12月 12 2017
子供の教育
まったくよく怒っていますね。特にこの近所などひどいものです。(近所づきあいもへったくれもありませんね)
しかも、怒っている人たちが百パーセント被害者面(づら)して怒っているのですから本当に呆れます。
どこまで勘違いがひどいのでしょう。百パーセントの被害者は怒られている私の方であるからです。
あくまで怒っている人たちは加害者なのです。(そりゃそうでしょう。怒っている人たちは、私に一方的に嫌がらせをしてきているのですから。しかもブログだけは読んでいてです)
自分のことしかしなかったり、感謝一つせずに嫌がらせばかりしている人たちにいいことが起きるわけがありません。
少しは損得ぬきで世のため人のために尽くされたらどうですか?そういうこともすればよいことも起きてくるからです。(善因善果です)
自分の行いを変えない限りいいことは起きてきません。(皆さんが大嫌いな)私を見習ったらどうでしょう。私は奇跡しか起きていないからです。(災いが起きるのが嫌なら嫌でもそうするしかありません。奇跡が起きている人を見習うなら奇跡が起きてくるからです)
さて、そういう責任転嫁ばかりしている人たちの相手はこれくらいにしまして、前回、赤ちゃんのことを書いたのですが、もう少し子供のことを書いておきましょう。
そういう子供の教育真っ最中の人たちもこのブログを見ているからです。そうして正しい教育には園頭先生が書かれたものを読むのが一番であるからです。(おかしな教育書など読むよりです。奇跡を次々に現されていた方の書いたものを読んでその通りにするなら、子供に奇跡が起きるからです。少なくともおかしな育ち方はしないということです)
正法誌の1979年十一月号より抜粋します。
<第四十五章 泥んこ遊びはさせた方がよい
幼児は泥んこ遊びや粘土遊びやにちゃにちゃしたものをもてあそぶのがすきである。幼児はそのにちゃにちゃした手指の感触の中に、お母さんの膝に抱かれてお乳を飲みながら一方の手をお母さんの胸に入れ、空いた方の乳房をまさぐっていたあの時の感触を感じ、その時に抱いた心の安らかさを味わっているのである。するなと叱られても幼児が泥んこ遊びをするのはその心の安らかさを味わっていると同時に、何でも自分の思う通りにこね廻してつくれる創造の喜びを体験しているのである。服が汚れて洗濯の手間がかかるのをおそれて、子供に泥んこ遊びをさせない母親は、子供の大事な心の成長を妨げているのであり、泥んこ遊びをさせられなかった子供は心の安らかさを体験させられないから情緒不安定になる率が高いのである。落ち着きのないいつもはしゃいでばかりいる子供は母親によって心の安らかさの体験を奪われた子供なのであって、いくら「静かにしなさい」と叱ってみても直らないのである。これを直す道は、子供をしかと抱きしめて、母親の膝の上で心の安らかさを体験させる以外にないのである。
第四十六章 ミルクは抱いて飲ませなさい
ソ連が共産党の闘士を育てるというので、生まれたばかりの赤ちゃんを母親の手から引き離し、国家で養育するということをやったことがある。これは完全に失敗に終わりました。抱かれることもなく機械的にミルクを飲まされた幼児たちがハイハイをはじめるようになると幼児たちはお互いに相手にかみついて血だらけになってしまって、その血の中を這いずり回って相手を見てはかみつくということをやり、結局育児を共産主義的考え方と手段でやるのは失敗だということになり、母親の手にかえされることになりました。情緒不安定児、自閉症児は母親の膝に抱かれる時間が少なく、また母親が言葉をかけることの少なかった子供たちである。うちの子はおとなしくて泣きもしない育てやすい子供だということでテレビの前に寝かされていた子供が自閉症になりやすいのである。いつも耳に入るのはテレビを通して出ている声と音だけで、テレビの方はよく見るが、お母さんの生の声をきく機会が少ないのでお母さんから自分の名前を呼ばれても、自分の名前を呼ばれたことに関心がない子供になってしまう。
赤ちゃんは必ず名前を呼んで声をかけて抱き上げて、しっかり胸に抱いてミルクを飲ませるようにしないといけない。お母さんの膝に抱かれていた時に味わう心の安らかさ、その安らかさが人間を落ち着きのあるものにするし、その安らかさが実は禅定をする時の心の安らかさになるのである。だから禅定をする人は、お母さんの膝に抱かれていた時の自分の姿を想像して心の安らかさを取り戻せばいいのである。
第四十七章 幼児に愛しすぎる弊害
かわいい、といってはお母さんは赤ちゃんに頬ずりしたり抱擁したりする。その肌と肌のふれ合いによって相手に対する自己同一化すなわち愛の感情が培われていく。ところが幼児を愛撫する母親の感情の中に、また子供が小学生から中学生となり性徴が出てくるその中で、母親が幼児を愛撫する中で性的快感を味わい、また、夫によって満たされない性的欲求不満を、子供を見、世話をする中で満足させたいというような性的感情が入ってくると、その子供は性的に早く目覚め、ませて性に普通の子供以上の関心を持つようになる。性的非行に走る子供たちは、知らず知らずのうちに親によってそのようにしむけられたのであり、非行に走る勇気を持たない内向型の子供は、頭の中は性のことで一杯になり、性以外のことが考えられず逆にノイローゼになるのである。甘やかされて育った男の子がノイローゼになるのは、原因は性の葛藤にある。母親は、特に男の子供の性的興奮を誘発するような愛撫の仕方をしてはいけない>
以上、園頭先生が書かれた正法誌から、いくつか子供の教育面で気をつけなければいけないことを書いておきました。
子供を教育する時に気をつけなければいけないことはいくつもあるのであって、今よく問題になっている性犯罪など実は小さな時に、その原因がつくられているということは案外多いのです。(三つ子の魂百までもです。だから小さい時の教育はしっかりしないといけないのです)
だから女性は、妻としても、母としてもしっかり愛を出さないといけないのです。
夫に愛を出すなら、妻が欲求不満になることもないし(別に性的な面だけではなく様々な面でです)妻が欲求不満にならないのであれば、子供をしっかり育てることも出来るからです。
子供をしっかり育てることさえ出来れば、犯罪は激減するでしょう。そのような犯罪を犯す原因の多くは小さい時につくられているからです。
小さい時にしっかり母親が子供を教育しているのなら、その子は立派な人間となって世の中を救います。
だから母親の仕事は大事なのです。今ではなく女の(母の)仕事は未来社会を救うからです。(今はイクメンとかいって夫が教育に参加することが善のようにいわれますが、とんでもありません。母の愛に勝る愛などないのです。小さな時に父親の中途半端な愛など子供に入れたら、その子は愛のない子に育つのです。小さい時にこそ母の深い愛をその子に入れておかないといけないのです。それでこそ愛深い子に育つからです)
母親の仕事は片手間に出来ることではありません。
今は女性を家庭から出すことばかりをいわれますが、しかし、その家庭での母、妻の役割をもう少ししっかり理解してもらいたいものです。
そうすれば、今のような(愛のない)おかしな世の中にはならないからです。



人目の訪問者です。
