはみな私のせいなんですか。
自分たちは全然悪くなくてです。(マァ、どこかの会社にだけはいわれたくありませんが。あれだけ嫌がらせをしていてです。〔苦笑〕)
そんなことありえないでしょう。自分たちが全然悪くないなどです。それにもう時代が変わったのです。いい加減それを理解されてはどうでしょう。
もう上っ面だけ善人ぶっていても心が悪い人には悪いことが起きるのです。(この辺りはその上っ面もよくありませんが。仏頂面〔ぶっちょうづら〕で私に嫌がらせをしている人たちばかりですから)
「お前のせい」ではなく「助けてください」なのです。もう心の汚い人は日本中で不幸になっているからです。(異常現象はもう日本中で起きています。何でそれを見ようとしないのですか?)
私のような(奇跡が起きる)心にならないと救われないのです。
そういう心の人などこの辺りは一人としていないではないですか。そんな心の汚い人ばかりなのに(しかも行いも悪いし)何で悪いことが起きるとそれが私のせいなのでしょう。
自分たちの心と行いをもう少し自覚されてはどうでしょうか。
だいたい私が周りの人を次々に病気にして、一体何のよいことがあるのですか?
よいことどころか、もし、私がそんなことをしているのなら、どれだけ悪いことが起きるか分からないのです。
どれだけ多くの人の恨みを買うか分からないからです。
いつ後からブスッとやられるかもしれないし、バットか何かでぶん殴られるかもしれない。車でだってはねられるかもしれない。(運転手連中はみな私のことを知っていますから)
そんなことしても危ないだけで一つもいいことは起きないのです。
それなのに何でそんな危ないことをそこらじゅうで私がしないといけないのですか?しかも堂々とです。(普通に考えて分かりませんか?そんな危ないことを好んでする者はいないのです。しかも何年にも渡ってです)
そんな自ら命を縮めるようなことをやるわけがないでしょう。
その噂は単に私に罪を擦り付けているだけなのであり、まったくのデタラメなのです。
それに、そんなバカなことをしている者に鳥など寄ってくるわけがないのです。
その起きている現象が私がそんなバカなことをしていない何よりの証拠なのです。(何度もいいますが、起きてくる現象に嘘はないからです)
それなのに、そんなバカげた噂をまともに信じて散々嫌がらせをしたのは自分たちの方ではないですか。
何でそういうことをまったく反省もせず、悪いことはお前のせいと決めつけるのですか。だから悪いことが起きるのです。
自分たちの行いが間違っているからです。(自分たちの考えが足りなかったのです。自分のせいでしょう)
自分たちが悪いから自分たちに悪いことが起きているのです。その(病気になるなどの)悪いことは私のせいなのではないのです。
もう時代が変わったから、そのような(病気ばかりでなく激しい天変地変、この前の新潟や東北で起きたような大規模な火災もそうです)悪いことが次々に起きだしたのです。
心が悪い人が多いからです。
その悪い心が現象として現われる時代になったのです。(それは私に起きている鳥が寄ってくるなどの愛ある奇跡が何よりの証拠でしょう。そういう愛の心が周りに現われているのです)
この辺りの人たちは、そういうことを一切理解しようとせず、時代が変わって起きてきたことをみな私のせいにしているだけなのです。
だから、悪いことが起きたくなかったら心を直すしかないといっているのです。
それ以外ではもう救われる道はないからです。
何度も書きますが「お前のせい」ではなく「助けてください」なのです。
この法を勉強して心をきれいにする以外、他に救われる道はないからです。(他では〔他の宗教も同じなんですが〕心をきれいにしろなどといわないでしょう。だからどういう人にも災いが起きているのです。心をきれいにしていないからです。しかし、これからはもう心をきれいにしないといけないのです。その心が現れる時代となったからです)
何でそれをいつまでも認めようとしないのでしょう。こんな多死社会にまでなっているというのにです。
この辺りの人たちは、いつまでも心を変えようとしなければ近いうちに必ず災いは現われるのです。(心が汚いままの人が多いからです。それはどこでも同じでしょうが)
その災いが現われてほしくないのであれば、心を入れかえることです。そのやり方が分からないなら、私にききに来ることです。
奇跡が起きている者は私以外にないからです。(その起きている奇跡が私が正しいことをいっているという何よりの証拠です)
そうして「お前に布施するつもりは一切ない」ということでよいのですね。(どれだけいっても〔新しい人は〕一人として布施してくれませんが)このブログを読んでいる他の地域の人たちはです。(マァ、それはこの辺りの人たちも同じなんですが、この辺りの人たちはその分、恐ろしい現象が個人的に現れているようですから)
法を教えてもらうだけ教えてもらい、一切、布施をしようとしなかったなどまさに前代未聞でしょう。(そういう〔罰当たりな〕人もいるにはいますが、これだけ多いのは前代未聞でしょう。ほとんどの人が布施をしないというのですから)
ではもう何が起きても知りませんからね。この辺りはそういう危ないことがずいぶん起きているからです。
そういう危ないことが個々に起きてもいけないと思うから、何度も何度もいっているのに、一切無視です。(ずいぶん周りに危ないことがすでに起きているにもかかわらずです)
そうであるなら仕方ありません。どれだけ危ないことが周りに起き出してもそれも仕方がないとご理解ください。
自業自得であるからです。(マァ、それでもそういうことが起きてきたら私を恨むんでしょうね。〔この辺りの人たち同様です〕私がこれだけいっているにもかかわらずです)
ウナッシーさんがコメントされていたようなことが、そこらじゅうで起きてくるのです。(実際にこの辺りはもう起きているでしょうし)
だからもう少し謙虚になり、神の心を教えてくれた私に少しくらいの布施はした方がいいと何度もいっているのに、まるできこうとしません。
このブログを面白おかしく読んでそれで終わりです。
本当に恐ろしいことです。あまりに法を軽く見すぎているからです。
そんなこと(ここに書いているようなこと)が起きるわけがないと高をくくっているのですか?起きてもどうということはないですか?そんなことより仕事が大事ですか?そういう考えがどれだけ愚かなのかはいずれ分かります。
早く気づいてほしいものです。
神の存在をです。
そうして神の愛をです。
関東をはじめとしたあちこちの場所で、これだけの大雨が各地で降っているにもかかわらず水不足となっています。(大阪をはじめとしたあちこちの場所ではずいぶんな猛暑となっているようですし)
こういう起きている現象が、今ある人々の心を現しているのです。
いつまでも神の心から離れていては苦しい道しかついてきません。まさに今現在の日本の状況がそうなのです。
神の心に近づけば近づくだけ救われる道は現われてきます。
いつまで神から離れたところにいるのですか?
それでは苦しいだけなのです。
(早く私やウナッシーさんのように、神の心の近くにいることの安らかさを多くの人に知ってもらいたいものです。特にこの辺りの人たちにはそう思います。ずいぶん、心が荒れている人が多そうであるからです…私のせいですか?それは違いますね。私はただ気づきを与えただけです。それを素直に受け取らなかった自分たちが悪いのです)
追伸…しかし、日本の偉い人たちは自分の保身しか考えていないのでしょうか。
最近のテレビのニュースなど観ていてつくづくそう思います。
どれだけ大勢の人の前でも(何せ、テレビカメラの前ですから)平気で嘘をつき周りに罪を擦り付ける。もう見苦しいといったらありません。(本当に子供には見せられませんね)
それとも自分は嘘などついていないと神に誓えますか?神に誓えるのなら誓ってみてください。大勢の目の前でです。(それが出来るのなら偉い方々は嘘などついていないと信じますが…ただ、もしそれまで嘘をいっていたとなると今度は神が許しませんが)
人として神の子の人間として、少しは恥を知ってください。
そのような行いは人ばかりでなく神も観ているからです。



人目の訪問者です。

また一人近所でガンだって分かった人が出ました。肺癌で検査の結果で転移が確認されたようです。近所であり知人なのです、せめて会ったら徳のある話でもできないものかと考えています。そんな時自分の子がアルバイト先の愚痴を話してきたので徳のある話をしようと思ったのですが肝心の熟語の文句が浮かんでこず
に結局話そびれてしまいました。たとえ家族であろうと心の次元なので常に徳のある話をと思っていても、使わず仕舞いの文言っていうのは老眼が気になる頃になると色々と思い出せなくなってくることに気付き始めていましたが、積極的に徳の話を心掛けて脳も若返らせて参ります。知人に徳のある話ができるよう努めます。
そういう時は徳のある話をと意気込むのではなく、心の奥で考えるとよいのです。(つまり腹で考えるということです)
そうすると、心の奥からお子さんにとって(その人にとって)一番良い話が浮かんでくるからです。
それにしてもこの辺りは(このブログを読んでいる人たちは)その徳を減らしている人が非常に多いようです。
心を救われているのに、感謝しないようでは徳は減る一方ですね。(苦笑)