10月 09 2019
同じ態度と同じ結果
昨日大変なことが家の前で起こりましたので、そのことを書いておきます。
昨日夕方、家に帰ってくるとすぐ前のアパートに警察が来ていました。一番端(私の家側)の部屋でお巡りさんが二人、部屋の中で何かしているようでした。
その部屋は婆さんが一人で住んでいたのですが「何かあったのかな?」と思い、母にきいたのです。
そうしたらです。その婆さんが風呂で死んでいたとのことで、それで警察が来ていろいろ調べているということでした。(もう夕方四時半ごろから警察はくるわ、救急車はくるわで大騒ぎだったようです)
なにかその婆さん、二日ほど前に転んで頭を打ったそうです。それで病院に行っていたようなんですが、その婆さんが、風呂の中で死んでいるのが見つかったのです。
それこそ、一昨日くらいまで(たしか一昨日、この婆さんを見たと思いますが)普通に歩いているのを私は見ていましたので驚いたんですが、まあ、突然死なんでしょうね。
この婆さんもです。(最近この辺り、そういう死に方をする人が多いようですから。〔怖〕)
ほんとこの辺り、恐ろしいことがボンボン起きてくるようなんですが、この婆さんにもよく嫌がらせをされました。
この婆さんも私のブログを読んでいたようで、面白くないブログなど書けば、私が帰ってくるのを待ち構えていて嫌がらせをされたこともよくあります。
それでいて、私にまったく感謝などしなかったんですから、こういう死に方もするでしょう。(残念ではありますが、今頃は地獄ですね)
私に感謝して布施などしていればこんな死に方をすることもなかったでしょうに、そこらへんは本当に哀れです。
などと書いてもです。どうせこの辺りの人たちは「この婆さんはお前のせいで死んだ」「お前が殺した」くらい思っている人も多いんでしょう。
さすがの責任転嫁の権化の人たちが揃っているからです。
しかし、もちろんそれは大間違いなのです。この婆さんが私に対する態度を(如来の教えを説いている者への態度を)間違えたからこういう死に方をしたのであり、先ほども書きましたが、この婆さんが私に感謝して布施でもしてくれていたら、決してこんな死に方はしなかったのです。
それこそ畳の上で皆に見守られながら大往生を遂げることが出来たのです。
しかし、この婆さんは如来の教えを知らされていながら、私にまったく感謝しなかった。それがこのような哀れな最後を迎えることになった大きな原因なのです。
如来の教えにちゃんと感謝できるなら、神に感謝できるということですから、そうであるなら、周りの皆にも感謝でき、周りにちゃんと感謝できるなら、周りの皆から気をかけられ、誰にも知られることなく突然死する、などということも起きなかったはずであるからです。
しかし、この辺りはこのような人たちばかりです。(みな如来の教えに逆らっている)
では、この婆さんと同じ結果が現れてくるでしょう。同じことをしていれば同じことが起きるのは当たり前のことであるからです。
どこかの会社などもそうです。もう凄いみたいですよ。次々にコロッと逝く人が出ているようなのです。(昨日何度も確認しましたから〔あまりに引いていたので〕確かです)
この連中も同じでしょう。同じ態度しか取らないものですから、同じ結果しか現れて来ないのです。
それが何時になったら分かるのでしょう。
しかし、特別それは、この辺りの人たちだけではありません。
今年最大、最強の台風も迫って来ています。(何か関東の辺りを直撃するんじゃないかといわれていますが……大丈夫ですか、関東の皆さん。同じ態度を取り続けていれば同じ結果しか出てきませんが……。〔同じ結果どころか、直撃する台風の勢力が段々強まっていませんか?960hPaとかいわれていたのが940hPaとかいわれだしましたし…そんな台風が直撃したら大変な被害が出ますよ〕)
まだ、誰も布施してくれませんが、今回もまた無視するつもりですか?このブログを見ている人たちはです。(ほんとウナッシーさんの爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいです)
しかし、もう次々に災いが現れて来ています。(このブログを見ている人たち、一体どれだけ神を怒らせるのでしょう)いい加減態度を変えてはどうでしょう。
何度もいいますが、同じ態度を続けていても同じ結果しか現れて来ないからです。
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追伸…あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が再開されたようですね。
ずいぶん多くの人たちが観たいと並んだようですが、何であんなものが観たいのでしょう。神経が分かりません。
河村市長も文句をいって座り込みをしているくらいなら、祈られたらどうでしょう。河村市長は念が強そうだから、祈りもきかれそうであるからです。
中日新聞など「表現の不自由展・その後」の再開を嬉々として記事にしているようですが、こういう左翼新聞にも困ったものですね。
ついでに中日新聞も祈ってあげましょうか。報道の仕方が中立でも何でもないからです。
まあ、よいでしょう。せっかくのチャンスです。大村知事から芸術監督から実行委員会から、このようなものを芸術などといっている作家から中日新聞まで、まとめて祈ってあげましょう。
正しい祈りをするのですから、祈られる人たちも喜ばれると思うからです。(笑)



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