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11月 18 2017

気づきの現象

10:55 AM ブログ

昨日はまた怒っている人がたくさんいましたね。(みんな私のせいですか?本当に呆れます)毎日毎日、怒ったり引いたり、皆さん大変そうです。

私に怒るのではなく、感謝して布施するという人はいないんでしょうか?そういう人がいれば、その怒っているようなことも起きなくなるのにです。

私のブログを読みはしても、誰も行おうとはしない。私のブログに書いてあることを行うなら、誰も奇跡が起きるのにです。

昨日は庄内川に行ってきましたが、三日ほど前にその庄内川のことをブログに書きました。(川岸の工事が止まっているとです)そうしたら、その日(ちょうどそれを書いた日にも庄内川に行ってきたものですから)何か知りませんが川岸の工事が再開していました。

たしか、それまではしていなかったはずですが(先週まではです)急に始めたようにも思えました。(マァ、私のブログを読んだから始めたわけではないんでしょうが。〔笑〕)

ところが昨日のことです。私は工事を始めたらその場所は通らないことにしているのです。(その区間だけ川岸から外れた外側の道を通ることにしています。あまり工事の近くを通ってまた嫌がらせをされてはかなわないし、向こうが病気でもしたら気の毒だからです)それで今日はやっているのかと思って川岸をのぞいたんですが(また中止しているかもしれませんから)作業員が一人か二人いて何か作業をしていました。

ところがです。その作業員が私の顔を見るなり、おかしな顔をしてやっている作業を急に止めたのです。そうして突っ立って私の方を見ているので、なんか変だなと思ったのですが、そのまま川岸に行くのをやめてすぐ外側の道を歩いて行ったのですが、あの作業員、何で私の顔を見て急に作業をやめたのかとちょっと不思議でした。

この前まで(工事を中止する前までは)私の顔を見ると、その作業をしながらガンとか、ゴンとか、やって来る作業員ばかりであったからです。

それなのにさっきの作業員は変な顔でこちらを見て作業も急に止めてしまった。明らかに態度がおかしいのです。

それに工事をしている作業員も妙に少ないのです。二、三人くらいしかいません。(三日ほど前に見た時もたしか二人くらいでやっていただけのようでした。その時はずいぶん遠くでやっていたのであまり気にもしませんでしたが)これもまた工事を中止する前までは十人近くの作業員がいたはずですが、ずいぶん少ないのです。

工事を中止する前と後では、作業員の数も態度も全然かわってしまいました。

一体どうしたんでしょうね。やはり私が前に書いた通り、あそで工事をしていた作業員の多くが癌になって、それで作業員も減り態度も変わってしまったのではないでしょうか。

などという冗談はともかく、もし、本当にそうなった人がいるのなら、早く私に謝って、そうして布施くらいした方がいいと思います。あなたたちがした嫌がらせはひどいものであったからです。(ずいぶんうるさかったですから)

そのように反省し、私によいことをするのなら(その罪は許され)その癌になった人の癌は様々な奇跡が起き治っていくでしょうが、そのまま私に対し知らん顔をしているだけなら、そうなった人たちの癌は治ることはないでしょう。(私に嫌がらせをして癌になったのなら、私によいことをすればその癌は治る、当たり前のことなのではないでしょうか)

仮に一時は治っても、必ずどこかで再発して最後は苦しんで死ななくてはいけなくなるのです。

そういう順序しかつかないのです。あなたたちは恩を仇で返しているからです。(しかも相当な恩を〔何度もいいますが、この世で法を伝えられる以上の恩はありませんから〕仇で返しています。相当苦しんで死ななければいけなくなりますね)

本当の神の教えを説いている者に感謝もせずに嫌がらせなどしていれば、そのような最悪の順序しかつかないのです。

だからこの辺り、そういう順序をもらう人が(癌になる人が)多いのです。皆そのような(大変)愚かなことを平気でしているからです。

それをどれだけ私のせいにしても自分が悪いからそうなるのです。

だから何も悪くない(いいことしかしていない)私には奇跡が起き、悪いことをしているこの辺りの多くの人たちには次々に災いが起きているのです。

自分のしていることが悪いからです。

だから、私によいことをすればよいことが起きてくるといっているでしょう。何でそれを誰もしようとしないのですか?だから、この辺りの誰にもいいことが起きないのです。

誰一人、心を救ってくれた私によいことをしないからです。恩を恩で返す人が一人もいないからです。(こういうことを書けば中にはゾッとする人もいるのでしょうが、そういう人は完全に悪魔に憑かれています。恩がまるで分からないからです。憑いた悪魔に人の恩を分からなくされているのです)

だから大人から子供まで災いが起きているのです。大人から子供までが(私のブログは見ているくせに)嫌がらせしかしないからです。

これだけ起きてくる現象が違うのです。いい加減、自分たちの間違いを認め、私に謝罪しませんか。

そうすれば、いいことも起きてくるからです。

しかし、それはどうしてもしないと、悪いのはお前だと、そういい続けるのなら、それはそれで結構です。(本人の自由ですから)しかし、そうやって突っ張っている限りはいつ自分に癌が現れるか知れません。

その覚悟だけはしておいた方がいいと思います。実際にそのようなことが(たくさん)起きているからです。

そうして、その現象は段々激しくなっているはずであるからです。

どれだけ意地を張ろうと自分たちの態度を直さない限り、起きてくる現象は変りません。どれだけ怒っても無駄なのです。

悪いのは自分たちの方であるからです。

何か起きないと分からないでは遅いのです。(マァ、この辺りの人たちは起きても分からないようですが)起きる前に気づかないといけないのです。自分が悪いということをです。

自分が悪くないのであれば、自分たちに災いは起きないのです。自分たちが正しければ自分たちに奇跡が起きてこないといけないからです。しかし、この辺りで奇跡が起きている人は誰もいません。(誰かいますか?私には奇跡ばかりが起きているという人がです)

では、この辺りに正しい人は誰もいないということになります。

それは、この辺りばかりでなくて他も同じですが、せっかく奇跡が起きたのに、その後、起きなくなった人もいて、本当にもったいない話です。

そのまま、私のいうことに従えば(法に従えば)奇跡は起き続けたはずであるからです。しかし、あの奇跡が起きた人たちのほとんどが、一度や二度、奇跡が起きただけで、その後、奇跡が続かず、けがまでしてしまったからです。

これは心のあり方がなっていなかった何よりの証拠なのです。表面上だけで法を知り、その後、しっかり法の実践を行わなかった(心を変えなかった)そのため、せっかく天が力を貸して現してくれた奇跡が、けがに変わってしまった。

その奇跡の反動がけがとして現れたのです。

それもまた気づきの現象であるからです。

天は、そこかしこに気づきの現象を現してくれています。この地上にいる人たちは、それに気づいていないだけなのです。

せっかく天が心を向上するチャンスを与えているのにむざむざ無駄にしているのが、この地上界に出てきている人たちなのです。

その気づきの現象に気づいて、一歩一歩心を向上させていく者こそ、人生の勝利者となり奇跡も現れてくるのです。

この時代は奇跡が現れて当然なのであり、奇跡が現れていない人など、どれだけみっともないか知れないのです。(それだけ心が悪いということですから)

だから、この時代に災いが起きるなど論外です。(どれだけ心が汚くやっていることが間違っているか知れないからです)

いつまで、その気づきの現象を無視するつもりですか?

しかし、気づきの現象を無視している間は、心の向上はなくその起きる不幸も止まりません。

気づきの現象に気づいて、心と行いを正せば、今度は奇跡が起きてきます。

またこれから気温がずいぶん下がり、北日本など荒れた天気が続くようですが、いつ心と行いをかえるのですか?(心と行いが悪いから悪いことが起きているのですから)

その心と行いをかえない限り、気づきの現象は止まらないのです。

(大丈夫ですか?どこかの会社は。ずいぶん社内で派手に騒いでいるようですが。〔汗〕早く詫びを入れないと滅ぼされますよ)

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