8月 11 2018
周りに現れる数々の奇跡
一昨日の話です。久しぶりに名古屋港に行ったんですが、そこでまた凄い奇跡が現れたのです。
その日、私が名古屋港に行くとわりと海は静かでした。
「お前らいないのか」と海に向かい声をかけていましたが、暑いからでしょうか、少しざわついている水面はありましたが(多分そこには十センチ前後の魚が海面近くまで上がってきているのでしょう。最近は名古屋港で呼びかけていると、そういう小さな魚たちが〔いわしかなんかでしょうか?〕たくさん上がってきて水面を泳ぎまわったり跳ねたりしていますから)全体的には静かなもので、魚が跳ねる気配もなさそうでした。
場所を移動しながら、海に向かって声をかけていましたが魚は全然跳ねませんでした。
しばらくそこにいましたが、何しろ暑くて(一昨日も名古屋は最高気温が三十八度を超えていましたから)あまり長くはいられないなと思い早めに帰ることにしました。
それで最後に一番初めに見ていた辺りの海をまた見に行ったんですが何か変なのです。
何か分かりませんが、先ほどと違い(先ほどは静かなものでしたが)海の上を細かく光るものがたくさん跳ねていました。
「ン。何だあれ?」と思い、段々海に近づいていくと、その細かく光って跳ねているものはすべて魚だったのです。
最初に来た時にざわついていた辺りにいたような十センチ前後の魚が、そこらじゅうで跳ねています。
それにしても凄い数です。
しかし、そればかりではありませんでした。なんと先ほどは一部の海面がざわついていただけでしたが、いま見ているとその辺り一面の海面が全部ざわついているではありませんか。
ということは、そこらじゅうにたくさんの魚たちが浮かんできているということになります。
浮かんできていると簡単に書いているのですが、とにかくその数が物凄いのです。幅でいえば十から二十メートルくらいでしょうか。
そうしてそれと同じくらいの距離の沖くらいまで、その辺り一面の海面がざわついているのです。
いっている意味が分かりますか?
十~二十メートル四方の海面一体にびっしり凄い数の魚が水面近くまで浮かんできているということです。(びっしりですよ、びっしり。もうぶわっーて感じでいましたから。〔笑〕どう表現していいか分かりませんが、超たくさんいたということです)
だから、先ほどたくさんの小魚が跳ねていたのです。
浮かんで来ている魚の数が度外れているのなら、当然、跳ねる魚もたくさんいるはずであるからです。
それにしても、先ほどまでは静かな海であったのに、一時間たつかたたないかくらいの間に、凄い数の魚たちが底から海面近くまで上がってきているというのですから驚きます。
「何でこんなに魚がいるんだ?」
私は不思議で仕方ありませんでした。
物凄い数なのです。私は海でこれだけ多くの数の小魚が海面近くまで浮いてきているのを初めて見ました。
魚が浮いてくるにしても、その数の度がすぎていたからです。
その浮いてきている魚の数は数万(数千程度ではありませんでした)数十万、数百万匹か、もう想像がつかないくらいの数なのです。凄い数の魚がそこらじゅうの海面にいるのです。
この辺りの海にこれだけの小魚がいたのか、とそちらも驚きました。
名古屋港の岸のすぐ近くに何万、何十万(下手すれば何百万)という数の小魚がいる、こういうことを専門家にいったら笑われるのでしょうか?
しかし、実際にいたのです。私はそれを目の前で見たからです。
ちょうどその時、私の後ろを音を立てて歩いて行くオッちゃんがいましたので「オッちゃん、人に嫌がらせなどしていないで、ちょっと海を見てみろよ。凄い数の魚がいるぜ」と声をかけたのですが、なんとそのオッちゃん、私のいうことを無視して、わざと海を見ずに歩いていくのです。(苦笑)
別に港を歩いているんですから、海を見るのは普通のことでしょう。それにもかかわらず私が海を見ろというと、その海は見ずにまっすぐ前を見て(でもちょっと海が見たいような雰囲気はありました。チラチラ横を見ていた感はありましたから)私に嫌がらせだけはしながら歩いていく。
横で凄い奇跡が現れているというのに、自分は人に嫌がらせをすることに一生懸命だというのですから、本当に呆れるほかありませんが(名古屋はこういう人ばかりです)こういう哀れな人を相手にしていても仕方ありません。
バカはほっとこうと思いましたが、しかし、これだけの奇跡を私一人が見ているだけとは、ずいぶんもったいない話だな、と思って周りを見回していると(少し離れたところに若いオネエチャンが二人いましたが、何か自分たちで楽しそうに写真を撮っていました。この連中に話しかけても無駄だろうと声もかけませんでしたが)ちょうどそこにヘリが飛んできました。
それで私が海の方に手を伸ばして「凄い魚、見てよ」みたいな態度を取って、せめてヘリのパイロットにはこの奇跡を分かってもらおうと思いましたが、そういう人たちしか、私の周りに起きている奇跡を知らないというのですから、ずいぶん寂しい話です。
名古屋で私の近くにいる人たちは、私に起きている奇跡を一切認めようとしません。(素直に見ようともしません)
それだけ法に背を向けているようではよいことが起きてくるわけがないのです。(本当に小さい人たちです)
悪いのは自分たちの方なのです。それを素直に認め、反省してこの教えを実践するなら、このような奇跡が次々に周りに現れてきます。
いつになったらそれが分かるのでしょう。しかし、このような頑なな態度を取る人ばかりでは、それが分かるのはいつになるのか分かりません。
しかし、それが分かるまで(自分たちが悪いと分かり反省するまで)災いは続くのです。
周りに奇跡が現れた方がいいのか、それとも災いが現れた方がいいのか、どちらがいいのでしょうか。
答えは分かっているはずなのに、我が強い人たちは本当に哀れです。
追伸…その災いといえばです。
この辺りで怒っている人たちが何で怒っているのか、その理由が最近分かりました。ある現象を通してです。
この辺りの人たちはどうも血尿が出る人たちが多いようなのです。だから、怒っていたのです。それを私のせいにしてです。
だから、ひどく怒っている人もいればずいぶん引いている人もいたわけです。血尿が出る人が次々に周りに出てきたら、気持ちが悪いですもんね。
しかし、血尿であるなら、まだ癌と決まったわけでもないのだし(癌以外の病気の方が多いですよね。血尿が出たくらいならです)それくらいのことでそう怒ることもないと思うのですが(私も自分に出ていないと思って気楽なことをいっていますが)とにかく、私に嫌がらせをして来る人たちに、そのような病気が次々に現れているようなのです。
そうして、その数が最近は度外れているようです。(今日、書いた魚の数ではありませんが。そういう奇跡も多分そういうことを暗示しているのでしょう。これからは数多くの現象が現れるということをです)
もう次から次にそういう人が出ているようで、それでどこかの会社の連中も、この近所の人たちも、この辺りの人たちも、ひどく怒ったり引いたりしているようなのです。(運転手連中もそうなんでしょうが)
もうそういう時代なのです。悪いことをしていればすぐに天罰がくだるというです。
それはこの辺りだけではなく日本全国を見ても分かることではないでしょうか。
この異常な猛暑もそうですが、十四号台風などほんと露骨ですよね。だって、日本本土にこないとなったら全然発達しないというのですから。
同じように海水温が高い海の上を通っているのに台風十四号は全然発達しないそうです。
それはなぜか?この台風は日本本土を直撃するような台風ではないからです。
ここ数年の間、こういう発達しない台風が一度でも日本本土に上陸したことがあるでしょうか?
一度もないのです。日本本土に向かう台風はすべて(すべてです)異様な発達をするような台風ばかりなのです。(強いとか、凄い強いとか、超大型だとかです)
しかし、日本に来ない台風はこういう台風がよくあります。
日本に来ない台風は発達しない台風がよくあるのに、なぜ、日本に向かってくる台風はすべて発達するのでしょうか?
これだけ露骨に台風の違いを見せつけられては答えは誰だって分かると思います。(特にこのブログを見ている人たちはです)
日本の(それも本土の)人たちが天罰を与えられているということです。
それはなぜか?
日本本土にこのブログを見ている(本当の神の教えを知っている)人たちがたくさんいるからです。その人たちが神に対して何もしようとしないからです。(本当の神の教えを伝えられていて神に対して何もしない、それだけ神に対す不遜な態度もありませんから)
それを私は何度も(何十度も)いっているんですが、誰もきこうとしません。だからこれだけの天罰がくだされているのです。
神の心を誰も理解しようとしないからです。
このようにこの辺りだけではなく、すでに日本全体にも次々に天罰は加えられています。
では、この天罰を止めるにはどうしたらよいのですか?
このブログを見ている人たちが自分たちの行いを反省し、神の心に叶う生活をするしかないのです。(つまり私のいうことをきくしかないということです)
嫌もへったくれもありません。それが嫌なら天罰を食らっても仕方がないということになります。神に対し傲慢な態度を取り続けていては天罰を食らうのは当たり前のことであるからです。(その自覚があろうがなかろうがです)
凄い台風がどれだけ来ても、どれだけ血尿が出てもかまわないという人は、そのままの生活を続ければいいでしょう。
しかし、少しでもそのような(天罰ばかり食らう)生活から逃れたいという人は、私のいうことをきいてください。
そうすれば、今日ブログに書いたような奇跡が次々に現れる、愛のある幸せな生活が出来るようになるからです。



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