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5月 23 2019

心と災害

10:57 AM ブログ

もう素直に頭を下げたらどうでしょう。これだけの悪いことが起きているからです。

特にこの辺りの人たちはそうした方がいいでしょう。何しろこの辺りは史上最悪の災いが現れているからです。(車は減り、豚コレラは止まらない、未曽有の水不足は続いているなどなど)

そういう時は昔から(昔ならですね)自分の行いが悪かったと反省し、神に手を合わせて頭を下げ、行いを変えたものです。(もっと謙虚にです)

だから、災いも収まっていったのです。そのような行いが正しかったからです。

しかるにこの辺りの人たちは、災いが起きているのに反省して謙虚になるどころか、その災いを人のせいにしてよけい傲慢になっています。

これでは災いが止まらなくなり、史上最悪の災いまで現れてくるのも致し方ない話でしょう。そのような(傲慢で間違った)行いを皆が皆しているからです。

そのような態度を変えない限り、災いは収まらないのです。

この辺り(東海三県)でこのブログを見ている人たちは感謝して布施くらいされてはどうでしょう。(ずいぶん救われたでしょう。このブログを読んでです)

それくらい謙虚で徳を得る行いもないからです。そうすることが一番の災いを収束させる方法であるからです。

如来の教えなどそうは巡り合えるものではないのです。

そのような稀有な如来の教えに巡り合っているにもかかわらず、まったく感謝もしないで嫌がらせなどし続けているから(愛知の人だけでなく、三重や岐阜の人たちもです)これほどの災いも起きてくるのです。

それだけ(私だけでなく)神に対して傲慢でひどい態度もないからです。

如来の教えなど神の愛が現れてこなければ巡り合えるものではないのです。(それだけ巡り合うことが難しい教え)そのような(特別な)神の愛をいただいているにもかかわらず、まったく神に感謝しようとしない。

如来の教えをさも当たり前のように怒りながら見ている。

これだけ傲慢不遜でひどい態度もないのです。(ほんと何様でしょう。〔苦笑〕)それではひどい現象も現れてくるわけです。

それだけメチャクチャな態度もないからです。(超傲慢だわ、恩を仇で返しているわ、自分たちのひどい態度に対する自覚はないわ、もうやっていることがデタラメです)

しかし、これほどの現象が現されているにもかかわらず、それでもまだ自分たちの傲慢さが分からない。反省する気などサラサラない。悪いのはすべてお前などという態度を取り続けるのであれば、この辺りに起きている災いはもっとひどくなり、さらに悪い結果が現れてくるでしょう。

それはこれまでの歴史が証明しているからです。それを多くの人たちは知らないだけなのです。

これまで災いが止まってきたのはすべて(すべてです)その地域の人たちが反省したからです。

反省したから、その地域に起きていた災いは止まったのです。その反省の心を観て、神が災いを止めたからです。

そういうことを書いても、このブログを見ている人たちはなかなか信じませんが、しかし、私のいっていることの正しさを、それこそ平成の世が証明してくれたのではないでしょうか。

平成の世ほど大きな災いが立て続けに起きた時代はこれまでなかったからです。

なぜ、平成の世はあれほどの災いが現れたのですか?

それは平成の世の誰も、その災いを自分のせいとは思わず、すべて責任転嫁して反省しなかったからです。

だから、平成の世はあれほどの災いが、あれほど立て続けに起きたのです。誰も心を変えようとしなかったからです。

これまでは、起きている大きな災いなど(例えば、地震や台風、大雨や大雪など)時間が過ぎれば止まるとそう思われてきました。

しかし、平成の世はどれだけ時間が過ぎても大きな災いは止まらなかったのです。繰り返し、繰り返し、何度も起きて来たのです。

なぜでしょうか?

なぜ、平成の世はそれまで(明治、大正、昭和、それ以前も)起きていなかったような大きな災いが(小さな災いも含めてですが)いつまでたっても止まらなかったのでしょう。

それは、平成の世の人たちが過去のどの時代の人たちよりも、傲慢で無反省であったからです。

だから、災いが止まらなかったのです。だから、過去、起きたことがないような災いが立て続けに起きたのです。

過去のどの時代の人たちよりも平成の世の人たちは、傲慢不遜であったからです。

そのような災いはすべて人々の心によって起こされていたのです。それを多くの人たちは単に知らなかっただけなのです。

過去、多くの聖者がそのことは伝えていたはずなのにです。(釈尊、キリスト、モーゼなどなど)

それを多くの人は理解しようとしなかった、自分たちの心が災いを現すなど、そうそう信じられることではなかったからです。

しかし、昔の人は(平成以前の人は)すべてを信じないながらも、ある程度はそのことを分かっていたのです。

だから、大きな災いが起きてくると反省し、その結果、大きな災いは止まったのですが、平成の人たちは、まったく(まったくです)それを信じようとしなかった。

大きな地震が起きてくれば、それは地震の活動期、すさまじい台風や豪雨になれば、それは温暖化のせい、日本に災害が多いのは地形のせいなどなど、何か災いが起きて来ても、それをことごとく責任転嫁して、まったく反省しようとしなかった。

その結果が、大きな災いが止まることなく何度も何度も現れるという「平成の大災害」につながったのです。

起きている災いは時間が過ぎれば自然に止まるのではないのです。

それは後から見てそのように見えるだけで、その当時の人たちの心が変わったから、その時、起きていたひどい災いは止まったのです。

これまで数々起きた、地震や台風、大雨や大雪などすべてそうなのです。

あの平成の世のような天変地変が、これまでこれだけ立て続けに起きたことがなかったのは、その当時の人たちが、大きな災いが起きることによって心を入れ替えたから、起きなくなったのであり、平成の人たちのように、どれだけ災いが起きても、心をまったく変えようとしなければ、その災いは止まることはないのです。

むしろひどくなるのです。(この辺りがいい例です)

それを、平成の時代が証明しているのです。(私はくどいほどそれをいいましたけどね。誰も私の意見をきこうとしなかった。その結果が、平成の大災害となって現れたのです)

何度も書きましたが、平成の世ほど多くの人が傲慢不遜であった時代はないのです。その結果、これまでにないほどの災いが現れました。

令和の世も同じようにしたいのですか?

同じでかまわないというのであれば、そのままの(傲慢な)態度を続ければよいのですが、令和の世は平成のような大災害が起きる世にはなってほしくないと、そういう人がいるなら、その人は謙虚に私のいうことに耳を傾けるべきでしょう。

そうして心と行いを変えるべきでしょう。

そうすれば、その人に災いが起きてくることはないからです。

どちらにしても傲慢より謙虚です。その謙虚さを忘れてはならないのです。

そのような謙虚さこそ、どのような時代になっても、自分を守り、正しく導いてくれる唯一の指針であるからです。

(こういうことって他のもので分かりますか?他のもので〔本でもネットでも何でもいいんですが〕ここまで繰り返し、心のことを書いて、その現れる現象まで教えてくれるものってないと思うんですが……それにもかかわらず、多くの人が感謝もせず平気で読んでいます。もう少し謙虚な心と態度を取ってください。そうしないとまたどんな不幸が現れてくるかしれないからです)

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