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7月 30 2017

必要不可欠な教え

10:33 AM ブログ

どうしたんでしょうね。どこかの会社はです。

昨日いきなり(社長の奥さんが)ビールを持ってきたそうです。

社長とはこの前ケンカしたばかりだし、この会社の連中が嫌がらせをやめたわけでもないし(昨日は最初は静かだったのですが、ブログを書き終わったくらいからまたうるさくし出し、結局ずいぶんうるさかったですから)それで夕方帰ってきたら、私がいない間にビールを持ってきたとのこと。

一体何がしたいのか意味が分かりません。

こういう状況で何か持ってきても、起きている現象が止まるわけでもないでしょうし、仲直りをする気もなさそうです。(昨日、私が帰ってきてもまだゴチャゴチャ嫌がらせをやっていましたから)

では、なんでビールなど持って来たのでしょうか?

昨日書いたことが当たっていたのかもしれません。(どこかの会社にはころっといく人が出ている)それで泡を食って奥さんがビールを持ってきたのかもしれませんが(この会社の連中はみな私のブログを読んでいますから)残念ではありますが、心をまったく変えようとせず、何を持ってきても(たとえそれが百万や一千万の大金であっても)その現象が止まることはありません。

起きている災いを止めたければ、やっている嫌がらせをやめて、自分たちがしてきたこと(法の流布のじゃまや嫌がらせなど)を心から反省し、私に詫びを入れない限り、その災いを止めることは出来ないのです。

では、それをするしかないでしょう。それ以外では何をしても、その災いは増えることはあっても減ることはないからです。

すべて心の問題なのです。その心を入れかえるしかないのです。

それ以外で救われる方法はないからです。(だから私にいくら賄賂〔わいろ〕を渡しても同じであるということです。〔私的にはありがたいんですが・笑〕その災いは私がしているわけではないからです。みな神が〔天が〕していることであるからです)

しかし、そのような恐ろしい現象が起きているのはもうどこかの会社だけではないようです。

昨日も私が通ると怒っている会社がいくつもありました。その怒っている会社はみな私のブログを読んでいるところばかりでした。

こういうところも案外、昨日書いたようなことが起き出しているのではないでしょうか。だからみな怒っているのです。(そのブログを読み次は自分かもしれないと思ってです…ほんと怖いです。〔恐〕)

しかし、どれだけ怒ったところで、それでその現象が収まらないことはもう自分たちが一番分かっていることでしょう。(このような人たちはもう様々な神の業を体験していますから。〔それに他からもきいているでしょうし〕)

では、どうしたらよいのですか?いい加減、学習されませんか?仕事ばかりに精を出しているのではなくです。(こういうことが起きだしてもまだ誰も合掌して神に頭を下げる気にならないというのですから、本当に凄まじい人たちばかりです。これではどれだけ罰が当たるか分からないくらいです。本当に神をなめています)

仕事をしている場合でもないでしょう。自分たちの命がかかっているのですから。(もういつころっといくか分からないんですよ。大丈夫ですか?)もう少し真剣にいま現れている神の業を考えてはどうでしょう。

少なくともその起きている災いは人の業ではないからです。(つまり私のせいではないということです)

もう悪い心のままでは悪いことが起きて来る、そういう時代になったのです。

自分の心が悪いということはみな承知していますよね。その悪い心が起きている災いの原因なのです。(しかし、自分の心がよいと思っている人がいないなどずいぶん凄まじい時代であったのですね。これまではです)

それは特別この辺りだけではなく、すでに日本中に悪いことが起きているのですから、そういう事実は分かるはずです。(つまり、日本中の人の心が悪いということです。それは私のような奇跡が起きている人が誰もいないのですから、それはそうでしょう)

そのような災いが大きく現われるか(地震や大雨のようにです)小さく現われるか(個人、個人に病気のような形にです)の違いなだけで、元はみな心が原因で起きていることなのです。

そうして、そのような災いがです。この辺りはただ小さくたくさん現われているだけであるということです。(病気のような形を取ってです)

大きな災いをこの辺りに現すことは出来ないからです。

なぜ出来ないのか?

それはもちろん法を説いている人がこの辺りにいるからであり、その法を説いている人がいる限り、この辺りにそれほど大きな災いを現すことは出来ないということです。

もしこの辺りに大きな災いを現してしまえば、その人まで巻き添えをくい法が説けなくなってしまうからです。

天は法が説けなくなるようなことは絶対にしないのです。(だから名古屋はあまり大きな災いが現われないのです。一時間に百ミリ程度の大雨は降ることはありますが〔昨日もそんな激しい雨が名東区で降ったそうですが〕大きな地震など最近は全然起きていません。それは私がいるからです)

だからこの法を勉強しないといけないと私はいっているのです。

この教えを勉強して心が変わるなら、その場所に大きな災いが起きることはなくなるのだし(もう法を勉強している人は特別扱いされますから。天からです)この教えを実践し心が(よい方に)変われば変わるだけ、今度は様々な奇跡がその人には現れてくるからです。(私やウナッシーさんのようにです)

だから、これからの時代にはこの教えは必要不可欠な教えなのであり、この教えを基準にしないともうどんな悪いことが起きるか分からない、そういう(心の)時代にすでになっているのです。

そういう時代になっているにもかかわらず、いつまでも、その心を無視して表面上を取り繕っているだけで、生活しているから悪いことが起きてくるのであり、だから大小の災いが日本中で起きているのです。

心を直さなければいけない時代にすでに入っているのに、その心を直そうとする人がほとんどいないからです。

その心を直すのに、一番よい基準となるのがこの教え(正法神理)であるということです。

実際に、ここに書いている不幸なことが次々に起きています。そうして、この教えを実践する人には次々に奇跡も起きているのです。

奇跡を起こし、不幸なことを起したくないのであれば、この教えを実践することです。

それ以外で救われる道はもうないからです。

やる、やらないではなく、もうやるしかない。これからの時代、この教えは必要不可欠なものであるのです。

追伸…水泳の世界選手権は日本勢は今一のようですね。(リオオリンピックがなつかしいです)

今回は(リオの時と比べ)あまり神が日本の選手に味方していないからです。(神がそっぽを向くような態度をリオオリンピックの後、日本の選手たちが取ったからです)

だから私はいっているのです。今度のオリンピック(東京)はダメですよとです。

2コメント

2 コメント to “必要不可欠な教え”

  1. ウナっしー2017/07/30 at 12:57 PM

    今は心の乱れにより混迷の世となっています。まさに乱世ではないのでしょうか、時代の乱世と言えば織田信長より始まった泰平の世の構築であると思います。その流れは信長、豊臣秀吉の死から徳川家康が2代将軍秀忠に将軍職を継ぎし頃までの戦の時代であったのです。多くの命の犠牲の上にそれまでとは違った泰平の世がきたのでした。今にして見ればこの時代は勇猛果敢な武将達が御身を持って、いざと突き進む姿は時代を変えようとするエネルギーに溢れその言動には心が動かされます。しかしそれは時代の背景がありその時において成さねばならぬ使命であったように思えます。今の世は全く違う背景であり各々が役目はあるものの従って成すべきことも変わってくるのであると思います。自分についていえば、何も名声もないし地位もないしそこにきて大きな事をやっている分けでもない。しかし、しっかりと心の構築に努めていることに気がつきました。先のコメントにも書きましたが歴史を振り返るのは大事だと思いますが何を成すべきかは、今の世の中で常日頃何を思うかということにあるのであり、神に感謝し反省を行い実践することが今の時代に成すべきことであり真の泰平の世を創ることに他ならないと思います。是非とも縁のある方々に理解して頂き泰平の世に夢をみたいと思います。

  2. gtskokor2017/07/30 at 8:24 PM

    頑張ってください。法のすばらしさを体現していきましょう。

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