1月 18 2018
目先の利
ここ二、三日は暖かいんですが(今日も暖かいんでしょう。少し楽です)急に暖かくなれば雪が多い地方は雪崩や落雪など心配です。
そうして、このまま暖かくなってくれればまだいいのですが、また、来週から強い寒気が入ってきて大雪になるところがあるとか。
本当に極端な天気が続いています。
いい加減、罰当たりな行いはやめたらどうでしょう。日本の人たちが罰当たりな行いを改めない限り、異常な天気は(罰は当たり)続けるからです。(本当に当たり続けています)
こう天気が極端では(お年寄りなど)病気になる人も出てくるのではないかと思われますが、しかし、この辺りは、これだけ病気になっている人が多いのです。(この辺りは年寄りにかかわらず老若男女がです。それだけ罰当たりな人が多いからです)
案外、私のマネをしてやっている人もいるのかもしれませんね。私を病気にさせようと、そのような祈りをです。
しかし、いつまでたっても私は病気にならない。そういう祈りをしていた自分が病気になって、ああやはりそういう祈りをすると自分が病気をするのだなと、分かった人がいるのかもしれません。
昨日ふとそういう人がいるかもしれないなと思えたからです。
まあ、私のいうことを信じない人は試してみればいいのです。私はあちこちで嫌がらせをしてくる人を祈っています。
では、私のマネをして私を祈ったらどうですか?私が病気になるようにとです。(もちろん私はそういう祈りはしていませんが)
そういう祈りをすれば自分がどうなるか分かるからです。別に私は全然かまいませんよ。どれだけ祈られてもです。
この辺りは、私に祈られるとムッとする人が多いのですが(苦笑)じゃあ嫌がらせなどしなければいいのです。私は何もしてこない人を祈ったことなど一度もないからです。
まあ、私がいっていることが嘘だと思うなら(人を病気にするような祈りをすれば自分が病気になる)自分でやってみてください。
そうすれば、私のいっていることが嘘ではないと分かるからです。
しかし、私を祈る祈らないはともかく、私に嫌がらせなどしている間は、そのような人は絶対に幸せになれないのです。
まだ、分かりませんか?そういう事実がです。
事実ではないですか。だって私に嫌がらせをしている人でいいことが起きた人などいないでしょう。
病気になっている人が多いようですし、自分が病気にならなくても家族や友達がなったという人はたくさんいるはずです。(この辺りなどその典型でしょう)
病気になって幸せという人もいないでしょうから、そういう病気になる人など出たら(自分や周りに)それだけで不幸です。
では、私に嫌がらせをして幸せな人などいないのではないですか。そういう人たちに、そのような不幸は必ず起きているはずだからです。
しかし、残念ではありますが、そのような人たちはそれだけですまないのです。
その後、人に騙されたり、行きたいと思っていた学校に入れなかったり、会社が倒産したり、家庭内がうまくいかなくなったり、今すぐに本人に病気が出なくても、例えば、結婚したとたんに病気になるとか、子供が生まれた時に病気になるとか、そういう(非常に)運の悪い順序をもらうのです。
法を説く人に嫌がらせなどしている人たちはです。
法を説く人によいことをしている人たちは、非常に運のよいことが起きるのですから、当然、その逆が起きるわけです。
だから、私に(法を説いている人に)嫌がらせなどしている人たちは絶対に幸せになれないといっているのです。
法を説く人に嫌がらせをしているということは、神に逆らっていることと同じであるからです。(神に逆らっていてはいいことは起きません。そうして最終的には〔死ねば〕地獄行きです。最後の最後まで悪いことは続くのです)
それが事実なのです。その事実を多くの人たちはいつまでたっても理解しないのです。
今のことしか見ていないからです。
昨日も私が歩いていると怒ってガンガンやっているのがいました。(ある工事現場でです)昨日書いたブログが気に食わなかったのでしょう。
それで私が「今日書いたブログを見て怒っているのか?智慧がないと書いたのが気に食わなかったのか?一回や二回書いたくらいのブログで怒るのはいいが、じゃあその前に書いたブログはどうなんだ。そのずっと前から書いていたブログで心が救われたことはなかったのか?神や心のことで知らないことを知ったことはなかったのか?そういうブログには感謝一つしないくせに、一度や二度書いたブログには怒るんだな。勝手なもんだな」といってやりました。
そうしたら、とたんに静かになりました。(苦笑)
こういう短絡的なことをしているから、私は智慧がないといっているのです。
私のブログを見ている人は、これまでのことも考えなければ、先々のことも考えない、その時、その時のことしか考えない、そういう人が多いようで、だから不幸になるのです。(だから悪いことしか起きないのです)
目先のことしか考えていない人ばかりであるからです。
そんな目先のことしか考えていない人たちがどうして幸せになれるでしょう。
これまで受けた恩も考えなければ、先のことも考えない、今の感情だけで動く、そんな自分本位な人が幸福になるわけがないからです。
昨日も少し書きましたが、保育園をつくるなとか、風鈴がうるさいとか、そういう自分の都合しか考えない人は、その時はそれでよくても(それで保育園がつくれなくなったり、風鈴をはずしたりしてです)いずれ、それ以上の苦しみが(保育園の子供がうるさいとか、風鈴がうるさいとか以上のです)その人に現れてきて、その人は苦しむことになるのです。
そういう順序をもらうのです。
そういう人たちは、自分たちが同じことをしてきたという恩を忘れ、自分の都合だけの間違った行いをしているからです。(善因善果、悪因悪果、そのような法則は必ず作用します)
だから、目先の利だけを追っていてはいけないというのです。
過去のことも、今のことも、そうして先のことも総合して考えて、自分の行動は行わなければいけないのです。
そのどれを考えなくても、その人は不幸になるからです。
このような異常現象が日本に起き続けているのも、あまりに短絡的で自分本位な考えの人が増えたからです。
そのような人が多い間は(そのような人が考え方を反省し、変えない間は)異常現象は起き続けるのです。
心と行いを変えませんか?
それ以外で、この日本から異常現象をなくす方法はないからです。



人目の訪問者です。

前回の大河ドラマを観ていてハッと思ったことが有りました。西郷さんが借金のかたにされる農民の娘一人でさえ救えなかったと号泣するシーンでした。たとえドラマではあるものの西郷さんならあり得ると思って感心していたのでした。すると心から、人一人許せんで何が皆を救うのか。そんなことがフッと浮かんできたのでした。さて何のことと自身を振り返るとそれは会社の上司のことと分かりました。この上司は以前と比較して随分と成長されましたが、未だに仕事の指示に一喜一憂する事もあり自身がまだまだ未熟であることを知らされました。口先で愛だの感謝だの言って実は行動が伴っていないことを反省するでした。
言葉が足りませんでしたね。要点は、上司が成長されているのに私と言えば未だにこの上司の出す仕事の指示に一喜一憂する自分が恥ずかしく思えてきたのでした。そんな自分に今晩も反省するのでした。
今日のブログで愛や感謝の大事さを書きましたが、そういうものをすべて兼ね備えた、西郷さんのような大きな人間になりたいものですね。