1月 11 2018
徳のない人
例の最強寒波の影響で大雪になっているところがあるようですね。
まだ、この寒波は四、五日続くようです。また大きな被害が出ないか心配です。(というか、出るでしょう)
しかし、このブログを読んでいて(法が書いてあるものを読んでいて)悪いことが起きる人の方が多いというのですから呆れますね。
普通であるなら、法が(本当の神の教えが)書いてあるものを読んでいるのですから、奇跡が起きてこないといけないはずなのに、奇跡が起きる人はごくわずかで、災いが起きる人がたくさんいるというのですから、それでは、どれだけ多くの人が神の心に逆らっているのかということになります。
だからいいことが起きないのです。神の心に逆らう人ばかりであるからです。(それはこのような天気を見ても分かりますが)
神の心には従わないといけないのです。そうしないと(悪いことが起きるばかりでなく)徳を得られることもないからです。
久しぶりに三国志時代のことを書きましょう。
劉備が蜀を支配する前、この蜀は劉しょうという人物が治めていました。
この劉しょうの下に法正という人がいたのですが、この人は大変有能な方ではありましたが、劉しょうの下では重用されることはありませんでした。
この法正という人は、劉しょうではこの蜀を守りきることが出来ないとかねがね考えていました。(劉しょうは凡庸な人物でありましたから)
その後、法正は劉備が蜀の地をほしがっているということを知り、劉備ならこの蜀を守ることが出来ると、法正は劉備が蜀を取る時に大いに協力して活躍し、支配に成功した時、劉備の策謀相談役となるのです。
そうして蜀を支配した劉備は、法正の策により曹操を何度も打ち破ることに成功しますが、こと軍略だけに限れば、この法正という人物は諸葛孔明より上であったのではないでしょうか。
性向は異(こと)なっていましたが、孔明も法正の智術は高く買っていましたし、曹操も「わしは有能な人材をほぼすべて集めたが、なぜ法正のみ手に入れられなかったのだろうか」と嘆(なげ)いたといわれます。
それほどこの法正という人は優れた軍師であったのです。
しかし、それほど優れた人物であった法正もいま現在はそれほど知られていません。
なぜでしょうか?
活躍期間が短かったということもありますが(法正は四十五くらいで病死しています。劉備の軍師として活躍したのはわずか数年でしたから)この法正という人は、軍略の面ではたしかに優れた人物ではありましたが、その反面、徳という部分がなかったのです。
この人はずいぶん情にうすかったようで、蜀の太守に着任すると、わずかな恨みにも必ず報復し、自分を非難した者を勝手に殺してしまったということもあったようです。
三国志を書いた陳寿は法正を次のように評しています。
「法正は判断力に優れ、並外れた計略の所有者であった。しかし、徳性について賞賛されることはなかった」
そのような徳のなさが祟り、それで後世それほど人気が出なかったのではないかと思われますが、しかし、この法正がもっと長生きをしていたのなら、蜀の運命は大きく変わっていたことでしょう。(魏、呉、蜀の三国の中で、蜀が一番はじめに滅びるということはなかったでしょう)
そこは少々残念ですが(やはり私は蜀の〔劉備の〕ファンですから。〔笑〕)しかし、もしこういう人が現代に生まれ変わってきているのなら、さぞ頭のいい人なんでしょうね。
三国志の頃から頭は抜群によかったようであるからです。
しかし、徳の方はどうでしょう。過去世でそういう残酷なことをしているのなら、今生もその業は必ず現れます。そういう残酷な(恨みには必ず報復し、非難した者は殺す)部分は出てくるのかもしれません。
そのものずばりが出るわけではありませんが(死んだ後、あの世でそういう部分はずいぶん反省させられますから)しかし、そういうところがゼロになるわけではありません。
多かれ少なかれ、そういう部分は現れるのです。
まあ、こういう業の持ち主がもし今生でてきているのなら、その人は、そのような残酷な部分をなくし、徳を得る努力をしないといけないのです。
それがその人の今生の一番の修行であるからです。
まあ、この法正に限らずです。そういう徳のない人は案外多いのではないでしょうか。(自分が気づいていないだけでです。〔笑〕)
しかし、そういう徳のない人が徳を得るにはこの法の実践が一番です。法の実践以上の徳を得る方法はないからです。
だから、好き嫌いをいうのではなく、思考停止するのではなく、何でもここに書かれてあることは実践することです。
そうすれば、徳はいくらでも得られるからです。(私がよい例でしょう。毎日、鳥やら魚やら寄ってくるんですから。徳を得すぎてあふれています。〔笑〕)
徳がない人ほど悲しい人はいません。もう少し徳を得られる努力をされませんか?
そうすればこれだけ悪いことが起きることもないからです。



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