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12月 16 2017

責任転嫁

10:42 AM ブログ

少しは分かってもらえたでしょうか?責任転嫁をしていることがいかによくないかがです。(園頭先生がいわれていたように、責任転嫁をしている間は運命は好転しません)

そこが気に障ったのでしょうか。昨日は、やたら怒っている人が何人もいたようですが、怒ろうがわめこうが、いけないものはいけないのであって、いけないことをしているから悪いことが起きるのです。

いけないことをやめて、潔く自分の罪を認め反省するなら悪いことも止まると思いますが、それでも認めませんか?

自分の罪をです。

自分の罪を認めない限り、悪いことは止まりませんが、それでもよろしいのですか?(ずいぶん態度が変わってしまったところもありますが…どこかの会社などその典型です)

昨日も書きましたように、自分に悪いことが起きてくるのは、自分の悪いところを人や病気などを通して教えてもらっているからです。

だから、悪いことが起きるのは人のせいではなく自分のせいであるといっているのです。(だからそのようなことは悪いことというより気づきの現象なのです)

例えば、いま話題になっている芸能人の不倫などもそうです。

今回は(いつもは夫の方が浮気をするパターンが多いのですが)妻の方が浮気をしたということで騒がれているようですが、あそこの芸能人夫婦の家庭はずいぶん亭主関白であったようです。(そんなことをテレビでいっていました)

別に亭主関白が悪いわけではありませんが(私的には嫁さんの尻に敷かれるよりはよほどよいと思いますが)ただ、余りに夫の亭主関白がすぎると妻は不満を持つことになります。

そのような夫に対する不満がたまってくると(亭主関白であるので夫にいいたいことをいえませんし)妻は、陰でよその男と浮気をすることによって夫への不満のはけ口を求めるということになります。(そのような夫に対する裏切り行為を行うわけです。夫の傲慢な亭主関白に対する当て付けとしてです)

だから、今回の芸能人妻の浮気はです。

そのような夫の妻に対する(あまりに妻の気持ちを考えない)傲慢さが、妻が他の男と浮気をするという結果となって現れたのではないかと思われますが、まあ、その芸能人夫婦のことは詳しく知りませんのでどこまで当たっているのかは分かりませんが、そのような原因(一方的な亭主関白)をつくればこのような結果(妻の浮気)も現れるということです。

だから、亭主関白も暴君ではダメなのです。愛ある亭主関白でないとダメなのです。

亭主関白も中道でないといけないということです。その中道の範囲内の亭主関白なら大いにやるべきです。何度もいいますが、嫁さんの尻に敷かれっぱなしよりはよほど(男主導の)亭主関白の方がいいからです。(男は先に立ってやらねばならないからです)

妻はそのように夫を好きなようにやらせておいて、裏から夫をコントロールしないといけないのです。正面からギャーギャーいってはいけないのです。(たまにギャーギャーいわれないとやらない男もいますが、そういう例外はのぞいてです。〔笑〕)

こういう場合、浮気をした妻が一方的に悪いとはいえないでしょう。

だから、園頭先生は、その人の心の面まで知らないといけないといわれているのです。その人の心の中に起きていることの原因があるからです。

ついでに書くなら夫の浮気の場合は妻の愛が足りないと夫は浮気をします。男は、その足りない分の愛を別のところで補給しないといけないからです。

男は仕事がやれればやれるだけ愛のエネルギーが必要なのです。だから、仕事が出来る男ほど外に女をつくるのです。

妻だけの愛では足りないからです。

だから、そういう場合は浮気をしている夫に対しもっと妻が愛を出すなら、夫の浮気は直りますが、いつまでも愛を出そうとしないと(口しか出さないと)いつまでも夫の浮気癖は直らず妻が苦労するということになります。(だから、何度も浮気をしている芸能人なんかいるでしょう。〔笑〕ああいう人は妻の愛が足りないのです。だからもっと妻が愛を出すなら、あの芸能人の浮気癖は直るのですが、妻が口でギャーギャーいっているだけで態度を変えようとしなければ、絶対に直りませんね。あの浮気癖はです。あの浮気をしている芸能人はもっと妻の愛が欲しいからです)

こういう場合も夫が悪いと一言ではいえないはずです。元々の原因は妻にあるからです。

こういうことなのです。園頭先生がいわれていた「どういう人生が現れてきてもそれは自分自身の責任であって人の責任ではない」ということはです。

自分の周りに現れてきたことは必ず自分に原因があるのです。人に原因があるわけではありません。

この辺りで起きていることも同じなのです。

自分たちが心を救われ不思議な現象まで見せてもらっているのに、その人にまったく感謝せず嫌がらせを繰り返していて、それでよいことが起きると思いますか?

そういう行いを何年にも渡って続けているくせに、何で自分たちに起きてくる悪いことが私のせいなのでしょう。

どう考えても、自分たちの行いが悪いから自分たちに悪いことが起きているだけではないですか。

それが何で私のせいになるのでしょう。そういう(見え見えの)責任転嫁を多くの人がいつまでも続けているから、この辺りは多くの人が不幸になっているのです。

自分たちが反省する以外で、その悪いことを止める方法はないのです。

園頭先生は「自分の運命を人のせいにしている間は運命はよくならない」といわれ「すべて自分の責任だということが分かって努力する時、運命は変わっていくのである」といわれています。

責任転嫁をするのではなく、いい加減、自分の責任を認めませんか?

自分の責任を認め、よくなるよう努力し出して、はじめて自分の運命はよい方にと変わって行くからです。

それをしない限り運命がよくなることはありません。

責任転嫁はやめませんか。それをしている間は絶対によくなることはないからです。

2コメント

2 コメント to “責任転嫁”

  1. ウナっしー2017/12/16 at 12:42 PM

    もう年の瀬も近づいてきて何やら所用も増えてきます。今日も午前中出掛けてきました。会う人にそれぞれ祈りをしましたが、ふっと思い立ち「法を説かなければ」という思いによって会話を交えながら切っ掛けをつくるように努めました。やはり初めのうちははうまく結びつかないものですが、やらねばできぬこでありこれこそが修行の一環であると思い道が開けたような気がしました。ました午後もこれから家の用事で出掛けます。何とか法の話ができるよう祈りつつ機会を待ちたいと思います。

  2. gtskokor2017/12/16 at 1:46 PM

    頑張ってください。
    何も法の話をしなければと気負う必要はないのです。普段の話の中で自然に法の話が出来るようになればそれでいいからです。
    ウナッシーさんはもう法を伝えなければいけないところまできているというのに…それにしても他の(ブログを見ている)人たちの向上のなさぶりには少々呆れます。(苦笑)
    まだ嫌がらせをしてきたり、布施一つ出来ない人が大勢いるからです。

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