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6月 10 2009

預言者モーゼ

4:45 PM ブログ

私は前回、闘争心丸出しの心では奇跡は起きない、と書きましたが、聖書を読みますと
特に旧約聖書のほうなど、神に逆らった人たちがずいぶん殺されています。
旧約聖書の中で、モーゼの大奇跡で有名な偉大な預言者モーゼでさえ、多くの国々の
人を殺して、カナンの地に進んだことになっています。旧約聖書の中には、ほかにも何
人かの預言者が登場しますが、モーゼはその中でも、一番の人物といっても過言では
ないでしょう。それほどの人物が多くの人を殺したのでしょうか?

モーゼは主ヤハウェーに命ぜられ、エジプトの六十万の民とともに、カナンの地をめざし
ます。その時エジプトの王から、六十万の民を去らせるため十の奇跡を起こします。その
十の奇跡を始まりとして、モーゼは数々の奇跡を起こし、民を導いていきます。四十年
の歳月をかけて、モーゼは六十万の民をカナンの地まで導いていくのですが、そのカナン
に行くには途中、多くの国を通らなければなりません。その多くの国々を通る時、モーゼに
逆らった国や、モーゼの一行を通そうとしなかった国の人々を、モーゼは戦って殺します。

戦国時代の武将というのなら、逆らった国の人々を殺しながら進んだ、というのも分かりま
すが、偉大な預言者であるモーゼが、このようなことをしたのでしょうか?

事実は違います。
偉大な預言者モーゼは一人の人も殺していません。ヤハウェーは怒りの神と聖書には書
いてありますが、ヤハウェーは人を一人殺すも百人殺すも同じこと、といわれていました。
モーゼはヤハウェーから偉大な力を与えられていました。天変地変さえも起こせる力を与
えられていたのです。それはあの海を真っ二つに割った大奇跡でも証明されています。
モーゼは、なぜカナンの地に行くまで四十年もかかったのでしょう。実際のカナンの地は
六十万の民を連れているとはいえ、数年で行ける距離にありました。それが四十年もかか
ったのはなぜでしょう。

それは、モーゼはカナンの地にいくまでの土地に住む先住民族に、時間をかけながら神の
教えを説き、奇跡を起こし、調和しながら進まれたからです。
凶作の地方には雨を降らせてその地を豊作にし、多くの人々の衣食住を安定させ、わかり
やすく神の教えを伝えました。先住民の中には先祖からの教えをかたくなに守り、モーゼの
教えに耳を貸さない者もいました、しかしモーゼは、そのような者にも辛抱強く教え続け、そ
の者が理解するまで、その地にとどまったのです。モーゼの教えを聞かないからと、力づく
で従わせるようなことなど、モーゼはけっしてしていません。であるからこそ主ヤハウェーは
モーゼに偉大な力を与えられたのです。もしモーゼが多くの人を殺していたとしたら、それ
は神の使いなどではなく、悪魔の使いになってしまいます。ヤハウェーは人を殺せなどという
指示など、けっしてだしていません。

聖書は人から人へと言い伝えのように伝えられていったもので、話がところどころかわってし
まっています。特にモーゼの時代の出来事は、モーゼが亡くなって数百年後にやっと文字と
して遺されたもので、話がかわってしまった部分が多いのです。聖書に文句をつけるわけで
はありませんが、旧約聖書の中のモーゼと私がここに書いたモーゼと、どちらが預言者モー
ゼとしてふさわしいかは、読まれる人の判断にお任せします。

モーゼは、このような偉大な聖者であったからこそ、三千年も前から偉大な預言者として、
名を遺しているのです。
聖書学者などがモーゼの大奇跡を、これは比喩的に記して、大衆に分かりやすく伝えた
ものだ、などと奇跡を信じていない人もいますが、ご自分がそのようなことを、まったくでき
ないからと、否定してしまうのもどうかと思います。奇跡の部分がフィクションなら、なぜ数
千年も聖書が語り継がれているのでしょう。奇跡を起こせない人が、奇跡を否定する根拠
はどこからでてくるのでしょう。狭量な考えは捨て視野を広げたならば、奇跡が起きてくる
やもしれません。

モーゼの大奇跡は実際に行われました。それはモーゼが愛と慈悲の塊の人物であった
からです。しかし、奇跡というものは何もモーゼの専売特許ではありません。
誰でも奇跡は起こせるのです。ただし、愛と慈悲の心を持ち調和した世界を築くならば、
という条件がつきますが。




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