9月 16 2018
福の神
だいたい、私が通っただけで悪いことが起きていたら、私はただの疫病神です。
法を説いている者が疫病神のわけがありません。法を説いている者は福の神なのであり、その福の神を疫病神にしているのは法をきいている人たちの行いが悪いからです。
だから、この辺りの人たちは悪いことばかりが起きるのです。福の神がいるのに、その福の神を(自分たちの行いが悪いばかりに)疫病神にしているからです。
本当に大丈夫なんでしょうか。この辺りの人たちはです。昨日も怒っている人がたくさんいました。
その怒っている人たちは、その怒っていることを本当に私一人がやっていると思っているのでしょうか?
そこらじゅうにそういう人があふれているんですが、それがみな私一人のせいなんですか?
凄い数ですよ。(分かっていますか、その数の多さをです)
例えば、その怒っている人たちの周りで病気になる人が出ていて、それを私のせいにして怒っているのだとしたら、それだけでずいぶん多くの人を私は病気にしているということになりますが、そういうことを一人の者がやれるものでしょうか?
それに、何でそんなことを私がしないといけないのでしょう。そんなことをしていたら(それだけ多くの人を病気にしていたら)一体どれだけ多くの人から怒りや恨みを買うか分からないのです。
そんなことをしていれば命まで狙われます。そんなバカなことをするわけがないでしょう。
そういうわけの分からない異常な噂をなぜ信じるのですか?(そこらへんほんと不思議です。よく真に受けますね、こんな話を)
縁もゆかりも恨みもない数多くの人たちを、次々に病気にするなど、ありえない発想でしかないのです。
そういう根も葉もないわけの分からないこじつけ話を(悪いことをすべて私のせいにしている無理やりなこじつけ話です)いつまでも信じるのもいい加減にしてはどうでしょう。
そんな大嘘話を信じていては不幸にしかならないからです。
もう少しまともに考えたらどうでしょう。そんなムチャクチャなことをする者などこの世にいないのです。(だいたい、そんなことを本気でしていたら精神的にも参ってしまいます。人間が、そんな考えをもち続けていられるわけがないからです。〔多くの人を病気にするなどという考えを常にもっていたら心に安らぎなどなくなります。そういう考えをもち続けていたら人は狂ってしまうのです〕それに、そんなおかしなことをし続けているのなら、自分の周りにもおかしなことが次々に起きてくるはずです。〔例えば、自分や家族が次々におかしな病気をしたり、大きな事故にあって死んだりです。因果応報です〕しかし、私はいったって健康ですし〔肉体的にも精神的にもです〕悪いことが起きるどころか、私の周りには常に奇跡が起きています。周りに起きることに嘘はありません。私が人を病気になどしていない、これ以上の証拠はないと思いますが…)
何度もいいますが、くだらない無理やりな責任転嫁はもうやめにして、もう少し広い視野で世の中を見てください。
そうすれば、今なぜこの辺りに不幸なことばかりが起きているのかも分かるからです。
残念ではありますが、すでに日本全体で、この辺りで起きているような不幸なことは多々、起きているのです。
激しい天変地変はもちろん、様々な病気は増えているし、癌だってずいぶん増えているそうではないですか。
そうして死んで行く人もどんどん増えているのです。(多死社会)
今この辺りで起きていることと、日本全体で起きていることと、一体、何が違うというのでしょう?
起きていることは何も変わらないではないですか。
この辺りにも激しい天変地変は起きているし(ゲリラ豪雨や台風、竜巻など)おかしな病気は増えている(もちろん癌も増えているでしょう。そういう話はいろいろなところからきくからです)そうであるなら、当然、死ぬ人も増えているでしょう。
天変地変やおかしな病気が増えているのに、死ぬ人が増えないわけがないからです。
では、何も変わらないではないですか。この辺りも、日本全体もです。
ただ、日本全体で起きていることが、この辺りでも起きているに過ぎません。それがなぜ、私のせいなのでしょう?
しかし、ただ一つ(この辺りと全国では)違うことがあります。それはこの辺りには私が(法を説く人が)いるということです。
その違いが、この辺りに起きていることに影響しているのは確かでしょう。しかし、全国的に見れば、この辺りに起きていることも、全国的に起きていることもさほど変わらないということです。
もし、この辺りで私のせいで特別悪いことが起きているというのなら、この辺りの人たちの人口が急激に減ったとか、この辺りだけ急激に癌になる人が増えたとか、救急車の出動が異常に増えたとか、そういうことになってもおかしくないはずであるからです。
しかし、何年たっても、そういうことは起きてこないのです。(だから、全国的にも悪いことはたくさん起きているということです)
ですが、先ほども書きましたが全然影響がないわけではありません。影響はあるはずです。それは見ていても分かりますし、これまで何度も書いていますが、そのような法を説いている人に嫌がらせなどすれば罰が当たるのが必然であるからです。
その罰の分は災いが多く起きているのでしょうが、では、法を説いている人に悪いことをしなければよいのであって、その法を説いている人のいうことに素直に従い、その説いている法を実践するのなら、そういう人には奇跡が起きるのです。
起きている罰を人のせいにしている暇があるなら(罰は自分が悪いから当たるのですから)自分の心と行いを反省し、せっかく法を説いている人がいるのですから、その法に従ってみませんか。
そうすれば、これほど悪いことが(全国的に)起きている世の中にあっても、自分の周りには奇跡が起きてくるからです。
このような(災いが激しく起きる)世の中になったからこそ、本当の神の教えであるこの教えはより大事になってくるのです。(この教えに従わない限り、救われる道はないということです。こういう世の中になればよけいです)
法を説いている人は福の神なのであって、決して疫病神ではありません。
その福の神を疫病神にしてしまっているのは、その周りにいる人たちなのです。
世の中は次々に災いが起きる、そのような世の中にすでに変わっています。
いい加減、福の神の話を真剣にきいてみませんか。
そうすれば、その人には必ず福が舞い込んでくるからです。
追伸…アメリカのカトリック協会の聖職者が何十年にもわたり、未成年者に性的虐待を加えていたと話題になっていますが、このようなことはアイルランドやメキシコ、ドイツのカトリック協会などでも行われていたとか。
もう完全に、このようなキリスト教の聖職者たちは悪魔にやられていますね。
キリストも泣いていることでしょう。(皆、悪魔になどにやられてしまってです)
このような問題が明るみに出ると、いよいよ、正しい教えは一体どこにあるのかということを、世界の人々も嫌でも考えなければいけなくなるということになります。
このようなタイミングで、日本に本当の神の教えが出現したというのも(そうして、神の業がこれだけ現れているというのも)神の導きといわざるをえません。
この教えを世界に拡げなければいけない時が刻々と迫っています。世界の人々が、本当の神の教えの出現を待ち望んでいるからです。
それなのに、この神の教えを知りながら、少しも勉強しようとしない(拡げようとしない)というのであれば、そういう人たちに起きる現象は益々激しくなるのは必然でしょう。
世界がこの教えを待っているからです。
いつまで私のいうことを無視しているのですか。それでは世界も困るのです。
日本の人々は(このブログを見ている人々は)早くこの教えに目覚め、世界にこの教えを伝えなくてはいけないのです。
私たちの使命は(このブログを見ている人たちの使命は)重大であるといわざるをえません。
(その重大な使命を〔平気で〕無視している。それでは罰も当たるでしょう。それを私のせいにされてもねぇ。〔苦笑〕)



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