6月 20 2019
神の心
十八日に新潟で震度6強の地震が起きました。
山形でも震度6弱、その他、秋田、岩手、宮城、福島など広い範囲でも震度5~4の地震が起きたようです。
ずいぶん大きな地震が起きましたね。
その地震が起きたのが二十二時二十二分(午後十時二十二分)その日の午前中に私がブログを公開したのが十時五十分二十二秒、なんか微妙にあっていますね。
地震が起きた時間とブログを公開した時間がです。(午前と午後の違いはありますが、秒を分に変えたらそのまんまです。怖いくらいピッタリですね)
たまたまですかね。それとも前回のブログに書いたように、いつまでもこのブログをボケっと見ている人が多いため起こされたんでしょうか?
十八日の地震はです。
だとしたら、このブログを見ている人たちはずいぶん罪深いのですが、あれだけの地震が起きるには起きるだけの理由があります。
起きた時間を通して神の心を教えられたのでしょう。
早くこの教えを拡げろとです。いつまでもボケっとしているなとです。このブログを見ている人たちはです。
もうそういうことを書いても、それを信じない人の方が少ないでしょう。このブログを長く見ている人たちならです。
嘘を(適当なことを)書く者に奇跡など起きないからです。
この辺りの人たちは、その天の思いに思いっきり逆らっているから、これほどのことが起こされているのです。なんか凄いようですね。もう、この辺りで起きている災いはです。
小学生などずいぶん態度が変わってきました。ここ数日でです。
変わらないのもいますが(相変らずちょっかいをかけてくるのもです)昨日も小学生の集団と行き合いましたが、もう顔が引きつっている小学生がほとんどで、頭を下げてくる小学生もいました。
ここ数日は、顔を引きつらせた小学生とか、泣きそうな顔をした小学生をよく見ました。
やっと正しいことが分かって来たのか、それともよほど危ないことが起きているのか、それは分かりませんが、態度を変えた小学生が急に増えたのは事実です。
どちらにしても、私に対する態度は変えた方がいいでしょう。これまでは(小学生とはいえ)あまりに態度が不遜であったからです。
そういえば、中学生などはやたら怒っているし、高校生などは狂ったように大声を上げているのがいます。(どこの高校とはいいませんが)
そういう学生連中を見ていると分かりやすいですね。若い分、感情がよく表に現れてくるからです。
つまり、たくさん起きているのでしょう。
危ない現象がです。
それは周りの人を見ても分かります。この近所の連中はやたらうるさいんですが(どこかの会社など毎日もう大騒ぎです。何をそんなに騒いでいるんでしょう)少し離れると、もう歩いている人など暗い顔をした人ばかりです。
ずいぶん元気のない人が多いのです。(お蔭でこちらは静かでいいのですが)そうかと思うとやたら怒っている会社もあります。
本当に極端なのです。(変わらないのは運転手連中だけです。トラックなどずいぶん減ったのによく頑張ります。〔苦笑〕)
小、中、高校生、そうしてこの辺りの人たちの態度、それを見ていれば分かるでしょう。もう、嫌というほど現れているのではないでしょうか。
災いがです。(まあ、車もガラガラですから、それはそうなんでしょう)
しかし、残念ではありますが止まらないでしょうね。まだまだドンドン起きてくるでしょう。
災いはです。
この辺りの人たちの心が変わらない(汚い)からです。いつまでも私のいうことを無視して神の心に逆らい続けているからです。
それでは止まるわけがないのですが、それでまだ、そのような傲慢な態度をし続けますか?(まだ、頑張りますか?)これだけ気づきの現象が次々に現れて来ているのにです。
それではこの辺りの人たちだけではなく、日本全体が壊れてしまいますよ(ボケっとしている人が多いと書いただけで、あんなに大きな地震を起こされるくらいですから)いつまでもこの教えを無視し、自分本位なことをしている人たちばかりではです。
もうこのブログを見ているほとんどの人が神の存在を認め、そうして起きている奇跡も認めているはずです。
では、少々の手伝いくらいはしてくれてもいいのではないですか。深く手伝えとは誰もいっていないのですから。(やる気のない人たちにそんなこといってもどうせやりませんから。ねえ、ウナッシーさん。〔苦笑〕)
少しくらいの協力も拒否して自分のことばかりしているからこういうことも起こされるのです。このブログを見ている人たちがあまりに(神に対し)ケチくさいことばかりしているからです。
なんか、カッコ悪いとでも思っているんでしょうか?現代の人たちはです。神の心に従うことがです。
しかしもう、そういうこといっている時期も過ぎたでしょう。これほどのことが起きているからです。
昨日会った小学生たち、私に頭を下げるくらいの心を持っている小学生は救われて行くのでしょうが(そのような小学生は神を思う心があるからです。〔そういう自覚があるないにかかわらずです〕)それ以外の小学生は、これだけこの辺りに災いが起きているのです。
今の心のままでは危ないでしょう。
そのような心のままでは神に守られることはないからです。
不幸になってもかまわなければ心を変えなくてもよいのですが、不幸になるのが嫌なら、私のいうことを素直にきいて、せめて頭を下げるくらいすることです。
あなたたちは、本当に貴重なものを読んでいるからです。(もちろんこのブログ〔如来の教え〕です)それに対する感謝の心は(絶対に)忘れてはならないからです。
他の中、高生もそれは同じですが、中、高生は小学生ほど素直じゃありません。(苦笑)そこは自分で判断すればいいのですが、これだけはいっておきます。
あなたたちに起きている病気などの災いは自分が悪いから(心と行い)起きているのであり、私のせいではありません。
私があなたたちを病気にしていたら私が病気になります。そうなっていないのが(私は病気になどなっていませんから)私があなたたちを病気になどしていない何よりの証拠なのです。(それに全然知らない中、高生を次々に病気になどしますか?そんなのがいたら、それはただの気違いです。気違いに奇跡は起きません)
しかし、私に嫌がらせなどして、それで罰が当たるということはあります。
では、罰当たりな態度は改めるべきでしょう。あなたたちが先ほどの小学生と同じように、最初から私に感謝して頭を下げているのなら、そんなことは起きていなかったはずであるからです。
そういう(感謝の)心があったのなら、逆に奇跡が起きていたはずであるからです。
そのような正しい態度を取らなかったのは自分のせいです。(どういう噂をきいていたとしてもです。噂に左右された自分が悪いのです)だから、自分たちに不幸なことが起きたのです。
自分の判断が悪かったからです。
間違ったことをいっている者に奇跡など起きません。いい加減、奇跡の起きている者のいうことを信じることです。
それ以外で救われる道はないからです。
まあ、そのような学生たちは、それでよいとして(心を入れ替え感謝の心さえ表すなら救われて行きますから)肝心なのは、暗い顔をして歩いている(または怒りたくっている)大人の人たちです。
そういう人たちは感謝の心だけでは救われて行きません。いい加減、するべきことをしてください。
何度もいいますが、それ以外で救われる道はないからです。
よく考えてみてください。すべての人たちはやがては死ななければいけないのです。早い遅いの違いはあっても、死なない人など誰一人いないからです。
どれだけ栄耀栄華を極めていても、どれだけ体が丈夫で、健康を長く維持できたとしても、それでも死はやってくるのです。
この世に死から逃れられる者など一人もいないからです。
そうして、その死とは、この世の修行の清算であるのです。その死んだ時に、この世でやってきたことの正否がはっきりと分かるのです。
この世でどれだけ成功した人であろうと、また、長く健康であって長生きした人であろうと、この世で如来の教えとであっていながら、その教えを無視し続けるなら、その人の罪は重いのです。
それは死ねば分かるのです。
如来の教えを無視し続け、そうして死んで行った人たちは、その行き場所は地獄しかないということを知るべきでしょう。
その人たちが如来の教えを無視し続け、神を怒らせたその罪は(今回の地震でもそうですが)もうすさまじいものとなっているからです。(ご本人が知らないだけでです)
これ以上の罰当たりな態度はやめてください。(そうしないと本当に日本が壊れます)そうして少しのお返しくらいはしてください。
動物でも、如来の教えをきくなら(そのお返しの)感謝の心くらいはちゃんと表しているからです。
神の子の人間が動物以下のことをしているから、神も怒るのです。
神の心をこれだけ伝えているのです。
そうであるなら最低限の行いはすべきでしょう。それが神の子の人間としての最低限のあるべき姿であるからです。
・
追伸…罰当たりな人たちといえばです。
皇統つぶしを続けているバカバカ週刊誌の連中もまた罰当たりな態度をし続けていますね。まだ、それをやめようとはしないからです。
しかし、日本の中心である皇統を壊し、日本の人々をバラバラにしようとするなら(そういう自覚があるかないかは別にしても、それは悪いことですから)当然そのような人たちは裁かれて行きます。
だから、罰は当たるのです。自分たちのしていることは間違っているからです。
金のためか何のためか知りませんが、間違ったことはです。(それが仕事であろうと何であろうとです)早くやめた方がいいのです。
それが一番、自分のためであるからです。
自分がしていることは、自分だけではなく、すべて神はお見通しなのです。ごまかしはききません。(神だけでなく、実は多くの〔あの世の〕人が知っているのですが…)
それは(先ほども書きましたが)死ねば分かります。
誰でも死はやってきます。その時に後悔だけはしたくないものです。



人目の訪問者です。

勤め先が生産の見直しを前提に大幅な人事異動を発表しました。その中に今の上司も含まれていたわけです。それでこの人事異動を通して知ったことがあります。それは決して悪口ではなく事実を言うのであって誤解のないようにして下さい。実は今回の発表後に不思議と人事に関する裏情報が周りから入って来るのですから私も受けない分けにはいません。それで今回の異動対象者の中には直属の上司と揉めた結果なった人や、異動の話を受けて発表の直前まで揉めた人がいるということです。それを聞いた時には、そのような心で異動して良い仕事ができるのか、ということです。まあ人の制約はあるにしてもですよ、そんな心では肝心の生産体制の見直しが良い方に向くのでしょうか、そう問いたいのです。またそれとは別に残念な裏情報もあって、現場をまとめる長の中には社内で女を作り職務中であっても入り浸っているという事実です。それを知っている部下はもう既にいるわけで、その知っている人はどんな思いで仕事をしているかと考えれば、生産を好転させるには相応しくないものであるということです。概要はそんなところですが、日々仕事に周りの方に感謝と祈りで取り組んでいる私にとっては現実を通して心の実態を教えられたような感覚なのです。その中にあっても私はきっと変わらず感謝と祈りの日々を過ごすのでしょうが、ご縁があって働いているわけでありこの環境が真の意味で好転するのを願うばかりです。
ウナッシーさんの仕事場もいろいろあるんですね。(笑)
類は類を呼ぶという法則があります。移動で同じ部署になるということは同じような心の人たちが集まるということですから、そこでどういう仕事をするのかも、やはり集まってくる人たちの心の勉強なのでしょう。
まあ、社内で女をつくりまじめに仕事をしない長の人などは祈ってあげるといいでしょう。そうすれば、神が正しく導いてくださるからです。
ウナッシーさんのように感謝と祈りの生活を続けるなら、職場も段々よくなって行くことでしょう。
そういう人が増えてくるよう頑張ってください。