8月 27 2019
死んだ後の大変さ
だから、自由だの、多様性だのいいまくっている人は左翼に洗脳されているか、または、その左翼思想を浸透させようと(ということは、多くの人たちを不幸にさせようと)している左翼の活動家か、または他国の工作員かのどれかであるということです。
差別、差別と連呼し、何々ハラだの、何々ハラだのいいまくっている人たちも同じであるということです。
どちらにしても、そのような極端なことをいったり(そんなデモなど)している人たちは、ろくな人たちではないということです。揉めることを(不調和を)望んでいる人たちでしかないからです。
また、このような左翼思想家たちを応援する人が多々いるのです。
そうして正しい(調和する)ことを書いている私のような者は全然応援する人が出てこない、これはなぜだか分かりますか?
日本の混乱を望んでいる人が多いからです。それを喜ぶ国があるということです。(日本が国内の問題で手一杯なら他国のことまで頭が回らないからです)
その反面、日本を本当によくしよう、日本の人々をよくしたいという人は少ないからです。(そういう人は少ないでしょう。日本のことより自分のことだからです。だから、私のような神の力で本気で日本をよくしよう、日本に住む人たちをよくしようとする者は相手にしないのです。〔無神論も相まって〕引く人も多いからです。全然、日本を思わない人も少ないのでしょうが温度差がありすぎるのです)
自国に有利になるなら何でもする、そのような国も多いのです。(そういう国は多くないですか?例えば、中国でも、北朝鮮でも、韓国でも、この近辺の国など、どこでもそうでしょう。そういうところから金なども回ってくるようです)そのような他国の手先が日本国内にはたくさんいるということです。
これは別に日本だけではありません。どこの国も似たようなものです。その国を混乱させるような人たちは必ず存在するのです。
だから、やたら、他国に有利なことばかりいう人とか(日本でいうなら、中国、韓国、北朝鮮辺りにです)絶対にそういう国の悪口をいわない人とか、あるいは逆に何でもかんでも日本が悪いといい、日本の悪口ばかりいう人とか、そういう人たち(そういう政治家やコメンテーターなどたくさんいますが。〔笑〕)は、まずそのような国の工作員か、それらしいことをしているということです。(そういう国から金もたくさんもらっているということです。誰であろうとです)
また、そのようなすぐに分かるような人たちばかりでなく、左翼の活動家などもそうだし、それに洗脳されている人たちもそう(知らずに、そのような国の味方になっているのです)左翼ではなさそうに見せておいて、実際は日本を混乱させようと動いている人たちもいて(皇室の悪口ばかり書いている週刊誌などありますが〔皇室をつぶして日本をバラバラにしようとしているのです〕ああいう連中もそうです…だいたい、マスコミは多いですからね。そういう連中がです)そこらへんは実に巧妙なのですが、どちらにしてもです。
日本に住んでいながら、日本を裏切るような行為を平気でしている人たちは、どれだけ有名で地位や名誉があり栄耀栄華を極めていようとです。
死んだ後は大変であるということです。(この世の有名、無名、地位名誉、栄耀栄華などまったく関係ありませんから。死後の世界はです。この世でどれだけ正直に心から愛を出すことが出来たか、評価はそれのみですから)
そういう裏腹な心は正しい心ではないからです。逆に、そのような裏切り行為をすればするだけ、死んだ後は深い地獄に堕ちなければいけなくなるのです。
そのような行いは悪以外の何ものでもないからです。
その国に生まれたのなら(生まれていなくてもその国に住んで世話になっているのなら)その国をよくするために尽くすのが、正しい行いであるからです。
上面(うわつら)だけその国に尽くしているように見せていても、実際は裏腹なことをしているのなら、これほど間違った行いもないからです。
金のためだけに、そういう間違った行いをしている人たちが日本には(別に日本だけではないのでしょうが)ごまんといるということです。
そういう人たちが日本を不幸にしているのです。
そういう人たちは、生きている間は楽しい生活を送れるのかもしれませんが(しかし、そういう生活って楽しいですか?そのような裏腹な、あるいは揉めてばかりいる生活がです。〔調和した方がよほどいいと思いますが〕いくら金があってもです。そこら辺の感覚が分かりません。何せ私は正直ですから。本当のことをいわないといられない性格ですから。〔笑〕)死んだ後は、嫌というほど(その数倍、数十倍、人によっては数百倍)の苦しい生活があの世(地獄)では待っています。
生きている間などあっという間なのです。(何十年〔あるいは百年〕この世で生きても、そんなのあっという間でしょう)そのあっという間の世界で少々よい生活をしたいからと、間違ったことをし続けるくらい愚かな行いもありません。
間違ったことを行うより、正しい行いをされることです。そうすれば、本当の楽しい生活が送れるからです。
周りに愛があふれたです。
そういう人たちは、金にあふれた生活が楽しいと思っているのでしょうが、大間違いなのです。
本当はそれほど悲惨で哀れな生活はないのです。(自己満足してごまかしているだけでです)なぜなら、そんな調和とは裏腹な生活を続けて金を稼ぐのなら、周りにはたくさんの怒りや憎しみ、ねたみ、ひがみなどの思い(念)が現れてきます。(それはそうでしょう。やっていることがやっていることですから。間違っても愛は現れてきません)
そのような中でどれだけよい生活をしたところで、そのような周りの念を無視することなど出来ないのです。(いわれなくても感じますから)最後にはそのような念によってやられてしまうのです。
やられるまではいかない人もいるのでしょうが(よほど我の強い人はです)そのような念を常に感じているのなら自分の心に安らぎなど持てないでしょう。
心に安らぎのない生活の一体何が楽しいのですか?
そんな心の安らぎより、よい生活が出来るのならそちらの方がよほどよいではないか、という人もいるのでしょうが、それは強がりにすぎないのです。だって、どれだけよい生活をしたところで、そんな怒りや憎しみ、ねたみやひがみの念に常にさらされた生活など、所詮は上辺だけの楽しみであり、心から楽しめる生活ではないからです。(ありませんよね。そんな生活などです。そんなひどい念に囲まれていたのなら不安でしかないからです)
しかし、愛があふれた生活であるならばです。どれだけ苦しい目にあっていようと、それに耐えて、もっと正しい行いをしなければいけないという心が湧き上がってくるのです。
愛とは楽しいだけではなく、そのような無限の(神の)正しいエネルギーを与えられるものでもあるからです。(まあ、私がいっているのですからこれだけ説得力のある話もないわけです。そこらじゅうの人から嫌がらせを受け〔その反面、周り中の動物たちから愛も受け〕毎日つらい生活を続けている、私がいっているのですから。〔苦笑〕)
そのような愛ある正しい生活を続けるなら、生きている間に次々に奇跡は与えられますし、死んだ後も、もちろん天上界に行くことになります。
地獄が苦しい分、天上界のその楽しさは例えようがありません。常に愛と希望があふれた、正しい世界で長い間(この世の時間でいえば、数百年くらいでしょうか)楽しい生活を続けるのです。
もうこれからは、そのような不正直な間違った生活を金のためだけに(あるいは地位や名誉だけに)続けるなら、生きている間にいつどんな災いが現れてきて不幸になるか知れず(すでに不幸ですけどね。そういう人たちはです)死んだ後は、百パーセント地獄行きなのです。(地獄は決まりで、あとはどこまで深い地獄に堕ちるか、そこらへんがまだ決まっていないだけの話です)
正直で正しい生活をしてこそ、神の子の人間としての本分が果たせるのであるし、自分の本当の使命も果たせるのです。
裏腹な不正直な生活を続けることくらい、神に対する裏切りと、つらく苦しい生活もありません。(本当はそれほど不幸な生活もないのです)
正直な正しい生活を取り戻しませんか?そうしないと死んだ後は、どれだけ後悔するか知れないからです。
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追伸…死んだ後が大変といえばです。
昨日は朝から出て行ったのですが、もうそこかしこの人が怒っていましたね。
これだけ車も減っているのです。不幸が起きている人も多いのでしょう。
しかし、それを全部私のせいにされてもねぇ、それでは私も忙しくて仕方ないでしょう。これだけ多くの人たちを私一人で不幸にしているというのですから。(苦笑)
これだけ多くの不幸が起きているのです。時代が変わったとまだ気づきませんか?この辺りの多くの人たちはです。
私のいっていることが正しいから私には奇跡が現れているのだし、その私の説いている教えが本当の神の教えだから、ちゃんとこのような現象も現れているのです。
本当の神の教えだから、それに従う人には奇跡が現れ、逆らう人には天罰が現れるのです。本物であるからです。偽物であるならこんな現象など現れてきません。
その本当の神の教えを、この辺りの人たちはきいていながら、まったく感謝などせず無視して逆らいまくっているのです。
本当の神の教えをきけることに感謝せず、そうして従おうともせず、逆らっていて幸福になれると思いますか?
お分かりですか?だからこの辺りの人たちは不幸になっている人が多いのです。本当の本物の神の教えを何も理解しようとせず平気で逆らっているからです。
その教えに従うなら誰も幸せになれるのにです。
先ほどの話ではありませんが、こういう人たちは死んだ後はどうなるのでしょうか?
こういう人たちも同じなのです。死んだ後は大変(地獄行き)であるということです。
この辺りの人たちは、本当の本物の神の教えに逆らい続けているからです。(しかし、考えてみれば恐ろしい話です。本当の神の教えに逆らい続けているということは、神に逆らい続けているということと同じ意味であるからです。それでは幸福になるわけがないのですが…)
自分のそのような愚かなところを反省出来ない限り(責任転嫁している限り)幸せになることは絶対にないのです。
もちろん、死んだ後もです。



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