10月 29 2017
現れだした本当の神の力
台風二十二号があちこちに影響を与えているようですね。
沖縄はもちろん、九州の宮崎や鹿児島などもすでに大変な雨になっているようですが、それだけでなく、なんとこの台風、東海か関東に上陸する恐れまで出てきたそうです。
一昨日までの予報では、台風が日本に上陸することはないみたいな言い方をしていましたが(ずいぶんはなれたところを通る予報でしたが)昨日、今日の予報ではもう本州ギリギリのところを通る予報に変わっています。
実際に上陸するかどうかは分かりませんが、どちらにせよ、こんなコースを台風が通過するとなれば、列島各地に大きな影響を与えることになります。
本当に難儀なことです。(先週の二十一号で被害を受けているところはお気をつけください)
こうなってしまうのです。天を怒らせるとです。
ドンドン悪い現象を現されるのです。
だからいっているのです。法を説く者をないがしろにしていてはいけないとです。
法は天まで動かすのです。(それはご存知の方も多いはずです)そういうことが起きている者のいうことを無視し続けていて、いいことが起きるわけがないのです。
どちらにしても布施くらいもらわないと天の怒りは解けないでしょう。では、やってもらうしかありません。
やらないのであれば、災い(天罰)は止まらないからです。
いつまでも無視し続けるなら、今回の台風のような天変地変は次々に起きる(まだこのあと何を起こされるか分かりませんよ)東京の電車が止められるような異常現象も頻繁に起きる(こんな鉄道マヒみたいなことばかり起きたらさすがの東京も困るでしょう)一番の問題はこの辺りで起きている病気の問題です。(何か今日も来て〔こんなに雨が降っているのに〕音を立てて怒っているのがいます。〔前の会社ですかね?〕呆れますね。全部自分のせいなのにです)
サイレンが止まらないのもそうですが、どこかの会社などもうパニくっていますからね。それに、怒っている人や引いている人たちばかりでなくテンパっている人もずいぶんいます。
もう一杯一杯の人たちがたくさんいるように思うのですが、本当に大丈夫なんですか?そのままほっといてです。
ほっとくなら癌はずっと出続けますよ。この辺りの人たちにです。
止まらないのです。そのような態度のままではです。法を教えてもらった者に嫌がらせをしているのです。これだけ大きな罪もありません。(恩を仇で返す、最たる行いです)
今のような心のままでは(恩を仇で返しっぱなしで私を憎んだままでは)ほぼ全員が遅かれ早かれ癌になります。
だから、この辺りで次々に癌になる人が出ているのです。心が(大きく)間違ったままであるからです。
それでも直さないと、お前のいうことなどきけるかと、そう思う人は別によいのですが(正味な話し怖くはないのですか?)しかし、私のいうことは(書くことは)次々に起きているのです。
ということは、私のいっていることは正しいということであり、その私のいうことをきくのならその災いは止まりますが、きかないというのなら、そのまま災いは起き続けます。(しかも大人から子供まで関係なくです。天罰に大人も子供もないからです。〔肉体は関係ありません〕すべて心で決まるからです)
本当によいのですか?そのままでいてです。ずいぶん無理して怒っているようにみえますが(特にどこかの会社の連中など何度もいいますが、パニくっていますから)そうではないのですか?
よけいなお世話ですか?それならいいんですが、怒っていれば終わるということではないのですよ。(よけいでますけど)心が変わらないうちは終わらないのです。
書いていることが脅しではないと、この辺りの人たちなら分かるはずです。私は次々に奇跡が起きているのです。
それにここに書いたことが起きるということも奇跡です。
よいのですか。これだけ奇跡が起きている私のいうことをいつまでもきかないでいてです。このような奇跡が起きている者は私しかいないのです。
その私をいつまでもさげずんでいて大丈夫なんでしょうか?
いつまでも私を見下して見ているから私のいうことがきけないのです。しかし、そのような見方は間違っているのです。
書いたことが次々に起きている者など世界でもいないのです。いい加減、自分たちの間違った見方を理解しませんか。
そうしないと取り返しのつかないことにたくさんの人がなるからです。(これからもっとです)
分かりませんか。私のいうことをこの辺りの人たちが誰もきかなかったから、これだけ恐ろしい現象がこれだけ現われたのです。
私のいうことをきく人が出てくるなら、この現象はいくらでも止めることが出来たのです。
しかし、この辺りの人たちは私のいうことを誰もきこうとしなかった、それがこの辺りでこれだけの悲劇が現われている大きな原因なのです。
私のせいではなく、皆さん方が私のいうことをきかなかった、だからこれだけ災いが現われているのです。
私のいうことをきかない限り、この辺りで起きている現象は収まりません。それでもきかないのでしょうか?
もう、それだけ神の力が現れる時代になっているのです。
だから、皆さん方ではどうにもならないのです。その本当の神の力を皆さん方はまるで知らないからです。
昨日また今度は福井県の温泉街で六棟が全焼するという大きな火事がありました。
最近は天変地変が激しくなっただけではありません。このような(少し前までは起きなかったような)大規模な火災も次々に起きだしているのです。
そうしてこの辺りの異常現象しかり、東京で起きているような異常現象しかりです。
このようなことが、これまで現われていなかった神の力であると私はいっているのです。
この辺りの現象はもちろんですが、東京でも、あれだけ頻繁に電車が止まるなどということがこれまであったでしょうか?
しかもその理由が、窓ガラスが急に割れたり、雨が降っているのに枕木が急に燃え出したり、あちこちで急に停電したり、電車からいきなり煙が出たりなどという奇妙な理由ばかりです。
この辺りだけでなく、東京で起きていることを見ても、それはよく分かるのです。
すべて理由をつけようと思えばつけることが出来ますが、しかし、逆にすべて奇妙に見えるのです。
毎日、多くの人を乗せて走る電車など(鉄道会社など)特にそのようなところの点検は欠かさないはずです。
それなのに、そういうよく点検されているところに限って、そのような不思議なトラブルが相次いでいるのです。
走っている電車の窓ガラスが急に割れますか?(強化ガラスですよ)雨が降っているのに枕木が急に燃えるでしょうか?(よりにもよって雨の日に燃えるというのですから)それに停電でも点検したばかりのところが停電して電車が止まったということもあったのです。(これだけ分かりやすい不思議なこともありません)
そうして電車から煙が出るなど(これも点検しているはずなのにねえ)この辺りで起きている異常現象はもちろんですが、東京で起きているこのような電車トラブルも、次々に起きる大規模な火災も、そうして激しくなっている天変地変はもちろんですが、このようなことを知るならば、これまでにはかかっていなかった、何か別の力がかかりだしたと思われないでしょうか?
そうでなければこのようなことが起きるわけがないからです。
何か別の力がかかっているから、これまでとは違うことが(これまでには起きなかったようなことが)起きているのです。(単に目に見えないだけでです)
それが本当の神の力であるということです。
これまでは(末法の世では)これほど大きく神の力が現れるということはありませんでした。だから起きる現象も小さかったのです。
しかし、正法の世になり、より以上に神の力が(この世に)現われてきたのです。だから起きる現象が大きくなったのです。
また、この辺りや東京のような異常現象もよく現れるようになったのです。それもまた神の力が大きく現われるようになったからです。
だから、心を正さないといけないといっているのです。このような本当の神の力は、それぞれの人々の心が現すからです。
そのことを今いる誰も分かっていないのです。だから、これまでの何かに理由をつけて説明しようとしますが、どの人の説明もうまくいかないのです。
その本当の神の力を理解している人がいないからです。
この本当の神の力を理解しているのは私たち法を知っている者だけなのです。
だから私たちには次々に奇跡が現れるのです。現われてきた、その本当の神の力の使い方を知っているからです。だからこれまでに起きなかったような『奇跡』が私たちには起きているのです。
だからいっているのです。私のいうことをきかなくてよいのですか?とです。
どれだけ突っ張っても無駄です。その現われだした本当の神の力の使い方を誰も知らないからです。
その本当の神の力が現れだしたため、よいことも悪いこともこれまで以上に現われる世界にとすでにこの世は変わっているのです。
それに多くの人たちは気づいていないだけなのです。神の力を知らないからです。しかし、それは知らないだけで実際に生じているのです。
それでも私のいうことをきこうとしないのですか?
しかし、きかない限りはよいことは起きてこないでしょう。よいことを起したいのであれば法を理解するしか方法がないからです。
急に怒り出したどこかのマンションの人がいるようですが(何か起きたのでしょうか?そんなことはどこかの会社ではしょっちゅう起きているようですが…)悪いことが起きたくないのであれば、この法を実践することです。
そうすれば私たちと同じように奇跡が現れて来るからです。
災いを止めたいのであれば(いま現在も大きな災い〔台風〕が近づきつつありますが)私のいうことに従ってください。
不幸から逃れるためには、それ以外の方法はないからです。(だから心を入れかえるしかないということです)



人目の訪問者です。

今日の反省で気付いたことです。私たちは何も神社や仏閣へ行かなくとも、神よ神よと乞わなくとも、その場所がそのまま神の御前であると言うことです。この世界は神が創られたのであり即ち、見るもの聞くもの触れるものは全て神の命の塊なのである。それは神の意思であり神の愛なのである。よって私たちは神の命に包まれているのであり神の愛に満たされているのである。即ちその場所がそのまま神の心であり神の姿とも言えることを、心から知ることができました。有り難き幸せと感謝します。
その通りですね。私たちは神がつくられた神殿にすでに住んでいるのです。(地球自体が、もっというなら大宇宙すべてが神がつくられた神の神殿ですから)
神の心に気づかれた人は、神の心を理解して心が安らぎ次々に奇跡が現れて幸せになっていき、神の心にいつまでも気づかない人は、心が不安ばかりで次々に災いが現れ不幸になっていく。
実に分かりやすい世の中ですね。