8月 10 2017
衝撃の事実
昨日衝撃の事実が分かりました。
その事実を知って本当に驚きましたね。人のいい私には理解できないことであったからです。(自分でいうのもなんですけどね。しかし、今日のブログの内容を知るなら私の人のよさは分かると思います…というか、周りの人たちのあまりの異常さが分かると思います)
ここ二日、三日前から私はこの辺りであることをいい回っていたのです。その時のことです。
その衝撃の事実が分かったのはです。
その衝撃の事実とは……その前に順をおってこれまでのことを書いていきましょう。
私がここ二、三日この辺りでいい回っていたこととは「このブログをただで見ている人たちがコロコロいきだした」ということでした。
別に嘘ではありません。そういうことが頻繁に起きだしてきたから(ネェ、どこかの会社の皆さん…今日も朝から大変そうです。もう起きている状況を言葉にすることが出来ません。あまりに怒ったり引いたり情緒不安定さがひどくてです)そういう話をあちこちでいい回ったのです。
この辺りで、私のブログを読んでいる人たちが、皆あの世に行って誰からもブログ代がもらえなくなっても困るからです。(ほんと、それでは私が困ります)
それで辻説法がてらそういう話もしていたのですが、何か変なのです。
道行く人たちが私の辻説法にはあまり反応しないのに(もうしすぎましたかね)「このブログをただで見ている人たちがコロコロ…」という話には妙に反応するのです。
向こうの家に向かって話していたのに、私の横を通って行く人が、その「ただでブログを見ている人がコロコロいきだした」という話をすると、急にこちらを驚いたように見たり、自転車で通っていった爺ちゃんが、その部分をきいたとたん驚いた顔で振り返り自転車から降りて、こちらをジッと見ていたりと何か様子が変なのです。
「何か変だな」と思ったので、途中からその話ばかりしだしたのです。
「オイオイ、俺のブログをただで見ている奴がコロコロいきだしたぞ」みたいなことを、そこらじゅうでいい回ったのです。
そうしたらです。驚いたことに、あちこちで歩いている人や自転車に乗っている人が皆「えっ」とか、ビクッとか反応するではありませんか。
何でこんなに周りの人たちが反応するのか、最初は不思議だったんですが、何のことはない、この人たちはみな私のブログを読んでいるようなのです。
それで、私がいったことに驚いたのです。その人たちは、私のブログを「ただ」で読んでいる人たちばかりであったからです。
「オイオイ、こんなに多くの人が俺のブログを読んでいるのか」と声をかけると、ほとんどの人が向こうを向くか、下を向くかしています。
そういう人が行く道、行く道、たくさんいます。
それどころか、私がそういう話をしていたら、あちこちから爺ちゃん婆ちゃんが、私の歩いている道に出てくるではありませんか。(中には不安そうな顔をしている人もいましたし、怒っている人もいました)
本当に多くの人がこのブログを読んでいるんだな、とその時、呆れました。
なぜ呆れたのか?
私はこれまでその辺りはどれだけ歩いたか分かりません。(高畑の辺りだったんですが)しかし、嫌がらせはたくさんされましたが、誰一人、私にお礼をいった人はいなかったからです。
「何だあんたら、俺のブログを読んで心を救われたり、知らないことを知ったりしたのに少しも感謝しなかったのか。俺はこの辺りを歩いていて嫌がらせはされたことはあっても、お礼をいわれたことなど一度もなかったからな」
というと、皆が皆いやらしそうな顔をします。
よく考えてみればです。多くの人が私の顔を知っているということは、多くの人が私のホームページを見ているということになります。(ホームページの写真を見なければ私の顔は分かりませんから)
多くの人がホームページを見ているのなら、その中のブログを見ている人も多いでしょう。(私のホームページを見た全員がブログを読むわけではないのでしょうが)
では、私の顔を知っている人がこれだけ多いということは、私のブログを読んでいる人もそれなりに多いということになり、そうであるなら私のブログを読んだ人たちは程度の差こそあれ、私に心が救われているということになります。
それなのに、この私の顔を知っている人たちは(私のブログを読んでいる人たちは)誰一人、私に感謝しなかったというのです。(少しもです。先ほども書きましたが、この辺りで私に嫌がらせをしてくる人は数多くいましたが、お礼をいってきた人は一人もいなかったからです)
私は半ば呆れて「あんたら俺のブログをずっと読んでいたくせに、少しも感謝せずに嫌がらせばかりしていたのか」と周りの人たちに確認すると、みな顔を引きつらせたり、下を向いたりしています。(中には脱兎〔だっと〕のごとく逃げ出したオバちゃんもいました。それには笑いましたが)
「自分たちはそういう態度を取り続けていて、それでサイレンなどの悪いことはみな俺のせいなのか」と続けてきくと、皆が皆、顔を引きつらせ足早に歩いていきます。
どうりでこの辺り病人が多かったはずです。これだけの悪いことを、これだけ多くの人が平気でしているからです。(この辺りの人たちは、私に散々心が救われているくせに〔それは現在進行形です〕それには一切感謝せず、悪いことをみな私のせいにして嫌がらせを何年にも渡って続けているというのですから、これだけ悪いこともありません)
こんな悪いことを続けていたら、罰が当たらない方がおかしいのです。
これでは病気などの悪いことが起きない方が逆におかしいでしょう。ある意味この辺りの人たちは悪いことが起きて当たり前なのです。
それだけの悪い原因を自分たちでつくり続けているからです。
「あんたらそんなことをしていて悪いとも思わなかったのか。そういう自分たちの行いが病気を呼んでいると思わなかったのか」と続けてきいても誰も答える人はいません。
皆、逃げるように歩いていきます。
その後、そういう話をあちこちでしましたが、みな同じような態度でした。
本当に衝撃の事実を知りました。
この辺りの人たちの多くが、私にいろいろなことを教えられ(神や心のことをです)そうして心まで救われているというのに、そのことには少しも感謝せず、この辺りで起きてくる悪いことを全部私のせいにして、嫌がらせをし続けているのです。
これだけ筋の通らないことを、これだけ多くの人が(もうそういう人がどれだけいるか分かりません。東海三県の多くの人が私のことを知っているからです)一人の者に対し何年にも渡り、続けていたというのです。
これだけ衝撃的な事実もないでしょう。
ちょっと言葉も出てこないのですが、こういう人たちは自分たちの行いを少しも悪いと思わないのでしょうか?
だとしたら、よほど血も涙もない人たちがこの辺り(東海三県)には固まっているのでしょう。
よそから見たら、とてもまともな人たちとは思えないはずであるからです。(そう思いませんか?他の地域の人たちはです)
もう少し人としての常識を持たれてはどうでしょう。(あなたたちはそれでも神の子の人間ですか?とても人とは思えない行いをし続けているのですよ)
そうしないと必ず不幸になるからです。
この辺りでこれだけ多くの不幸が起きているのは、不幸なことが起きる原因をそれだけ多くの人がつくっているからです。
人のことをあれこれいうより、まず自分たちの行いをよく振り返られてはどうでしょう。
そのような不幸になる原因は必ず自分にあるからです。
その不幸になる原因を自分で知って、自分でその原因を取り除かない限り、その不幸はなくなりません。
では、それをされてはどうですか?それ以外で幸せになる道はないからです。
(特にこの辺りの人たちはです。人の道から外れた行いをし続けているからです。神の道を実践されませんか。〔それはもちろん愛ある行いです〕それ以外であなたたちが救われる道はないからです)



人目の訪問者です。
