9月 23 2018
鏡のような心
それで少し前まで(最近は減りましたが)私はあちこちでよく待ち伏せにあっていたんですね。
そういう待ち伏せしている人たちの周りに癌になる人が出ていたのでしょう。それを私のせいだと思って、その人たちはわざわざ私に嫌がらせをしにきていたのです。
しかし、何で私が全然知らない人たちを癌にしないといけないのでしょう。そんなことをするわけがないですし、そんなに次々に人を癌になどしていたら、それが自分にも返ってきて私も癌になってしまいます。
自分自身のためにもありえませんね。そんなことをするのはです。
そういう噂はまったくのデマであり、多くの人が癌になり始めたため、わけが分からず、それをみな私のせいにしているだけなのです。
しかし、それは時代が変わって起きだした現象なのであり(そういう人たちが私に嫌がらせなどしていなければです)心が汚いと、もうどういう悪いことが起きてくるのか分からないのです。(だから天変地変も激しくなっているのです)
そうしてそれは、子供といえども同じなのです。(子供だからといって癌や天変地変がよけてくれるわけでもありませんから)
小さな子供でも親や周りの環境により心に多くの毒をためこんでいる子はいるのです。
そういう子供に癌などが出るのです。
そういえばよく小、中学生に待ち伏せされたんですが(それは今でもちょくちょくありますが)ということは、それだけ多くの小、中学生に癌が出ているということなのでしょうか?
だとしたら、相当やばいんじゃないですか。それだけ心に毒をためている子が多いということになるからです。
子供は社会ではなく、家庭環境や教育環境の影響が大きいでしょう。では、そういうところにも問題があるということになります。
どちらにしても、今のような世相を知るなら(細かく極端)そういう不幸になる子は増えていくでしょうね。
社会全体が間違った方向に行っているからです。(だから最近はアトピーとかアレルギーとかになる子が増えているのです。母親が極端な性格だったり、神経質だったりするとそういう子供が生まれて来るからです)
中道でおおらかになっていかないといけないのに、その逆を行っているのですから、どんどん不幸な人が増えます。
こういう心の人たちばかりでは、ただでさえ悪いことが起きるのに(中道とおおらかさの逆を行っているからです。それでは心が汚れていくばかりであるからです)これからどんどん正法の世が深まって行くのです。
それでは癌になる人が続出するはずです。(もちろん子供も含めて)
これから正しい時代になって行くのに、正しくない方向にみな向かっているからです。
癌を私のせいにして怒っている場合でしょうか。
今の方向のままの(細かく極端な)人ばかりであるなら、残念ではありますが、この辺りは癌が続出することになります。
もうずいぶん前から、今のような(癌を私のせいにして怒っている)状態であるからです。(ということは、細かくて極端な人が多いということになります。たしかに、この辺りはそういう人が多いです。〔苦笑〕)
この辺りの人たちは、本気でこの神の教えを勉強して心を広く大きくきれいにしなくてよいのですか。
癌になってから後悔しても遅いからです。(子供らもそうです。癌を私のせいにして怒っているようならどんどん癌になっていきます。〔別に脅しじゃないでしょう。実際になっているんですから〕学校の勉強ばかりでなく、この心の勉強もしないと後々大変なことになるのです)
この辺り、これだけ癌になる人が出ているようでは、急がないといけませんが、昨日もあちこちで「あんたら本気で俺が次々に人を癌にしていると思っていたのか?そんなことするわけがないだろう。そんなことをしていたら自分も癌になる。因果応報ということを考えなかったのか」といって回っていました。
そうしたら、ほとんどの人がドン引きしているのです。(一部、居直って嫌がらせして来る人もいましたが)
この人たち本気でそう思っていたのだなと、改めて思いました。
どういう発想をしているんでしょう。そんなに次々に私が人を癌にしていたら、自分も癌になるとは誰も思わなかったんでしょうか?(本当に法則無視です)
何でそんなひどいことをしている者に鳥や魚がこれだけ寄ってくるのでしょう。
どうせ私のブログを読んでいるのなら、もう少し真剣に読んでもらいたいものです。
結局、こういう人たちが「こいつが人を癌にしている」と強い気持ちで私に嫌がらせなどして来るから、それが自分に返り、それで私に嫌がらせをして来る人に血尿が出る人(癌になる人)が続出しているのではないでしょうか。
そういう思いを持って(しかも強くです)人に嫌がらせなどすれば、その思いは当然、自分自身に返って来るからです。(もちろん因果応報です)
しかも、それを法を説いている者にしている。これほど危険な行為はありません。そういう思いで私に嫌がらせをして来るのは絶対にやめた方がいいでしょう。
即座にその思いが自分に返るからです。(だからトラックがこれだけ減ったんですね。あの連中は〔運転手連中は〕うんもすんもなくブシュと嫌がらせをするだけして行ってしまうからです。これだけ危ない行為はありません)
高橋先生からこういう話をきいたことがあります。
高橋先生の本が売れ出して、高橋先生が多くの人に知られ始めた時、ある霊能者が、それが面白くないということで、高橋先生におかしな祈りをしたそうです。
そうしたら、その祈りを始めてしばらくしたら自分の方がおかしくなってひっくり返ってしまったそうです。
その霊能者は苦しいので、すぐに高橋先生に「助けてください」と電話を入れたそうですが(苦笑)そういうことになるのです。
法を説いている人は心が鏡のようになっていて、そのようなきれいな心が即座に相手のして来たことを相手に返すのです。
鏡の中の自分は自分がした通りのことしかしません。自分がバカといえば、鏡の中の自分もバカといい、逆にあなたは優しいといえば、同じことをいうのです。
心が鏡のような人に悪いことをすれば即座に悪いことが、よいことをすれば即座によいことが返ってきます。
とういうことは、鏡のようなきれいな心になるなら、自分に災いは起きなくなるということです。
すべての悪を跳ね返してしまうからです。(しかし、よいことはよいこととして受け入れればいいのです。そこらへんは自在に出来ますね。悪いものは心に入れずによいものだけ入れるということはです)
これからはもう鏡のような心にならないと悪いことしか起きてきません。
いつまで狭く小さな心でいてよいのですか。
そういう心のままでは決して鏡のような心にはなれないのです。
(ということは、危なくて仕方がないということです)



人目の訪問者です。

こんにちは。退院して少し落ち着きましたのでコメントします。先に先生が書かれましたように、今回の入院は私に取って尚、神への感謝が深くなり私自身がいかされていることの意義を見直す良い機会となりました。では私が今回の入院して感じた事を書きます。現在の総合病院は、如何に手術の患者を取り込みその手術を行い利益をあげるか、ということでしょう。現に私とほぼ同時期に入院した方など術後一定の療養とリハビリを行い、松葉杖がつけるようになったら(約2~3週間)退院させられて以降は週一回のリハビリに通うことになってました。しかし、私はそんな中で視覚障がいを患っていると言うことで、病院側の配慮によって五週間の入院であったのです。松葉杖では視界不良で日常生活では危なく折角手術した患部が転倒などしては元も子もないとの判断で配慮をしてくれたのです。ということで入院が長引いたのですが、これがまた結果的に私には好転となったのです。それは、リハビリを通し歩行が安定してきた私が退院の近付いたある日リハビリ室で同時期に入院し早々に退院させられた方に会ったら、私と違い未だに足が痛く上手く歩けないようでした。それは退院後に週一でリハビリをしたものと、入院していて毎日リハビリでマッサージを受け歩行訓練を受けた者の違いであることは明らかです。なので私は今回の入院が偶然ではなく、この教えであったり神への存在をより強いものへと意識させる筋道であることを示して下さったものと思います。また、視覚障がいは私の定めであることも今回のことで明らかになったものです。一連の話をまとめると、視覚障がいとなった私はしっかり歩けと心身ともに自身を見つめる機会を頂いたものであり、その間に縁の合った、執刀医師、看護師、理学療法師や大部屋で共にした方々の全ては神の計らいとしか言い様のないことの内で過ごしたということでしょう。やはり約1ヶ月は長いもので気付くことも多く、次の機会に紹介します。
やはり正しい導きがあったようですね。これからも頑張ってください。