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6月 13 2019

厳(きび)しくぶれない心

11:11 AM ブログ

皆さんの熱い視線は十分、分かりました。

分かりましたから、早く私のいうようにこれまでの行いを反省し、感謝して布施してください。 そうすれば救われて行くからです。

……熱い視線じゃなくて、単にみな怒っているだけなんでしょうか?ずいぶん多くの人から、ここ一日、二日はジロジロ見られているからです。

あっちからジロッと見られ、こっちからジロッと見られ、車の中から見ている人もありました。

まあ、確かににらみつけている人もいるにはいましたが、ジッとこちらを見ている人もいます。

それだけ私が気になるのなら、私のいう通りにしてみたらどうでしょう。そうすれば私がいっていることが嘘かほんとか分かるからです。

どちらにしてもです。今のままではまずダメでしょう。もう多くの人の目の前に災いが迫って来ているからです。

そのことに気づいていないだけなのです。その災いが見えるわけではないからです。

しかしそれは、道路を見ても分かりますし、東海三県に起きていることを見ても分かるでしょう。(また豚コレラが愛知県の田原市で発生したようですが)

すでに多くの災いが起きているのです。

では、まだ災いが起きていない人たちにも、災いは迫ってきているのではないですか。

その起きている災いは止まる気配がないからです。

まだまだ、ドンドン現れつつあるからです。(どこかの会社など悲惨なものです。今日も朝からすさまじいお怒りようです)

多くの人たちの心が汚いままであるからです。その心の汚れがこのような時代になると多くの災いを呼ぶのです。

それにもかかわらず、その自分の罪を全部私にかぶせ嫌がらせなどし続けているから、トラックの運転手など、これだけ多くの人に、これだけ多くの災いが現れるのです。

自分たちは心が救われ、その心が救われたものを実践するのなら(もちろんこのブログですが)自分の心もきれいになったのに、それを一切せず、責任転嫁ばかりしていたからです。

そういうバカげた行いを実践していては汚い心がよけい汚れます。

それが、これほどの(多くの災いが現れるという)結果となって現れているのです。

もういい加減認めてはどうでしょう。そのような事実をです。

だから私には奇跡が現れているのです。

その汚かった心を自身の努力でキレイにしているからです。(まだ、その最中ですが)

しかし、このような状況を見ているとつくづく思いますね。本当に神はぶれないなとです。

神のぶれない厳しさをアリアリと感じます。

だってそうでしょう。神は、心を入れ替えるまではどれだけ多くの災いを現しても、その災いを止めようとはしないからです。

どれだけ多くの人にどれだけ多くの災いが現れても、神は、その人たちが心を入れ替えるまで災いを現し続けます。

この辺でやめておこうとか、これくらいで許してやろうとは思われないのです。その人が心を変えるまでは、決して災いを止めようとはしないのです。

このような神の厳しくぶれない心には本当に恐れ入ってしまうのですが、それに比べて、現代の人たちは何と甘くぶれぶれの心であることでしょう。

そのような(神の心から離れた間違った)心がまた多くの災いを呼んでいるのです。

いま問題になっている、引きこもりなど、そのような間違った心がつくりだした災いの一つなのではないでしょうか。

今の人たちに神のようなぶれない厳しさがなかったため、中途半端な教育しかせず、甘やかしっぱなし、だからいじめも増え、これだけ引きこもるような人たちも増えてきた。

その結果、引きこもりが親の世話を受けるだけではなく、何か事件を起こしたらという心配まで出てきて(実際、そのような人たちの殺人事件がありましたし)仕事の人手不足にも拍車がかかり、移民問題も出て来たのです。

神のような心で、もっと厳しくぶれない教育をしていたら、これだけいじめや引きこもる人が出てくることもなく、そうであるなら、おかしな事件も減って、仕事も外国人に頼ることなく(何せ、全国に引きこもりの人は数十万はいるといわれていますから)日本の人々だけで十分回していけたのです。

このような部分だけ見ても、神の心を知ると知らないでは(実践するとしないでは)ずいぶん違うと思うんですが、最近は、なんでも(かんでも)自由だとか、無理をさせてはいけないなどといっている人がたくさんいますが、しかし、神は厳しくぶれない心を現し続けていられます。

それなのに、そんな自分勝手な(なんでもかんでも自由)甘やかした態度が通用するのでしょうか?

通用していないから、これだけ多くの人に災いが現れているのではないでしょうか。

神はなんでも自由などとはいわれていません。ちゃんと、神の心の通りの法則をつくられ、その法則の中での自由(秩序のある自由)を認められているだけなのです。

そうして、その法則から少しでも外れるなら、その外れた分だけ災い(反動)が現れるよう仕組まれています。

その法則から少々くらい外れても、あるいは長いこと外れていたのなら、それはかわいそうだから許してやろうなどというは甘さはどこにもないのです。

その法則から少しでも外れるなら、また、どれだけ長く、その法則から外れたままでいても、その法則に収まるまでは、神は、その人に災いを現し続けるのです。

「お前のいうことなどきけるか」も結構ですが、しかし、このまま自分たちのやり方を通すなら災いは止まらないのです。

もう神の心を知らなければ、そうして、その神の心を実践しなければ災いが現れる、そういう時代になっているからです。

これだけその通りの結果が現れているのですから、そこはもうお分かりいただけると思います。

その神の心をよく知っているのが私なのですが、それでも私のいうことなどきけませんか?

しかし、神の心に従わない限り、神は災いを止めることはありません。

心を変えないのに、許してくれたり、かわいそうだからこれくらいにしておく、などということは間違ってもないということを知ってください。

そのような神のぶれない厳しさを早く理解しないといけないのです。

追伸…まだまだバカバカ週刊誌連中は皇統つぶしをやめないようです。(そこはこの連中もぶれません。〔苦笑〕)

秋篠宮家狙いの悪口雑言など皇統つぶし以外の何ものでもありません。(ずいぶん罰当たりなことをしています…だからもう罰も当たっているのではないでしょうか)

そうであるなら、こちらも祈りをし続けましょう。神武天皇はじめ歴代の天皇陛下もずいぶんお怒りであるはずだからです。

私たちの祈りは天に(そうして歴代の天皇陛下に)通じています。

皆さん、ガンガン祈りましょう。

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