>>ブログトップへ

11月 25 2017

ポルターガイスト現象

11:19 AM ブログ

なんか、そこらじゅうでメチャメチャ怒っていますね。(大丈夫ですか、ほんとに)

昨日は庄内川に行ってきたんですが、庄内川の工事をしている作業員が(この前書いた作業員とは別の場所のです)やたら怒っているし、その庄内川から出て帰ってくる時に公園で小学校低学年の子供らが遊んでいたんですが、その小学生連中がまたすごい怒りようで(ガチャンとかやっていましたので)あまりの剣幕にもう少しでこちらが謝るところでした。(苦笑)

そのあと家の近くまで帰って来るとあちこちでアホみたいに怒っています。(あっちでガチャン、こちらでゴンとかです)そういえば、一昨日の帰りもそんな感じでしたね。

あちこちでやたら怒っていました。

そこらを歩いていれば爺さん婆さんが近よってきて音を立ててきます。

そういう爺さん婆さんに「なんだなんだ、人のブログ見て散々心が救われているくせに感謝もせずに嫌がらせをしているのか。自分たちのそういう行いを棚に上げて悪いことが起きたら俺のせいなのか。じゃあ自分たちのやっていることはどうなんだ」とかいうと、とたんに逃げ出します。

早足で歩いて行くんですが、そういう爺さん婆さんの後を追いかけて「オバちゃん(オジちゃん)本当の神の教えをきいていながら感謝もせずに嫌がらせなどしていたら罰は当たるんだよ。その年でそんなことも分からないのか」と追い討ちをかけます。(苦笑)

すると、ほとんどの爺さん婆さんが顔を引きつらせて慌てて歩いて行ってしまいます。(私もずいぶん年寄りを追いかけますので、後でその年寄り連中が心筋梗塞で死んでたりして。〔笑〕)

まったく大人(爺さん婆さん)から子供まで独りよがりもいいとこです。これでは救いようがありませんね。

何でそんなに私が怒られないといけないのでしょう。間違ったことをして罰が当たっているのはその怒っている連中の方なのにです。

いつまでも突っ張って自分たちの悪を認めず責任転嫁し続けているから、次々に災いが起きるのであって、そこを謙虚に反省し、感謝して布施でもしようという気になるなら悪いことなど起きてこないのです。

そういう心にならないから災いが現れているのであって、心が変われば災いは現れないのです。

逆にいうなら、そういう心にならない限り、災いは現れ続けるということです。

ずいぶん怒っている人が増えています。(反面、思いっきり引いているところも増えています。怒っている人、引いている人ともに段々増えていきます…一体どうなっているんでしょうか。〔汗〕)しかし、心を変えない限り災いは止まりません。

早く神の心に目覚めてほしいものです。そうしない限り救われる道はないからです。

何度もいいますが、奇跡が起きている私がいっているのだから間違いないでしょう。適当なことをいっている者に奇跡など起きてこないからです。

災いが起きている人たちを救えるのは、その奇跡が起きている人だけなのです。

よく考えてみてください。災いが起きている人はもちろんですが、何も起きてこない人たちに、災いが起きている人たちを救える力があると思いますか?

あるわけがないでしょう。そんな力がないから何も起きてこないのです。

人を救う力のある人はちゃんと奇跡が現れてきます。(釈尊しかりキリストしかりです)

では、怒っている人たちを救えるのは私しかいないということになります。私以外でそんな奇跡が起きている人などいないからです。

そういう現実をよく見ないといけないのです。(単に怒っているだけではなくです)

この辺りの多くの人たちは、現実をしっかり見ずにただ多くの災いが起きてきたことに怒り、いわれている噂だけを信じて、その災いを私のせいにして怒っているだけなのです。

しかし、その人たちは誰一人私のことを知らないのです。(知りませんよね。私と話したこともない人たちばかりなんですから)そればかりか、自分のことさえも理解していないのです。(先ほどの逃げ出した爺さん婆さんがそのよい例です。自分の悪いところさえ知らない人ばかりです)

はっきりいうなら自分たちは(こと神や心に関していうなら)知らないことばかりなのです。

では、正しいことが分かるのですか?そのような人たちにです。

「お前に何が分かる」「お前のいうことなどきけるか」という傲慢な心ばかりでなく「正しいことを教えてください」という謙虚な心を忘れてはならないのです。

そうしないとここに書いている大事なことがよく分からないからです。

何度もいいますが、もう時代が変わっているのです。その時代が変わったことを早く理解しないといけないのです。

もう時代が変わり、これまでの自分たちが犯した諸々の悪が次々に現象として現れているのです。

そうして神の力もです。その神の力がより以上に現れる世になっているからです。

多くの人たちは、そのように時代が変わったということをいつまでたっても理解しないのです。

しかしそれは、起きてくる現象で分かるのです。

気づいていませんか?起きている現象がこれまでとは全然違うとです。

例えば、この辺りで起きている現象もそうですが、日本中で起きている激しい天変地変や東京などで起きているポルターガイスト現象(電車のガラスが急に割れたり、電線がショートしたり)のような出来事でもそれは分かるのです。(激しい天変地変も正確にいうなら大きなポルターガイスト現象なんですけどね)

こういうことはこれまで起きなかったのです。

激しい天変地変はもちろんですが、例えば東京などで頻繁に起きているポルターガイスト現象(分かりやすいからこう書いていますが)でもそうです。

なかったでしょう。これまで走っている電車の窓ガラスが急に割れたりすることなどです。

つい最近でも埼玉かどこかで起きていたようですが、こういう原因不明のことが頻繁に起きているのです。

そればかりか、点検したばかりの電線がショートしたり(またこの電線がショートすることも頻繁に起きています)雨の日に線路の枕木が燃え出したり(よりにもよって雨の日に枕木が燃え出しますかね)不思議なことが次々に起きています。

こういう不可思議なことはこれまで起きていませんでしたが、最近はこんなことばかりが起きているのです。

不思議といえば、天変地変でもそうです。雨の日が続いたり(梅雨でもないのに一ヶ月も二ヶ月も雨や曇りの日が続くのですから度がすぎています)極端なゲリラ豪雨が毎日起きたり、これまでに起きなかったような現象が次々に起きているのです。

なぜですか?なぜこんな不思議なことばかりが頻繁に起きだしているのでしょう?

そうして、この不思議な現象の原因は一体何なのでしょう?

それが神の力(霊の力)なのであり、そういう霊の力がより強く頻繁に現れるようになったということです。時代が変わったからです。(霊の力が極端に現れだしたから原因が分からないことが増えたのです)

だから、こういうことが起きだしたのであり、だから、こういうところで時代が変わったことに気づかないといけないと私はいっているのです。

明らかにこれまでとは異質の現象が次々に現れてきているからです。

お分かりいただけたでしょうか?この辺りでなぜ、次々に病気になる人が増えているのかがです。

それは時代が変わったからです。時代が変わったからこういう現象が現れだしたのです。

皆さんの心と(行い)そうして神の力(霊の力)がより現れる時代になったからです。

だから心が悪い人には多くの災いが、心のきれいな人には多くの奇跡が次々に現れるようになったのです。

そういう時代になったからです。

だから私はいっているのです。

それは私のせいではないとです。自分の心が悪いからそうなるとです。そうして時代はすでに変わっているのだとです。

だから、この辺りの多くの人たちは、時代が変わっていることに気づかず、時代が変わって起きてきたポルターガイスト現象を、いつまでも私のせいにして右往左往している哀れな人たちであるということです。

早く気づいてください。このような時代になったということをです。

自分たちの心がまともに現れ、そうして、それとともに霊の力もまともに現れる時代になったのです。

それが正法の世です。

だから、このような不可思議なことが(この辺りだけではなく)もうそこらじゅうで起きだしているのです。(日本だけではなく世界中でです)

こういう時代になっているにもかかわらず、それでもまだ私のいうことをきかず、罪を私になすりつけ続けるのですか?

しかし、それではポルターガイスト現象は止まることはないのです。

自分を救うのは自分しかいません。(こういう時代になっているにもかかわらず、法を理解しようとせずにいて本当に大丈夫ですか?)

自分の心を高めれば高めるだけ、次々に奇跡が現れてきます。いつまで災いが起きたとオロオロしているのでしょう。

もう先に進んでいる人はドンドン進んでいるのです。それが一目見て分かる時代になったのです。

いつまで責任転嫁を続けるのですか。しかし、そんなことは時代遅れの行い以外の何ものでもないのです。

そんな時代遅れなことをしているから不幸になるのです。

幸福になりたければ積極的に法を学ぶことです。法の実践以外でこの時代、幸せになることは出来ないからです。

2コメント

2 コメント to “ポルターガイスト現象”

  1. ウナっしー2017/11/25 at 3:20 PM

    少し私の障害に関する奇跡を書いておきます。私は障害者認定を受けてから、障害者年金の申請をしたのです。この障害者年金の申請には、会社へ有給を取って年金事務所へ出向いたり書類書きに時間を費やしたりと手間が結構掛かりました。その結果といっては何ですが、認定され年金を受け取れるようになりました。このことが実は奇跡なのです。後日Webで見たり知人に聞いたりしたのは、普通はこの申請に使う書類は社会保険労務士に書いてもらうのが一般的なようです。実はその申請用紙のみが年金受給資格の認定材料なのだそうで、どんな病気でどんな苦労をしているのか効果的に書かないと認定されないようなのです。ところが私は知らなかったのですが、ありのままを書いて出したら認定されたのです。一方では専門家が書いた書類で認定され、私のような何の資格も知識もない素人が書いた書類で認定されたのです。まさに奇跡としか言い様がありませんね。それだけにこの障害も私にとっては価値のあるものと自負し、堂々と歩んで参りたいと思います。

  2. gtskokor2017/11/25 at 8:17 PM

    天が導いてくださったのでしょう。
    法を実践していると、知らぬ間によい事が起きていたということが案外あるのかもしれませんね。(こちらが気づいていないだけでです)
    感謝ですね。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。