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11月 02 2017

筋を通す

10:47 AM ブログ

昨日もあちこちでどえらい怒っていましたね。

ほんと、何をそんなに怒っているんでしょう?逆に不思議ですよね。そんなに人に怒るようなことなどそうは起きないと思うからです。(私のように、そこらじゅうで嫌がらせを受けているとでもいうのなら話は別でしょうが)

しかし、ガンガンガンガンガンばかりじゃなく(そういう会社もあったんですが)ある会社など近くを通ると、急に人がバラバラバラと会社の中から出てきて(私が歩いているのはすぐに分かりますから。鳥が騒ぎますから)みな私の方を見ているのです。

その会社は散々、私に嫌がらせをして来たところでした。(だからもう毎日祈ると宣言してあります)

その会社に何か起きたことがよく分かりましたが、私はその人たちにむかい、詫びをいれてブログ代を払ってくれと、そうしないと祈りはやめないと、はっきりいってきました。

悪いとは思いますが、嫌がらせをしてきたのはそちらの方です。それに、それまで私は何度も説明したのです。私が悪いわけではないと、悪いのは嫌がらせをしている方であるとです。(辻説法)

しかし、その会社の人たちは私のいうことをきこうとしなかったのです。

それでもまだ嫌がらせをしてきたから毎日祈ることにしたのです。それを悪いことが次々に起きてきたからとはいえ(直接いわれたわけではないのではっきりは分かりませんが)一言も詫びを入れられたわけでもないのに(ただこちらをボケッと見ているだけで)祈りをやめるわけにはいきません。(一人二人、頭を下げた人がいたかもしれませんが〔それもはっきり分かりませんでしたが〕それは詫びを入れたとはいいませんから。単に頭を下げただけです)

ちゃんと筋は通してください。(詫びとブログ代)筋さえ通せば、その災いは黙っていても止まるからです。

それは怒っている人たちも同じなのです。こちらは何度も(何度どころか、何十度も何百度も)嫌がらせをされ、何度も(これも同じです。何十度も何百度も)辻説法をしているのです。

それにもかかわらず嫌がらせをやめなかったのはそちらなのです。だから毎日そういう人たちを祈り出したのです。

だから筋を通してもらわねば毎日の祈りをやめるわけにはいきません。そこはご了承ください。(何度もいいますが、そういう人たちが病気をしても、仮に死ぬことになっても筋を通してくれるまでは祈りはやめません。それがその人たちのためであるからです。ちゃんと筋を通してください。そうすれば祈りはやめるからです)

それに一番ひどいことをされているのは私なのです。(そこはお分かり何でしょうか?)

自分が人にした行いは必ず自分に返ってきます。その法則通りのことが自分たちに起きているにすぎません。

では、その自分たちが私にした行いを反省し、私に詫びを入れない限り、その現象は止まりません。

それをしてください。そうすればその現象は止まるからです。(逆にいうなら、それをしない限りは止らないということです。その災いの原因をつくったのは誰でもなく自分たちであるからです)

こういう人たちは、どれだけいっても悪いことを人のせいにし続けていますが、しかし、このような人たちはともかくです。(マァ、いってみればシロウトですから)

宗教の専門家である(ということは、原因、結果の法則を知っている)どこかの宗教団体の会員の人たちまで(そこは相当大きな教団ですが)凄い怒り方をしています。(昨日など舌打ちまでされましたから。その信者のオバちゃんにです。〔苦笑〕)

しかし、それはお門違いでしょう。仮に私が祈って何かをしたとしても、そのような人たちなら自分たちの教団の教義で何とでもなるはずです。(題目かなにかを上げればすぐに止まるでしょう。そんな災いは)

それを私のせいにして怒っている、お門違いもいいとこです。

そこの教団はたしか一千万人の信者がいるところではなかったですか?

そんな大きな教団の会員さんが、たった一人でやっている私が何かしたところで、ちょちょいのちょいで何とかならないのでしょうか?

もし、何ともならないというのなら(だから怒っているんでしょうが)その教団の教義は間違っているのでしょう。

では、潔く自分たちが間違っていました。正しい教えを教えてくださいと私に頭を下げるべきではないでしょうか。

間違った教えをいくら勉強しようと不幸になるだけであるからです。(今のようにです)

私は正しい教えを勉強しているからこのような状況でも奇跡が起きているのです。その奇跡が正しい教えを勉強している何よりの証拠です。

その教団の会員が一千万いようが、二千万いようが、世界中に何億も何十億もいようが、間違いは間違いなのです。

その教えが正しいという人が一人か二人しかいなくても、正しいものは正しいのです。

別に宗教は多数決ではありません。

正しいか、正しくないのかが、はっきり分かる時代になったのですから(正しければ奇跡が、間違っていれば災いが、すぐに現れる時代になったのですから)怒っている暇があるなら、その正しい教えを信仰すればいいのです。

それが信仰者としての正しいあり方であるからです。(違いますか?)

それなのにあなたたちは自分たちの教えが通用しないと分かると、それを教えてあげた私に八つ当たりして来るというのですから、間違った信仰をしている人たちは何から何まで間違えています。

そういう時は、正しいことを教えてくれてありがとうと感謝しないといけないのです。

それが信仰者として当たり前の態度であるからです。

私に、そういう間違った態度をして来る教団の信者は何もここだけではありません。だいたい名の通った大きな教団の信者は(既成、新興、問わずです)みな同じように私に嫌がらせをしてきます。(だから坊さんも同じです。私に説法してきた坊主など一人としていませんから。説教して心を入れ替えさせる。こういう人たちはそれが仕事のはずです。それが嫌がらせしかしてこないというのですから話になりませんね)

ということは、みな自分たちの教えは間違っていると認めているようなものです。(それでは宗教者としては負けを認めているようなものですよね。一人として私に説教してこないのですから。有難いご高説をこちらはききたいのに一人としてそれをしてこない。嫌がらせしかしてこないというのですから、それは自分たちの教えが間違っていると自ら認めているのです)

では、もう潔く自分たちの負けを認めて、この教えに従ってはどうでしょう。それが信仰者として筋を通すということであるからです。

とにかく、この辺りで不幸な人が多いのは皆が皆、筋を通さず曲がったことをしているからです。

だから不幸になるのです。

筋から外れたことをしているのであれば、悪いことが起きてくるのは必然であるからです。

この辺りの多くの人たちの心を救ったのは私であるのだし、間違った信仰の間違いをちゃんと教えてあげたのも私なのです。

それをなかなか納得できないからと、私に八つ当たりしたところでよいことが起きるわけがないのです。

全部自分たちが悪かったからです。

もう正法の世となり本物しか通用しない時代になったのです。

だからこれまでの偽の教えに騙されている人たちに次々に災いが起きだしたのです。

それは私のせいではなく、自分たちのこれまでの間違いが、時代が変わったことにより一変に現われ出したにすぎないのです。それは、この辺りの現象ばかりでなく、激しくなった天変地変でも、各地で起きている異常現象でも分かるのです。

それをいつまでも理解せず(これだけ私がいっているにもかかわらずです)同じ(間違った)ことをし続けているからまた悪いことが起きてくるのです。

とりあえず、筋を通しませんか。

そこから正しい行いは始まるからです。

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