11月 21 2011
高速増殖炉もんじゅ
始めは「夢の原子炉」とよばれ、その後、トラブル続きでほとんど稼働していない高速増殖原型炉もんじゅの存廃が昨日(二十日)の「提言型政策仕分け」で議論されました。
結果は、もんじゅの抜本見直しということになったようです。
政府の政策仕分けでは抜本見直しということに決まりましたが、結論から言えば、この“もんじゅ”は廃止させてはならないということです。(前にも言いましたが、原発をゼロの方向にもっていくことはいけないのです)
どれだけ、もんじゅに金がかかろうが、トラブル続きであろうが、この核燃料リサイクルの研究はやらなければならないのです。どちらにしても原発は現在も動いているのです。もんじゅを廃止してしまったら、では、放射性廃棄物である原子炉カスはどうするのでしょうか?この原子炉カスは原発を動かしている間は出続けるのであるし、これまでの原子炉カスも相当の量が溜まっているのです。それをどのように処理するのでしょうか?
もんじゅは「発電しながら燃料を生む未来の原発を開発する」という触れ込みで始めたのですが、こうトラブル続きであると、そんなものできないのではないか、と思う人も出てきて、できそうもないものを研究するのはやめろ、と言うことにもなるのですが、そんなことはありません。ちゃんとそれをするために生まれてきている人はいます。そのような人たちが、まだその使命を果たしていないだけです。(天にはそれができる計画がすでにあります。ただ、それがまだ使命を持った人たちに降りてきていないだけです。その人たちの心がきれいになれば、その計画はすぐにでも降りてきます)
原発の研究開発をすると決めて、その使命を持って生まれてきた人たちは、それを実行していただかなくてはいけないし、それをするために生まれてきている人たちがいるのですから、そういう人たちの使命を果たす場を奪ってはならないのです。
現在は原発事故の影響で原発が目の敵にされていますが、何度も言いますが、その利権の構造などはたしかに改革しなければなりませんが、原発事故の被害が甚大だからと、もう原発を止めてしまおうと思ってはならないのです。
どれだけ巨大なエネルギーであろうと、それをコントロールできるだけの心はどの人にも備わっているのであるし、その巨大エネルギーが間違った方向に(たとえば爆弾に使ったり、今回のような事故を起こしたり)行かないようにする力(もちろん一人一人の心のあり方です)も私たちにはあるのですから、当然その力を発揮しないといけないし、また、その力を発揮しなければ心の向上はないということです。
危ないから止めてしまえ、では心の向上はないのです。
どれだけ巨大なエネルギーであろうと、私たちはそれを使いこなさなければならないし、また、そうしなければ物質的な科学の発展も、精神的な心の向上もないのです。超巨大で危険なエネルギーだからと、逃げていては、心の発展も科学の発展もありません。
私たちはどのような巨大なものでも、使いこなせるだけの力を備えているのです。私たち一人一人は、原子力などより遥かに広く大きい心を持っているのです。その心の偉大さを知り、その力を発揮するために、私たちは今ここに生まれている、ということをもっと自覚しなければならないのです。
(高速増殖炉“もんじゅ”の名の由来が文殊からきているそうですが、それではあまりにげんが悪い、実際の文殊のひどさを知らずにつけたのでしょうが、こんな名をつけているから研究も進まずトラブル続きなのではないでしょうか。名を“しゃりほつ”に変えてやられたらどうでしょう。天から舎利弗の智慧が降りてくるかもしれません)
追伸…立川のオバちゃんがタイの洪水のことで、タイの洪水の水が減るのを私が分かっていて、あのような書き方をしたのだろう、あなたは詐欺師か、と言ってきました。(オバちゃんがそう思うほどタイの洪水の水が減ってきたのと、このブログに洪水のことを書いたタイミングがぴったりだったのでしょう)つまりオバちゃんは、私の祈りのすごさを証明してくれたことになります。(あのでたらめなオバちゃんでも、タイの水が減るのを知っていたのではないか、と思わせるほど、天がタイミングよくタイの洪水の水を減らしてくれたのですから)この世の科学ですら、タイの洪水の水がいつ引くかなど分からなかったのです。それなのになんで私がそんなことを先に知ることができるのでしょうか?私の霊力でですか?残念ですが私は、タイの洪水の水が減るのを先に知るほど霊力に長けていません。あれは私の祈りがきかれたのです。(オバちゃんは死んでもそれを認めたくはないでしょうが)私の祈りを天がきいてくれたから、タイの洪水の水を天が私のブログにあわせて引いてくれたのです。(あれほどタイミングよく水が引いているのですから、天が私の祈りをきいてくれた一つの証明になるのではないでしょうか)それともう一つオバちゃんに言っておきたいのですが、仮に私がタイの洪水の水が減るのを知っていたとします。それなら、そのような人を詐欺師と言う言い方は間違いです。(先に起きることをすでに知っていたのですから)そのような人は予言者というのです。言葉の意味をよく理解して書かないと笑われますよ(笑)。



人目の訪問者です。
