10月 20 2019
それぞれの立場
昨日の夕方、家に帰ってくる時、どこかの会社の横を通ると五人も六人もオジちゃんやオバちゃんが外まで出てきたのです。
何事かと思ったら、なんと私に嫌がらせをしてくるんですから呆れました。
わざわざ、そんなくだらないことをするために出てくんなと思ったんですが、しかし、ここまで多くの人が、外まで出てきて嫌がらせをしてきたということはこれまでなかったですね。
いくらこの会社といえどもです。
一人、二人はいましたけどね。これまでも私が通る時に嫌がらせをして来た人がです。それが昨日はまとまって出て来たのですから驚きました。
相当、起きているんでしょうね。災いがです。そうでなければこれだけ一変に多くの人が、表に出てきてまで嫌がらせをしてくるのは考えられないからです。(だって、こちらにまで分かりますから。この会社の中で次々に何か起きているのがです。最近はしょっちゅう大騒ぎしていますから)
それに気づきましたので、その人たちが哀れになり、あんたら俺のいうことをきかないとその災いは止まらないぞと、こちらのいうことをきけと、何度となくいったんですが、それがこの人たちの心まで届いたのかどうなのかはよく分かりません。
何とか気づいてほしいものです。私にどれだけ嫌がらせをしていたところで(それをどれだけ私のせいにしていたところで)起きている災いは止まらないとです。
その災いは自身の心と行いを変えないと止まらないとです。
まあ、どこかの会社など私の悪口をいいたくって、悪いことは全部私のせいにしている人ばかりでしょうから(だから、こういうオジちゃんもオバちゃんも、そういう人たちにずいぶん洗脳されているのでしょうから)それで怒ってこんなことをしてくるんでしょうが、しかし、そんなことをいっている人たちには何の奇跡も起きていないのです。(まだ分かりませんか?そういう人たちのいっていることが間違っていると)
そんなことをいう人たちは、私に嫌がらせをし続け、何か悪いことが起きてくれば、ただそれを私にせいにし続けているだけなのです。
それに対し私は、このようなブログを書き続け奇跡も次々に起きているのです。
では、どちらのいうことを信じれば自分たちが救われるのか(どちらが正しいのか)いい加減正しく理解されたらどうでしょう。
その判断を間違えていると自分たちによいことは起きて来ないからです。
そういう人たちには、そういう人たちの立場があります。だから、自分が働いている会社の人たちを信じないということもなかなか出来ないのでしょうが、しかし、状況が状況です。
その立場を超えて正しい判断をしてもらいたいものです。そうしないともう自身の命にもかかわってくるからです。
それは特別、この会社の人たちだけではないでしょう。
また今日も何か起きていませんか?どこかの会社の次にコロッと逝く人が出たところなどです。(この会社、日曜日も休みませんから)朝からおかしな嫌がらせをしていたようだからです。
こういう人たちも同じですし、他のこの近所の人たちも同じでしょう。(昨夜やたら怒っていたオバちゃんもいますし)そうして他の地域の人たちやバスやトラック、あるいは電車の運転手連中も同じでしょう。
それぞれの立場はあるのでしょうが、自分たちの仲間のいうことをそのまま信じているだけでそれでよいのでしょうか?
私がそれほどひどい人間であるなら、こういう愛あるブログは書けないでしょうし(私がそんなひどいことばかりしているのなら、必ず長年書いているこのブログにもそういう部分が現れてくるからです)奇跡も起きて来ないでしょう。
しかし、私にはこの十年変わることなく奇跡が現れ続けているのです。それどころか、起きる奇跡がドンドン増えているのです。
いくらなんでもおかしいでしょう。悪人にこんなことが起きてくるわけがないからです。
もしです。もし、私が正しい人間であるなら、これまで私のいうことに逆らい続けていた(あるいは無視を続けていた)人たちはどうなるのでしょうか?
そういう人たちは不幸になるはずです。正しいことをいっている人間のいうことに逆らっているからです。
そうなっていませんか。私を認めず、私に逆らい続けている多くの人がです。
それを認めたくはないのでしょうが、事実は事実なのです。
それをよく見てほしいのです。
家族の者たちが皆そういっているのだからお前が悪い、会社の人たちが病気になり、それはあいつのせいだと会社の人たちがいっているのだからお前のせい、あるいは、どれだけ天変地変が激しくなっても、それは温暖化のせいだから仕方がない。
いろいろ理由はつけられるでしょう。皆、それぞれ自分たちの立場があるからです。
しかし、もうこれだけのことが起きているのです。
だから、先ほども書きましたが、そのような立場を超えて正しく判断してくれませんかと、一度そのような立場から離れて、一人の人間としてしっかり周りを見渡し、正見(しょうけん)してみてくださいと、そういっているわけです。(昨日のウナッシーさんからのコメントにも書きましたが、釈尊がいわれた八正道で一番初めに出て来るのがこの正見です。これは正しく見るという意味ですが、その正しく見るとは、第三者の立場に立って、自分を俯瞰〔ふかん〕して見るということです。そうすると自分の正しい立場が分かるからです)
そうしないと正しい判断は出来ないからです。
そのうえでよく考えてみてください。
私のいうことに逆らっている人たちは皆、不幸になっているのです。(ここで頭に血を昇らせないでください。冷静によく考えてみてください。これは事実なのです)
そうして私に従っている人は、皆、奇跡が起きているのです。(これも事実です)
では、私に従った方がいいのですか?それとも逆らった方がいいのしょうか?どちらがよいのですか?ということです。
そこを正しく判断してほしいのです。そうしないとよい世の中はこないからです。
ここで多くの人が判断を間違えてしまうのです。(または、思考停止、それ以上は考えない)それぞれのこれまでの立場(スタンス)があるからでしょう。
これまで自分は神を信じなかった、だからこれからも神を信じない。あるいは周りの者がそういっているからそうなんだ、そんな感じでしょうか。しかし、そのような流れから一度出なくては正しことは分からないということです。
どうですか、自分を第三者の立場に置き、よく考えてみたらです。そうすれば正しことが分かってくるからです。
こんな不幸ばかりが起きる世の中が楽しいですか?よく考えなくてもです。不幸が起きる世の中など楽しいはずがないのです。
しかし、残念ではありますが、現在では、その不幸が次々に起きてくるのが普通になっています。
なぜでしょうか?
その自分たちが否定している神をこれまで信じて来なかったからです。これは事実なのです。多くの人は、その事実をただ信じないだけなのです。
その事実を信じれば起きてくることはガラリと変わるのです。
まあ、簡単に書くなら、こういうことなのです。
一度自分の立場を離れて、そのようなことを素直に考えてみるとよいということです。そうすると案外自分の狭量さがよく分かるからです。
どちらにしてもです。不幸が起きる世の中よりも奇跡が起きる世の中の方がよほどよいはずです。(そこに異論がある人はまずいないと思います)では、答えは一つでしょう。
私に従った方がいいと思います。
別に百パーセント従えとはいっていません。一部でいいから(信じられる範囲でいいから)従ってくださいといっているのです。
それだけでもずいぶん変わってくるからです。自分の周りに起きてくることがです。(今は全然従おうとしない人たちばかりです。だから、これだけひどいことが起きているのです。その起きてくることでよく分かります。多くの人がいかに私のいうことに従っていないかがです)
それ以上は申しませんが、もうすぐにでも私に従っていう通りのことをした方がいい人がたくさんいます。
そのままいてはすぐにでも不幸が起きそうな人たちがです。
そういう人たちのために書いておきますが(何度も同じことをです)もう自分の立場を超え、そうして周りの人たちに惑わされず、正しい判断を自分自身でしなければいけない時が来ています。
そのような人たちは私に従ってください。とりあえず、このブログに感謝して布施(報恩の行為)をしてください。(ケチな小さな考えでいつまでもいるのではなくです。ウナッシーさんのようにです。たいした話ではないのですから快くしてくれればいいのです。そうすれば〔少なくとも今よりは〕幸せになれるからです。金で幸せは買えないといいますが、そのような行いで与えらえる幸せはあります。やるべきことをしないから不幸になっているのです)
そうすれば、そのすぐにでも起きそうな不幸はとりあえず回避されるからです。そうして、その後もです。
出来る範囲でよいですので、このブログに書いていることを実践してください。そうすれば、その実践している程度に合わせた奇跡が周りにも現れてくるからです。
もう、この教えから離れたところに幸せはなく、奇跡が現れることもないのです。そのような時代にすでになっているからです。
このようなことも考えあわせ、ぜひ正しい判断を多くの人が、これからはしていっていただきたいと切に願っています。
そうしないと今のままでは日本は大変なことになってしまうからです。
Uターンした台風二十号に続き、台風二十一号も発生し、その台風も日本に向かってきているようですね。(ほんと次から次に起こされます。災いをです)なぜそうなっているのかはこのブログを見ている人たちはよくご存じでしょう。
そうしてその台風が日本を直撃するなら日本がどうなってしまうのかもです。
このような次々に起きる災いを祓うことが出来るのは、私たちの「正しい心と行い」それのみなのです。
皆さんの方それぞれの立場はよく理解しますが、しかし、それを超えて正しい判断をしなければいけない時がもう来ています。
一人の人間として、神の子の人間として、正しい判断をしてもらえることを願ってやみません。



人目の訪問者です。

いまだにメディアでは台風被害のことを取り上げています。それにしても過ぎ去った台風の被害を見れば事前に想定された警戒レベルであったと思います。その中で被災地からのインタビューで、本流の河川こ報道ばかり気にしていたら、家の裏から支流から溢れた水が浸水して来た、そんな事があったと話していました。それが人知を越えた自然の怖さと気付くことが肝要であると思います。また、私も気付きませんでしたが、新たな問題として災害廃棄物の処理が取り上げられています。今ではその場所の確保さえ厳しいようですが、これもまた災害の一環と捉えても過言でないかと、河川の決壊や越水に向け防災だ減災だと目を向けてはきたけれど全てをカバーすることは自然相手では到底出来ないことと気付くべきでしょう。もう、ここまでくると神に頭を下げて祈ることしか選択肢は残ってないでしょう。あとはそれを実践することが私たちに与えられた防災減災への道でしょう。
ウナッシーさんは想定内だったといわれますが、私は今回の十九号など想定以上のことが起きていると思いますよ。
だから、これほどの被害が、これほど広域に広がったのだとも思いますし、それに、その後も立て続けに二十号、二十一号と台風がこれだけ日本に向かってくるのも、どう考えても(自然どころか)不自然なのです。
これは自然現象ではないからです。
いま日本に起きている現象は、何度もブログに書いていますが「神の怒り」であるからです。
だから、想定内どころか、想定以上ことが(つい先日の三重県に降った五百ミリレベルの豪雨もそうですし)次々に起きてくるのです。
神を怒りに怒らせている、このブログをただで見ている(そうして嫌がらせまでしてくる)超罰当たりな人たちが日本にはたくさんいるからです。
だから、そういう人たちが、その罰当たりな態度を改め、神の怒りを解かないと、いま日本に起きている想定以上の災いは止まらないのです。
それをくどいくらいブログでいっているのですから、ウナッシーさんも、もう少しそれを(神の怒りを)理解してください。
しかし、ウナッシーさんでもこの程度の理解しかしていないということはです。他の人はもっと理解していないということになります。
これほど説明しているのに、ほんと、惨憺たる思いです。
分かりました、しっかりと反省致します。