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10月 03 2017

神の名の下に

10:46 AM ブログ

もう朝から凄まじい騒ぎようです。(もちろんどこかのバカ会社ですが)

あまりにうるさくて(こちらもそのやかましい連中を祈ったりしていたものですから)冗談抜きで今日は何を書こうか忘れてしまいました。(苦笑)

しかし、この連中、よくこれだけ悪いことを全部人のせいに出来るものです。(これだけ朝からでかい音を立てて周りじゅうに迷惑をかけているくせにです。善因善果、悪因悪果という法則をまるで無視です)

急にまた静かになったものですから、ブログを書き始めましたが、本当に情緒不安定丸出しです。

そこらを歩いていると似たような怒り方をしている人(会社)がよくありますが、そういう人たちにも同じことをいいたいです。

善因善果、悪因悪果という法則をまるで無視ですか、とです。

何で自分たちに起きている悪いことをみな私のせいにしているのでしょう。(ほんと不思議ですね。顔も見たことがない、祈ったこともない人たちまで、私の顔を見て烈火のごとく怒っているのですから)自分たちに起きていることは自分たちの責任であり、私の責任ではありません。(じゃあ、よい事が起きても、それを私のせいにしてくれるのでしょうか?それは私のせいとは思わないんですよね。誰も私に感謝などしないんですから。本当に勝手なものです)

責任転嫁をしている間は、その起きている悪いことは止まることはないのです。自分の心と行いをよく反省し、自分の心と行いを正す以外、その起きている悪いことを止める方法はないのです。

その災いは自分たちの心と行いが、自分たちに返ってきているだけであるからです。(それだけこの辺りは恩を仇で返している人が多いということですよ。私に)

これだけ多くの人の恨みを買うくらい、この辺りは神の業である天罰がたくさん現われているのですが、しかし、これが正しいやり方であるのです。

神の教えを伝える時のです。(すべて神の力で行う)

昨日ラスベガスで銃の乱射事件がありました。(昨日の事件は「米史上最悪の銃乱射事件」とまでいわれています)アメリカはこういう事件が続いています。

昨日の事件がISの犯行なのか、それとも個人的なものなのか(犯人は白人の男だということですが)それは分かりませんが、どちらにしても不幸なことには代わりがないのです。

大間違いな仕方しかしていないからです。

アメリカにせよ、ISにせよ、どちらも神の名の下につくられた国であるのです。(ISはもちろんですが、アメリカも同じなのです。〔もちろん日本もそうですが〕例えばアメリカ大統領など大統領になった時に聖書の上に手を置いて宣誓します。あれはアメリカの王は神がつくられ法であり、その法以外で王はいないという誓いのためそうするのです。〔アメリカで一番偉い大統領がです〕つまりアメリカは神が王の国なのです。〔だからアメリカには人間の王がいないのです〕)

そうであるなら、何で、神の教えを伝えるのに(銃などの)人の力を使うのでしょう。神の名の下につくられた国であるならば、神の教えを伝える時は神の力を使って伝えるべきなのではないでしょうか。

私のようにです。

人の力などどれだけ使っても、それでは神の教えは伝わらないのです。しかし、神の力を使うのなら神の教えは伝わります。(この辺りのようにです。神の力が次々に現れるのなら、嫌でも私のいうことは伝わります。ただ私のいうことをきくか、きかないかは知りませんが)

だから、神の名の下に(人の力を使い)している争いなどすべて間違っているのです。自分が正しいと銃などで人を殺しているのはすべて間違っているということです。

神の教えを伝えたいのであれば、神の力以外使ってはならないからです。

だから、神の力を現す力がまだないのなら、最低でも話し合いで決着をつけないといけないということです。人の力など使ったら(素手であろうとなんであろうと)その時点で、その人は間違っているのです。(ただし、人を教育するための少々のことは許されます。〔例えば子供を教える先生とかのです。すぐに体罰とかいっていますが〕極論ではなくすべて中道なのです)

神の力は正しい方にしか現れません。(正確には間違っている方にも現われますが、その現われ方は災いとなって現れるのです)だから正しい方はすぐに分かるのだし、だから人の力などまったく関係ないのです。

どれだけ自分に力がなくても、正しい方に確実に神の力は現れてくるからです。

神は、心と行い、それのみでどちらが正しいかを判断されるのです。

では、これ以上、平和で分かりやすい話もないはずです。人と戦わずとも普段からの行いでどちらが正しいのかは神が判断してくださるからです。

周りに様々な現象を現してくださってです。(次々に奇跡が現れた、釈尊しかり、キリストしかり、モーゼしかりです)

では、その正しい人に従えばいいのです。

奇跡が起きている正しい人に従うなら、自分も正しくなれるし、奇跡も起きて幸せな人生を送ることが出来るからです。

今回のアメリカのこの「米史上最悪の銃乱射事件」を通し、この法をより理解していただければ幸いです。

(本当に残念ですね。この正法神理がアメリカやISに拡がるなら、このような事件が起きることもないのにです)

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