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8月 19 2017

因果応報

11:33 AM ブログ

昨日は東海地方のあちこちで激しいゲリラ豪雨となりました。(愛知県や岐阜県などで川の氾濫や土砂崩れが相次ぎ、冠水被害もずいぶん出たようです。相当な局地的大雨であったようです)

私は昨日、庄内川に行っていたのですが、ついたとたんに凄い雨になり、仕方がないので一号線にかかる一色大橋の下で雨がやむのを待っていましたが、三十分くらいは凄い降り方でしたね。

昨日は庄内川の水位が異様に高く(あれだけ水位が高かったのは初めてですね。岸まで水が来ていましから。岐阜県で雨がたくさん降ったのでその影響ではないかと思われます)そのうえ激しい雨です。少々ビビりましたね。

こういう時に遭難するんだろうなと思ってです。(苦笑)

しかし、それほどの凄い雨にもかかわらずです。気がつくと何か動くものがあちこちにいます。「んっ」と思ったらそれは全部カニでした。(全部で十匹くらいいましたかね)

「お前らこんな天気なのに出てきたのか」と少々驚きました。

何で私が来ているのが分かったのか(それとも元々そこにいたのか)よく分かりませんが、どちらにしても可愛いものです。

凄い天気の時でも無表情な顔をして平気で寄ってくるからです。

そのようなカニたちが寄って来たのでこちらも元気つけられましたが、しかし、目の前は凄い水量の川で周りは激しい雨です。

まったくなんて天気だと呆れましたね。

だからといって、別に天気に呆れたわけではありませんが。こういう天気を何度も現している、このブログを読んでいる人たちに呆れていたのです。

意地でも布施など出来るかということでしょうか。誰一人布施しようとしないのですから、呆れるのを通り越してもう恐れ入ってしまいますね。(苦笑)

このブログを見ている人は誰も心が救われたことを恩とも思わないのでしょうか?

昨日東海地方が激しい雨になったのも、それだけこの地方にはこのブログを読んでいる人が多いからではないでしょうか。(この辺りだけでもずいぶん多くの人が読んでいます。東海地方の多くの人が私のことを知っているのです。では、このブログを読んでいる人も〔読んだことがある人も〕東海地方には多いでしょう)

そういう人たちが無視を決め込んでいる、これ以上、天に対する不遜な行為もありません。

だから昨日の東海地方は、あのような天気になったのではないかと思われますが、これ以上、天を怒らせない方がいいのではないでしょうか、というのも一昨日のことです。

その日ブログに、どこかの会社の連中を「ずいぶんやけくそでキレている」と書いたのですが、実際そうでした。

ブログを書いていると凄い怒りようなのです。ドンドンガンガン、あまりにうるさかったのでこちらまでキレたくらいです。

それほどうるさかったので、ブログを書き終えるとさっさと違う部屋に行って昼飯を食べていました。すると、昼にも何か起きたようでまた騒いでいるようでした。

その前の日くらいから(だから盆休み明けの十六日の水曜日くらいから)何かこの連中(いつも以上に)様子がおかしいのです。

何か社内で起きっぱなしのようで(次から次に何か起きているようで)ずっと騒がしいのです。

それが何かよく分からなかったんですが、一昨日ブログを書いた昼からのことです。あることが心に浮かんできました。(ゾッとするようなことでしたが)

それでその日、家を出て行く時に前の会社に向かってそのことを確認したのです。

「ちょっと確認するけど、便所に行く奴が次から次に血尿が出ているんだな。それで間違いないな」とです。(そういう思いが上がってきたものですから)

そうしたら一変で引いていました。

どうもその通りのことが起きているようでした。その前日から、そういう恐ろしい現象が次々に現れていたようで、それで社内が騒がしく、この会社の連中がやたらキレていたのです。(あまりに恐ろしい現象が次々に現れたからパニくっているのでしょう)

そうして、その現象は今もって続き(昨日も起きていたようですし、今日もすでに起きています)もうどうしようもないような状況のようです。(怒りながら引いています。先ほどそのことを確認したら〔いった通りのことが起きているのかとです〕やはり間違いないようでした。確実にそのような恐ろしい現象は起きています)

どうも凄まじい現象が起きだしたようです。さすがのどこかの会社も真っ青のようです。(ほんと大丈夫なんでしょうか。そんな状況でまだ嫌がらせなどしていてです)

しかも、そのような現象は(どこかの会社だけではなく)この周りのあちこちで起きているようなのです。(どうもそんな感じですね。この近所は)

しかし、そういう恐ろしい現象を私のせいにしてキレられてもです。それは私のせいではありません。どう考えても自分たちのせいでしょう。(ずいぶん天も怒らせているのだし)

よく自分たちの行いを考えてみて下さい。

この辺りの多くの人が、私のブログを読んでいて、私に神や心のことを散々教えてもらい、心まで救われていたにもかかわらず、そのことには少しも感謝せず、その私に嫌がらせをし続けているのです。

そうして、そのような(恩を仇で返す)行いを続けていたために起きだした、サイレンや悪いことまで全部、私のせいにして、私を怒り憎んで、もっとひどい嫌がらせをし続けているというのです。

しかも、そういうことをしていたのは一人や二人ではありません。多くの人が、そのような悪い行いを何年にも渡り私にし続けていたというのですから、あまりといえばあまりの行いでしょう。

これだけ悪いことを多くの人が何年にも渡りしていれば、そういう人たちにそれなりの恐ろしい現象は現れてくるのです。

その悪いことを自分がしている自覚がある、ないにかかわらず、自分のしている行いは必ず自分自身に返って来るからです。

因果応報です。

そういう(恐ろしい)ことが起きている人は自分の行いをよく考えてみることです。自分が気づいていないだけで、ずいぶんひどいことをしている人が多いと思うからです。

私が人を病気にしているわけではないのです。

自分の行いが自分に返ってきているだけなのです。

私のこと一つ取ってもそうでしょう。ほとんどの人が私に対する態度はみな悪くないと(間違っていないと)思っていたのです。

しかし、私に問い詰められると(人のブログを見ていて散々心が救われたくせに、感謝一つせず、嫌がらせをしていたのか)顔を青くして下を向く人がほとんどなのです。

ほとんどの人が自分の悪いことにまるで気づいていなかったのです。私にそういわれて初めて自分が悪いことに気づく人が多いのです。

では、普段の行いなど考えたら(自分が気づいていないだけで)どれだけ悪いことをしているのか分からないくらいです。

そういうしている行いが自分に返って来ているだけなのです。

だからこの辺りの人に悪いことが多く起きているのなら、それは、それだけ悪いことをしている人が多いからでしょう。

もし、どこかの会社で起きているようなことがこの辺りに次々に起きているのなら、その意味はお分かりでしょうか。

なぜ、自分たちは次々に癌になっているのか、という意味がです。

癌の末期は薬では痛みが取れないそうです。癌になって死ぬ時は、痛みが死ぬ間際まで続くそうですが、つまり癌になれば最後は苦しんで死ななければいけないということです。

そういう苦しみの順序をもらうということは、それだけ人を苦しめているということなのです。

つまり、この辺りで癌になる人が多いのは、それだけ私に嫌がらせをしている人が多いからです。

そのような行いが自分自身を癌にしているのです。

私は多くの人から嫌がらせを受け苦しんでいるからです。

その苦しみも考えず、平気で私に嫌がらせをして来る、だから、そのような人は私と同じ苦しみを味あわなければいけなくなるのです。

それも因果応報なのです。

「何で嫌がらせしたくらいで…」と多くの人は軽く考えているのでしょうが、私に嫌がらせをするということはです。

恩を仇で返しているということであり、それでは自分に返ってくるお返しも(苦しみも)当然倍になります。

嫌がらせで私に与えた苦しみプラス心を救われた恩を仇で返した分。それに私は多くの人から嫌がらせを受け、その人が思っている以上に苦しんでいます。

そのような諸々のお返しが一変に私に嫌がらせしている人に返るのです。

そのお返しは、自分が考えているような(たかが嫌がらせしただけという)軽いものではないのです。

だから、私に嫌がらせをしている人に癌になる人が多いのです。

その人が理解していないだけで、私に対する嫌がらせは必要以上に悪いことであるからです。

まして、どこかの会社の連中など、その嫌がらせが激しいばかりでなく、私に嫌がらせをするためにどれだけ大きい音を立てているのか分からないくらいなのです。(下手すれば、町中に響くくらいのでかい音を立てますから)

ということは、どれだけ多くの人に苦しみを与えているのか分からないということになります。

では、必然的にそのお返しも大きなものとなります。している悪が大きいからです。

いま起きている現象は(トイレに行くたびに次々に血尿が出る)その(私だけではなく)多くの人に与えている苦しみが自分たちに返ってきているだけなのです。

だから、そのことをよく反省し、よいことを行わない限り、その現象は止まらないということです。(それがよく分からなければ私にききに来た方がいいでしょう。私が祈らない限り、その現象を〔とりあえずでも〕止める手立てはないからです)

これは何も、どこかの会社だけではありません。このブログを見ている人たち全員にいえることなのです。

私は何度もいっています。このような激しい天気になっているのはこのブログを読んでいる人たちのせいであるとです。

では、このような天気になって苦しみを与えられている人は、一体どれくらいいるのかお分かりなのでしょうか?

例えば、この一ヶ月だけでもそうです。

激しいゲリラ豪雨が何度も起こり、川の氾濫や土砂崩れが相次いで、冠水被害は数知れず、そうしてあの超スロー台風の五号のせいでどれだけ大きな被害が出たのか分からないくらいで、その後もしっかり晴れることなく、日照不足などで農家や消費者から悲鳴が上がっています。

そういう多くの人に苦しみを与えているのは、まぎれもなくこのブログを読んでいる人たちなのです。

それは、どれだけとぼけようが、知らん顔をしようが、事実は事実なのです。(それが間違っていないということは、私に起きている奇跡が証明しています。私は間違ったことを書いていないから奇跡が起き続けているのです)

だから、どこかで必ずこのお返しはあるということです。このブログを読んでいる人たちにです。(すでにお返しを食らっている人もいるようですし)

つまり今のままでは、このブログを読んでいる人は誰も幸せになれないということです。それだけの不義理を天に向かってしているからです。

心を救われているのに何の報恩の行為をしないではこれほどの不義理はありません。

そうして、そのような態度を長年続けたばかりに、これだけ天を(神を)怒らせ、これだけの多くの人に苦しみを与えているのです。

それはごまかしようがない事実なのであり、だから私はいっているのです。布施してくださいとです。

何度もいいますが、これは私のためではないのです。私に対する布施は自分たちが(このブログを読んでいる人たちが)している天に対しての不義理を反省する行為でもあり、その布施でこの教えが大きく拡がっていくのであれば、それだけ救われる人も増えてくるということで、自分の徳にもなります。

それに、そのような善の行為は必ず自分に返ってきます。

これまでの反省も出来、徳にもなり、そうしてよいことも自分に返ってくる、これ以上のよい行いもありません。

だから、それを行わなければいけないと私は何度もいっているのです。

それ以外では、これほどの罪を償う方法もないからです。

そうして、もし、このまま布施を無視する態度を続けるのであれば、必ず、そのつけは自分自身に返ってきます。

その罪は、自分が考えている以上に大きなものであると自覚しないといけないのです。

そんなバカな、と思っている人は必ず後で大きな苦しみを味わうことになるのです。それだけの苦しみをこのブログを見ている多くの人はすでに(多くの人たちに)与えているからです。

どちらにしても、そのような行い(反省の行為)をしない限りすでに自分たちが負った罪は(そういう自覚がある、ないは別にしてです)消えることはありません。

すでに、そのよな恐ろしい現象が(恐ろしいお返しが)激しく現われ出している人もいます。

このブログを見ている人たちは、いい加減、理解してください。自分たちがしている罪の大きさをです。

それを理解し反省の行為を行わない限り、天気がよくなることも、恐ろしい現象が止まることもないのです。

このブログを読んでいる人たちの(神に対する)自覚を促すほかありません。それ以外で、起きている恐ろしい現象を止める手立てはないからです。

2コメント

2 コメント to “因果応報”

  1. ウナっしー2017/08/20 at 10:01 AM

    どうやら異常なのは天地だけではないようですね。北海道の方ではバスの事故がありました。この運転手は20年のベテランなのですが「前を見ていなかった」と考えられないコメントなのでした。第三者としては、個人のドライブではないのですし生業としている者の、ましてや熟練者として誠に遺憾なものと思います。また先日の高校野球大阪桐蔭がサヨナラ負けしましたが遊ゴロに打ち取ったはずが一塁手ベース踏み損ねからのサヨナラでした。走者がベース前にいた時はベースを踏んでいたのですがヘッドスイングをしたとき、どうも一塁手が慎重になりベースを再度踏もうとして外したようですね。両者とも魔が差したというか普段なら起きないようなミスが大事なところで出てしまう等、よく見ていれば異常事態は更に色々な分野にも形を変えて拡がりを見せているように思えます。

  2. gtskokor2017/08/20 at 11:19 AM

    そうですね。私の周りなど異常だらけです。(苦笑)

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