9月 14 2017
自分たちの大きな使命
宮古島では五十年に一度の大雨になっているようですね。
しかし、何でこれだけ悪いことが続いているのにひたすら無視を決め込むのでしょう。(本当に意味が分かりません。ドンドン悪いことが起きているというのにです。皆このブログを読んでいる人たちのせいなんですが…心が痛みませんか?)
台風十八号は今週末の三連休に列島直撃のコースを取るようですね。
コースも悪いが時期も悪い。この時期の三連休など一番人出がある時でもあり、観光業界なども大打撃です。(おまけに関東、東北など今年の夏は例の長雨で〔これも皆さん方のせいなんですが〕ただでさえ観光業界は悲鳴を上げているのです。こんなことばかり続いていては景気がよくなるわけがありません。ということは、景気がよくならないのも皆さん方のせいということになります)
何から何までよい方にいかない、まさに多くの人が神に逆らっている典型の現象が現れていますが(正確にいうなら現われ続けていますが)このようなことが起こるのも、いつまでもこのブログを見ている人たちが、自分たちの大きな使命に気づかないからです。
本物の神に逆らっていてよいことが起きてくるわけがないでしょう。まだ、分かりませんか。ここに書かれていることが本当の神の教えであるとです。(だからこれほど悪い現象が続けざまに起きてくるのです。これが偽の教えであるなら、よいことも悪いことも両方起きてくるのでしょうが〔偽の教えなど大勢に影響はありませんから〕本当の神の教えに逆らっていては絶対によいことは起きません。〔それは本物の神に逆らっていることと同じですから〕そういう意味ではこのブログを読んでいる人たちはアンラッキーでした。本物の神に出会ってしまったからです)
多くの人たちが(しかも神からずいぶん遠い人たちが)このブログを読むことにより、本物の神の存在が分かったのです。そうして(本当の)神の心も分かり、その神が現す業まで理解できたのです。
このブログを通し、そのような本当の神の存在、神の心、神の業、それらのことごとくを教えてもらっていながら、このブログを読んでいる人たちは感謝一つしないのです。
それではどう転(ころ)んでもよい事は起きないでしょう。
この数年の数々の激しい天変地変や異常現象のそのほとんどの原因は、このブログを見ている人たちが神に逆らい続けていたせいなのです。
それは大げさな言い方でも嘘でも何でもありません。事実なのです。
いいですか。このブログを読んでいる人たちは本物の神と出会うことが出来たのです。これがどれほど重要なことなのかお分かりでしょうか?
これまでのこの日本に生まれた人たちは、石や木に刻んだ仏像を(ただの石や木を)神だと思い込んでいたのです。またはペーパーの紙を(そのような紙に書かれた菩薩や如来を)神だと思い込み、それを一生懸命拝み、それで救われたと思っていたのです。
あるいは仏壇やお墓に行き、お経など上げることが本当の信仰であると思い込み、それで満足していたのです。
しかし、そのようなことはまったく意味がないと教えたのは私ではないですか。そうして、このようにすれば本当に救われるのであると、奇跡が起きるのであると教え、その通りのことを行ったのも私ではないですか。(それは災いの方も同じですが)
そのような多くの奇跡と災いを現し、神の心とはこのようなものであると、そうして神の業とはこのようなものであると、事細かに教えたのは私なのです。
それにもかかわらず、そのような(神に対して知らなかった)ことを散々教えられ、これまで体験したことがないことまで体験した人たちが、少しも感謝せず、嫌がらせまでする人がいるとは一体どういうことなのでしょう。
これだけ神にかかわる体験が出来る人たちなど世界のどこを探してもいないというのにです。
それがどれだけ稀有で貴重なことなのかお分かりでしょうか。
世界には皆さん以上に神を思い、神を深く愛している人たちがたくさんいるのです。
しかし、そのような人たちでも、これほど神にかかわることを教えられ、神の業を体験することなど出来ないのです。
その深く神を愛している人たちでさえ知ることが出来ない神の心を知り、神とかかわる体験をこのブログを見ている多くの人たちはしているのです。
では、これだけ稀有で貴重な体験もないということになります。
その世界で誰も体験することが出来ない、稀有で貴重な体験をさせてもらっているこのブログを見ている多くの人たちが、そのことに対してまったく感謝せず布施の一つも出来ないというのですから、それではあまりに神に対しても、私に対しても失礼なのではないでしょうか。
世界には多くの布施をしても、これほどの体験が出来ない人たちがごまんといるのにです。(それだけありがたい体験をさせてもらっているのに、そのような人たちの気持ちなどまるで考えず、不遜な態度を平気で取っている、このブログを読んでいる人たちの罰当たりな態度には本当に呆れます)
そうして、そのような態度ばかりでなく(これからが特に重要なのですが)それだけのことを教えられ体験させられていて、どうして、自分は関係ないなどといえるのですか。
神のことなど知らないなどいえるのでしょう。
これほどの体験をしている人たちなど、世界のどこを探してもいないというのにです。
お分かりですか?その重要な意味がです。
これほどの神とかかわる体験をしている人たちは世界のどこを探してもいないのですよ。
では、そのような体験をした人たちは(皆)必然的にその神にかかわる体験を世にのべ伝えないといけないのではないですか。
世に心から神を思う人はそれこそたくさんいるからです。(正確には、全世界のすべての人が神のことを思っています)
だから私はいっているのです。このブログを前から読んでいる人たちには大きな使命があると、だから法の流布に協力しないといけないと、それほどの稀有で貴重な体験を、このブログを見ている多くの人たちはすでにしているからです。
では、必然的に大きな使命は現われてきます。(その稀有で貴重な体験を多くの人にのべ伝える)
だから「その使命を果たしてください」と私はいっているだけなのです。
それを果たそうとしない人があまりに多いから、天はこれほどの現象を(災いを)次々に現しているのです。
それだけ神の心に逆らう行いもないからです。(それはそうでしょう。神がそれだけの体験を現しているのに、それに対し知らん顔をしているなどという態度は、これだけ神を冒涜している態度もないからです)
このブログを何年も前から読んでいる人たちはすでに大きな使命がそなわっているのです。それに自分が気づいていないだけなのです。
それなのに、今さら自分は知らないなど、関係ないなどいったところで、それは神の前では何の言い訳にもならないのです。
『では、何でお前は今までこのブログを読み続けていたのだ』
と、いわれるだけであるからです。
それだけ長くこのブログを読んでいながら、今さら自分は関係ないなどといえるわけもなく(どれだけこの〔本物の〕神の存在を知ることを待っている人が世界にいると思いますか?)またそういう態度を取り続けている人たちが多いから、神は(天は)これほどの(ひどい)現象を次々に現しているのです。
それだけ無責任で神を冒涜する態度もないからです。(何度もいいますが、世界中の人が〔心の中では〕この教えを待っているのです)
自分の大きな使命に早く気づいてください。これだけの神に対する知識と神にかかわる体験をしている人たちは、このブログを読んでいる人たち以外にはいないからです。
その人たちが、自分の使命を果たさない限り、日本も世界も救われていくことはないのです。
やるか、やらないか、ではなくやるしかないのです。もうそのようなところに自分は来ているということを、このブログを見ている人たちは早く自覚すべきなのです。
(そういう自覚をまるで持とうとしないから、そうい人たちには次々に災いが起きているのです。その自覚がない人が多ければ多いほど災いは大きくなります。〔だからいま現在、大きな災いばかり起きているのですが〕皆さん方は本物の神に出会ったのです。その本物の神に出会っていながら今さら知らないですむはずがありません。〔もう腹を決めてください〕これ以上、神を怒らせてはならないのです。その神の怒りを〔災いを〕収めるには、このブログを読んでいる人たちが早く自分の大きな使命に気づき、それを行うしかないのです)



人目の訪問者です。

あまり聞かない変わったニュースがありました。神奈川の中学校で給食を導入したところ、ご飯やおかず半分以上食べ残される異常事態が続いているのだそうです。それで生徒に理由を聞いたところ「味や見た目が悪い」との事でした。その事を記事では¨致命的な欠陥¨と書いてありました。保護者からは、こんなに食べ残すなら給食をやめれば良いとの声まで出ているようです。アレルギー体質の子供さんは持参の弁当を許可しているので他の生徒にも広げる検討もしているのだそうです。私が思うに先ず、味や見た目が悪いのは致命的なことか疑問に思うところです。献立はカロリーや栄養バランスを考えられているとの事で健康には良いし、家庭で偏りがちな食事にも良い影響であると思うのです。それを食べ残しを、味のせい見た目のせいにして食べ残しはいかんとしている。結局、親は給食費を払っているのに食べ残しを出させるのは学校や行政は何事だと言わんばかりに、お金の損得を意識しているようにしか見えません。給食を通して食育をして感謝の心を養うことが忘れさられている現状とでも言いましょうか。飽食の時代に起きているまさにご時世のニュースだと思いました。
本当に異常なご時世ですね。(甘やかしと贅沢の極みです)そのようなご時世だから、これだけ異常なことが起きているのです。(大人から子供まで、神のかの字も、感謝のかの字も思わないようであるからです)