12月 30 2017
愛があふれるすばらしい教え
昨日は久しぶりに熱田神宮に行ったんですが、入り口近くまで行って諦めました。
中は凄い人のようであったからです。(駐車場が満杯でしたので)年が明ける前なのにずいぶん人が多かったですね。
私はてっきり新年の直前だから人も少ないだろう、今のうちなら行っても大丈夫だろうと思って行ったんですが、甘かったですね。あれでは入れません。
あんなに人が多くては、どれだけちょっかいをかけられ、そのちょっかいをかけてきた人がどれだけ病気なるのか分からないからです。
もう熱田神宮に入る前から、近くを歩いているだけで熱田神宮の中にいる鳥たちが(特にムクドリなど)ギャーギャー鳴くので、私が近くにいることが多くの人たちに一発で分かります。
あちこちで歩いている人にジロジロ見られるし、そういう歩いている連中までちょっかいをかけてきます。
とても無理だなと行くのを諦めました。(鳥と人の両方にじゃまされてです。残念です。〔涙〕)
しかし、熱田神宮にお参りするのもいいんですが、その近くにこれだけ鳥にかまわれている者がいるのです。(鳥が騒いでいるだけではなく、すずめたちなども、ちょこちょこ飛んできたりもしていましたので)
まったく他の人と起きることが違う者がいるのに、その者の話をきこうともせず嫌がらせしかしない、本当にバカなことをしています。
それで病気をしているというのですから世話はありません。
いつになったら気づくのでしょう。自分たちの間違いにです。(間違ったことをしているから病気になるのです)滅ぼされる時間は刻々と迫ってきています。
いい加減理解していただけないでしょうか。私のいうことをヘラヘラ笑ってきいているのなら(まあ、昨日はやたら怒っている人も多かったんですが)大変なことになるからです。
もう何度も危ないことが起きているのに、まだ多くの人は自分のことだけをしているんでしょうか。
昨日書いたことは嘘ではありません。今のまま多くの人がこの教えを無視し続ければ、最後には滅ぼされるのです。
このような状況で、あの巨大な南海トラフ地震が来れば(そうして、よくいわれるようになった富士山の噴火などが同時に起きれば)日本の大方の大都市はやられてしまいます。(名古屋や大阪は南海トラフで、そうして東京は富士山の噴火で)
そうなったらもう日本は再起不能となり衰退して滅びるしかなくなるのです。(ローマが滅びたベスビオ火山の大噴火の時よりひどそうです)
そういうことが起きるのです。これは予言しておきます。今のままなら必ずそうなるからです。
本当の神の教えが出現した国は、その教えを(自国だけではなく)他の国にまで伝えなければいけないのです。
それがその国に生まれた人々の大きな使命であるからです。
釈尊が正法を説かれたインドの人々も、そうしてキリストが福音を説かれたイスラエルの人々も、その偉大な師の教えを拡げたからいま現在、世界中の人々が釈尊やキリストのことを知っているのです。(主に釈尊やキリストのことを伝えたのは、その弟子たちですが、しかし、弟子たちだけではこれだけ釈尊やキリストのことが世に大きく伝わることはなかったでしょう。弟子以外の人たちも協力したからこれだけ多くの人が、釈尊やキリストを知り、その教えを知ってたくさんの人が救われたのです)
もし、当時の法をきいた人たちが現在の日本の人々のように何もしなかったら、今頃はほんの一部の人しか釈尊やキリストのことを知る人はいなかったでしょう。
それどころか、もしかしたら釈尊やキリストの存在は忘れ去られていたかもしれないのです。
もし、そんなことになっていたら今ごろ世の中はどうなっていたでしょうか?
少なくとも今以上の暗黒の世界になっていたことだけは確かでしょう。何度もいいますが、釈尊やキリストの昇天後でも、その教えによって天文学的な数の人たちが救われているからです。
だから、本当の神の教えをきいた人たちは責任が大きいといっているのです。
この教えを多くの人が伝えるならば(そのことに協力するならば)今だけではなく、日本だけではなく、後世の世界中の人々を救うことになるからです。
しかし、それをしようとしなければ、どれだけ多くの人が不幸になるのか分からないのです。(これもまた天文学的な数でしょう。先ほど書いたことと逆のことが起きるからです)
だから、天もこれほどの怒りを日本の人々に(このブログを見ている人々に)現しているわけです。
それこそ、この教えを拡げることをじゃまする者は実在界(あの世)に引き上げるくらいの勢いでです。(だから、激しい天変地変だけではなく、この辺りは多くの人が病気になり不幸になっているのです。この辺りは、その法の流布をじゃまする者たちが〔大人から子供まで〕たくさんいるからです)
だから、私のすることに協力しないといけないと(じゃまするなどもってのほかであると)くどいくらいいっているのですが、なんとこの辺りの人たちは、その私のいうことに逆らう人ばかりです。
これでは病気が多発するのも分かります。これだけ神の心に逆らっている人たちはいないからです。(ほんと協力すればいいのにとつくづく思います)
私のいっていることが間違いなら奇跡など起きません。しかし、先ほども書きましたが、私はどこに行っても不思議な奇跡が次々に現れてくるのです。
鳥がギャーギャー騒いで寄ってくるなど不思議ではないですか?(少々うるさいという難はありますが。〔笑〕)
よく行く堀川など、私が行くと必ず嬉しそうにカモメたちが近くまで飛んできます。(今年はカモメが少ないので少々寂しいのですが)そうして水面に浮かんでいるカモメはバシャバシャやり始めたり、ギャーギャー鳴いたり、飛んだり跳ねたりにぎやかなものです。(飛んだり跳ねたりの意味が分からないかもしれませんが、私が水面に浮かんでいるカモメたちを見ていると、中にはちょっと飛び上がったかと思うとすぐに水面に落ちて来て、バシャバシャやっているのもいるからです。本当に異様な動きをするカモメがいるのです。〔笑〕)
すずめたちもよく回りに集まってきますし、他の鳥たちも同じように私の近くに飛んでくるものがあります。
暖かくなってくれば、今度は魚たちが水面近くまで上がってきて、飛び跳ねているものもたくさんいます。(その跳ね方が半端ないのもいるんですけどね。〔笑〕)
岸から魚たちに声をかけると、たくさんの魚たちが岸近くまで泳いできて、私の近くをバシャバシャ跳ねながらを泳いでいるなどということも何度もありました。
内海の海など出かければ、波打ち際まで寄ってくる魚たちがいます。
考えられますか?多くの小魚が波打ち際まで寄ってきて、波が引いて行く時にその波に乗りきれず、次の波が来るまで砂浜でジッとしている小魚までいるくらいなのです。(オイオイ、お前、大丈夫か?と声をかけますが。明らかにやりすぎです。〔笑〕)
その他、そのような愛ある行為を私に見せてくれる生き物は数知れません。もしかしたら、この世のすべての生き物が(もちろん人間以外のですが。〔笑〕)そういう愛ある態度を私に取ってくるかもしれないのです。(多分そうでしょう。それは水族館の生き物も、動物園の生き物も、砂浜などにいる貝にいたるまで同じような態度を取るからです)
この教えを勉強するなら、誰からも愛されているということを実感する、本当の愛のある不思議な奇跡が次から次に現れるのです。(もちろんそれ以外の奇跡も現れてきます。ウナッシーさんのコメントなど参考にしてもらえればそれは分かります)
すばらしいことではないですか?これだけ多くの生き物に愛される教えなど他にはないからです。(この一点だけ見ても他の教えと違います。これだけ愛があふれる教えなど他にないからです)
この教えを勉強し拡げることに協力してくれるのなら、このような愛ある奇跡は誰にでも起きるのです。
そうして、このような奇跡はこの教えをやればやるだけもっと発展して現れてきます。(多分、周り中に愛があふれてきますよ。私など人がいなければそういう状況になりますから。〔苦笑〕)
前にも書きましたが、やれば天国、やらねば地獄です。
そういう世界が目の前に本当に展開していくのです。
それでもやろうとはしないのですか?
もう自分のことだけしていてはいけないのです。すでに時は来ているからです。
(「神の国は近づけり、悔い改めて、福音を信ぜよ」ですね)



人目の訪問者です。

縁というものは本当に有り難いものですね。私などは、生きることに疑問があっただとか宗教を変えては本当の教えを求めた等の理由はないのです。しかし、こうして法に携わり気が付けば奇跡的なことも体験できているのですからね。人はそれぞれ違う目的を持って生まれて来るのであり、その目的を成就するためには十人十色の方法があり切っ掛けは何でも良いのです。つまり縁は何処にあるか分からないものでありその縁をキャッチできて初めて正しい法に進めることができるの事を自らを振り返り分かりました。そしてその縁を生かすのは真なる己であり神の子である自分ということ。決して神にはなれないのであり他人が認めようとも真なる自分が己を裁き続けることが要なのです。それを言い聞かせ常に道を歩んで行きまず。そうして夢はそんな自分を振り向くと仲間がズラリとついて来ている、そんな事を思い描いています。
そのようになるといいですね。
そう思い描くなら、いずれはそうなるとは思いますが、それが今生できるのか、それとも来世、来々世になるのかは分かりませんね。
今生は神の心に背く人があまりに多いからです。