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5月 28 2019

どちらが得なのか

10:53 AM ブログ

一昨日でしたっけ、北海道で39・5度という五月としては史上最高の気温を観測しました。

五月の史上最高気温が、なんと北海道で出るなどまさに異常気象ですね。(よりにもよって北海道で出なくてもねえ。〔苦笑〕)

だからいっているのです。布施くらいしないと(徳を積まないと)悪いことしか起きてこないとです。

こう考えるなら現在の日本で災いが起きていない人などいないですね。この数年、これだけの異常現象が起きているのです。皆、何か災いは受けているはずであるからです。(去年の西日本豪雨や殺人猛暑などもそうですが)

早くしないとまだまだ災いは現れてきます。いい加減折れて、神に頭を下げたらどうでしょう。無神論であった、神に不遜な態度を取り続けていた、自分たちが(そういう人たちが)悪かったからです。

しかし、そこが現代の(日本の)人たちの癇に障る(かんにさわる)ところなんでしょう。

日本では神を否定した方が常識人であるみたいに思われているからです。そうして日本で神の存在など信じる人は、自立心のない心の弱い人などとも思われているからです。

そういう(自信過剰の)人たちが、神に(自分たちが否定していた神に)頭を下げる、ありえない話ですね。(苦笑)

しかし、さすがに最近は、そのような考えは大間違いであったと分かる人も出て来たのではないでしょうか。

それほどの異常な現象が出続けているからです。(それについて私もこのブログを通し解説し続けているからです)

昨日もグダグダ怒っている人がたくさんいたのですが(今日も朝から凄いですよ。どこかの会社などです)どれだけ怒ったところで、それで災いが止まるわけではないのです。(怒って止まるくらいなら、もうとっくに災いは止まっています。この辺り怒っている人などわんさといるからです)

まだ分かりませんか。自分たちの態度を変えない限り災いは止まらないとです。

しかし、いつまでも、そんなくだらない態度を取り続けている意味が分かりませんね。

潔く、自分が間違っていた、自分が悪かったと、さっさと反省した方がよほどいいでしょう。そうして、この教えをしっかり勉強するのです。

そうすれば、自分が救われるのはもちろんですが、祈りもきかれるようになり奇跡も現れてくるからです。

そうして自分に危害を加えるような人たちには災いまで現れてきます。

いいこと尽くしなんではないですか。この教えを学べばです。

この教えを深く理解すればするだけ、そのような神の業が次々に現れてくるのです。これほど有難い話もないはずであるからです。

だから、どっちが得なのか少し考えれば分かるはずなんですが、それにもかかわらず、グダグダグダグダくだらないことをし続けてます。

本当にもったいない話です。

あり得ないほど得な道があるのに、自ら率先して不幸な道を進んでいるからです。

よく考えてみてください。この教えを勉強し、それだけ現象が現れてくるということは、それは即ち、自分が段々霊能者に変わっていくということであるのです。

霊能者に興味があるないは別にせよ、少なくとも、何も起きて来ない普通の人より、様々な奇跡が現れてくる霊能者になった方がよほどよい人生を送れるのではないですか。

釈尊やキリストもそうであったからです。(まあ、あの方々は別格ですが)

この教えを勉強している私たちが、どれだけ多くの奇跡が現れているのか、このブログを見ている人たちはみな知っているはずです。

例えば、この正法神理を少し実践するだけで、次々に祈りがきかれるのですよ。

では、仕事など祈りながらするなら、どれだけその仕事が成功するか分からないのです。その祈り方が正しければ正しいだけ、真剣であればあるだけ、よい方、よい方にと神が導いてくださるからです。

そうなれば成功は間違いなしと思うのですが(現にウナッシーさんでも仕事中に奇跡が現れていますから)何でこういうことが分かっているのに、それでもこのブログを見ている皆が皆(ウナッシーさん以外の)この教えに見向きもせず、無視を貫いているのでしょう。

本当に不思議ですね。このブログを見ている人たちの態度はです。

それでは(先ほども書きましたが)自ら率先して不幸の道を進んでいるのと同じであるからです。

だから災いを受けるのです。自ら望んで不幸を受けているからです。

昨日歩いていると、前から自転車に乗って走ってきた小学生がいました。(三~四年生くらいの男の子です)

その小学生は私の顔を見ると頭を下げたようでした。私はよその方を向いていてよく分からなかったので「ン」という顔をして、その小学生の顔を見ると、またその小学生は私に頭を下げたのです。

ほおと思い、私も「オッス」という態度で片手を上げました。そうしてすれ違っていく時に「お前は救われるな」と声をかけました。

するとその小学生はニコッと笑って走って行きました。

本当に久しぶりです。素直に頭を下げる、私に感謝できる小学生とあったのはです。(何日ぶりですかね。たまにいますから。そういう小学生もです。ほとんどの小学生は無視して行くか嫌がらせして行くかのバカ小学生ばかりですが)

中、高生はほとんどいませんが(私に感謝する者などです)しかし、私に感謝することはどんな小さな子でも出来るのです。

つまりどんな小さな子でも本当の神の教えを説いている者は分かるということです。それは次のようなことからでもその事実が分かるのです。

しばらく前の話ですが、やはり歩いていると、前から三人の子供が歩いて来ました。

男の子が一人であとの二人は女の子だったのですが、年でいうなら男の子が十歳くらいで、一人の女の子が八歳前後、そうしてもう一人の女の子が三つ四つくらいだったでしょうか。

わりと顔がよく似ていたので、多分兄弟なのでしょう。

その三人の兄弟が前から歩いて来たのですが、私の近くまでくると上の二人はバタバタ暴れ出して嫌がらせのようなことをしてきました。

「やれやれまたか」と思って「こいつら罰が当たらなければいいが」と思いながら見ていると、何と一番小さな女の子が(だから三つか四つくらいの子がです)私にぺこりと頭を下げたのです。

私は「エッ」と思いました。よりにもよって一番小さな子が一番正しい態度を取ったからです。

それですれ違う時に「自分が一番高いな」といって歩いて行きました。後ろを振り返ると、その一番小さな子が今度は喜んで歩いて行っているようでした。

どんなに小さな子でもその意味は分かるようです。もちろん心が一番高いという意味です。(まあ、心が高い子であるから意味が分かったのかもしれませんが)

普通であるならです。上の二人の兄弟が私のことを悪く思っているのですから(もう態度で分かります)そうであるなら、その一番下の子も私のことを悪く思うのが当たり前でしょう。

上二人が私のことを悪く思っているなら、一番下の子は、その上二人の兄弟の影響をもろに受けるはずであるからです。

しかし、それにもかかわらず、上二人とはまったく違う態度を(逆の態度を)その一番下の女の子は取ったのです。わずか三つか四つくらいの子がです。

私はその時つくづく思いました。年は関係ないなとです。救われる者はどれだけ小さくても救われるし、救われない者はどれだけ年を取っていても救われないとです。

この教えを勉強した方がよほど救われるのです。(そうして得になるようなこともいろいろ起きてきます)しかし、逆らっているのなら、その逆らっている間は死んでも救われないのです。(その逆らった心のまま死んでいくなら、そのまま地獄行きですから)

それなのにいつまでそんな残念な態度を取り続けるのですか。

この教えに従った方がいいということは、小さな子供でも分かることであるからです。

追伸…せっかくアメリカのトランプ大統領が来日されたのですが、交渉事が始まると前門のアメリカ後門の中国といったところでしょうか。(笑)

こういう交渉事もです。それこそ祈ってするとしないでは大きく違ってくるのですが、政府のお歴々がこの教えを知らないことが本当に残念です。

このままではどれだけ日本の国益を損ねるのか分からないからです。(当然アメリカにやられるでしょうから)

正しく祈って交渉をするなら、それこそ、日本にとっても、アメリカにとっても、有益な本当のウィンウィン政策が行えるのです。

祈れば、その交渉を神が正しく導いてくださるからです。(そうすると、両国にとってお互いにプラスになるという奇跡的な交渉が出来るのです。神の力はプラスにしか働かないからです。だから両国にプラスになる交渉が出来るのです。嘘ではなく、お互いに足りない部分を足してくれる、そのような交渉が本当に出来るのです)

早く国のお歴々にもこの教えが伝わることを願ってやみません。そうすれば、日本に起きている不幸もぐっと減って行くからです。

(天変地変だけではなく、政治、経済、教育などに起きている不幸もです)

2コメント

2 コメント to “どちらが得なのか”

  1. うなッシー2019/05/28 at 9:07 PM

    先日の大相撲の表彰にトランプ大統領が出られたと聞いたので早速webでその模様を拝見しました。ここからは持論になりますが、私は日本人として恥ずかしくなりましたね。まずはじめの安倍首相夫妻と入場する際の事ですが、何ですかほぼ全員がスマホをかざしていますよね。一国の大統領を迎えるになんと軽々しいものか。例えば一人でも姿勢を正し敬意を持って拍手で迎え入れた人はいたのだろうか?かりにも日本の国技であるあの場所でです。もはや相撲協会へも物申す!せめてスマホ厳禁、静粛の中で迎え入れ、拍手をもって敬意わ示す。その位は考えて欲しかったのが本音です。日本人の心を示す良い機会であったのにです。古い考えと思われる方もいるかも知れませんが大統領の立場から考えればわかるはずです。まるで何かのショーと勘違いでもしているかの様で、胸を張って、日本人ですとは言えない心境になりました。

  2. gtskokor2019/05/29 at 9:20 AM

    最近の日本の人たちは軽いですからね。
    皇室に対してもそうですが、最近は権威というものに対する尊崇の念がずいぶん欠けている人が多いようです。(これも何でも平等の弊害でしょう)
    それが神に対する(そうしてこの正法神理に対する)傲慢さにも現れています。
    しかし、神にまで軽い傲慢な態度を取り続ければ、それこそ罰が当たります。早く、その自分たちの軽さ、傲慢さに気づいてほしいものです。
    そうしないと起きている災いはいつまで続くか知れないからです。
    (昨日もひどい事件が起きましたからね。十九人も死傷したあの襲撃事件です。本当に様々な〔これまでなら考えられないような〕災いが現れてきます。不遜な人が多いからです)

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