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10月 27 2019

過ぎ越しの祭を一心に祈る

10:54 AM ブログ

本当にこの近辺はすさまじい結果が現れて来そうですね。

昨日などでも、午前中はあれだけうっとうしかったどこかの会社が(ほんとガチャガチャうるさかったですから)午後からはほとんど何もしてこないのです。

そのあまりの変わりようにまるで違う会社のようでした。(苦笑)よほどのことが昼に起きたのでしょう。そうでなければこれだけ態度を変えるはずがないからです。(午後からはそれこそドン引きしていましたから……昼に従業員の家族か誰かがコロッと逝ったんじゃないですか?)

ほんと嫌がらせをしているそばから何か起きているようです。どこかの会社などです。午前中も何も起きていない、という感じではなかったですから。何か起きて来て、それでキレて嫌がらせをして来ているという感じでしたから。

だからもう次から次に起きているようです。恐ろしい現象がです。

もう一社の(コロッと逝く人が出ている)ところもそうでしょう。本当に変わってしまいました。そこは私が歩いているとしょっちゅう嫌がらせをして来たところなのです。

そこが全然やってこないのです。私が近くを歩いていてもシーンとしています。

何でこんなに変わったのかと(つい先日までは逆にずいぶん怒っていましたから)「おいおい、大丈夫か」とか「みんな死んでないか」とか、声をかけているんですがまるで無視です。

少し前までならこんなことはあり得なかったですね。

何か声をかければ怒ってでかい音を立てて来ていたからです。ここの会社はです。

まあ、この近所はそんな会社ばかりなんですが、それがずいぶん嫌がらせをやって来なくなったのです。どこもです。

この近辺は、コロッと逝く人が(過ぎ越しの祭が)出まくっているということを皆よく知っているからでしょう。

そんなに危ない現象が出ているのなら、もう私のいうことをきけばいいのに、それだけはしないようです。

私のいうことなど死んでもききたくないという人ばかりのようであるからです。(では、死んでも本望でしょう。〔苦笑〕)

それならそれでかまいませんが、ただ、ただです。私はこれから、この過ぎ越しの祭がもっともっとこのブログを見ている人たちに現れるよう祈りますよ。

せっかくこのような現象がたくさん現れてきたのですから、そうした方がいいと思うからです。

「お前は殺人者か」といわれそうですが、まあ、このブログを見ている人たちにそんなことはいわれたくありませんよね。

このブログを見ている人たちほど愛のない人たちも私はいないと思っているからです。(だから、あなたたちの方がよほど殺人者であるといいたいわけです)

私がどれだけいっても全然愛を出そうとしません。それが原因で(神を怒りに怒らせ)これほどのひどいことが日本中に起きて、多くの人が亡くなり、けがをし、家や仕事を失っているといってもまるで無視です。(ほんと実質的な殺人者ですね。このブログを見ている人たちはです)

自分は知らない、自分は関係ないを通そうとしているのが見え見えなんですが、そうであるならです。無理やりにでも愛を出してもらって、私がいっていることが嘘ではないということを証明してもらわねばなりません。

だから、過ぎ越しの祭がもっと現れてくるよう祈るといっているのです。これほど危ない現象が次々に現れてくるのなら、さすがにこのブログを見ている人たちでも、もう愛を出すしかないからです。

自分が愛を出さないならいつ自分がコロッと逝くか知れないからです。

だから、お前がどれだけ祈ろうとそんなことは全然問題ないと、怖くはないと、そう思う人は別に態度を変えなければいいのだし(そういう人が多いと思いますよ。なんせ、このブログを見ている多くの人は無神論ですから。神の業など怖がらないでしょう)それが嫌な人は態度を変えれば(心を入れ替えれば)いいのだし、それだけの話であるからです。

これだけ頑なな人たちが、自分たちの間違いに気づくにはもう過ぎ越しの祭が現れるしかないのです。(三千年前のモーゼの時代もそうであったからです。エジプトの多くの人たちが、自分たちの信仰の間違いに気づいたのはこの過ぎ越しの祭がきっかけでしたから)

だから、これからは、過ぎ越しの祭がドンドン現れてくるよう、一心に全力で祈るといっているのです。

過ぎ越しの祭が次々に現れてくるようなら、みな変わらざるを得ないからです。もっともっと愛を出すしかなくなるからです。

結局、三千年前の人々も、現代の人々も、頑なさは変わらないということです。究極の現象が現れて来ないと(神のことなど)真剣に考えないということです。

だから、この現象がもっと現れてくるよう祈るしかないのですが、どちらにしても、もうこの現象は止まらないでしょう。すでにこちらでは相当現れて来ているようだからです。(昨日違う工事現場でもこの過ぎ越しの祭が現れているところが分かりましたし。この近辺のところですが)

だから、過ぎ越しの祭が現れるのが嫌なら神に祈って布施をすればいいのだし、別にそんな現象は関係ないと思う人は、このまま私のいうことの無視を続ければいいのだし、しかし、この近辺の人たちはです。

従った方がいいのではないですか。私のいうことにです。もうこの近辺のずいぶん多くのところで、ずいぶん多くの過ぎ越しの祭が現れているようであるからです。

どちらにしてもです。これだけ愛を出そうとしない人たちばかりでは、神の怒りは激しくはなってもおさまることはありません。

先日すさまじい豪雨被害を受けた千葉県など、立て続けに三度のひどい水害に見舞われているのです。(台風十五号、十九号、そうして今回の豪雨)

こんなこと起きますか?あまりに起きている現象がひどいからです。(ひどすぎますよね)しかし、そのような不運に不運が重なっているような千葉でもです。

この教えを実践して愛を出せる人が数人でも住んでいるのなら、あのようなひどい災いは防ぐことが出来たのです。

そういう心ある人が住んでいる場所に神はそれほどの現象を現すことはないからです。

それは、この名古屋を見てもらえれば分かると思います。名古屋は私一人なんですが(そういう心ある人はです。自分でいうのも何ですが)たとえ私一人であろうと、神は心ある人が住んでいる場所にはそんなひどい災いは起こさないのです。(多少のことは起きますけどね。そうして、そういう場所でその他の人たちがあまりにひどければ、その人たち自身に何か起きてきますけどね。その通りのことが名古屋には起きています)

だから、災いを起こしたくないのであれば愛を出すことです。そうすれば、そこに災いが現れてくることはないからです。

しかし、今はその愛を出さない人ばかりでありますから、次々に災いが現れてきて、その災いがドンドンひどくなっていっているのです。

このひどい状況から逃れたいのであればです。愛を出すことです。そうすれば自分たちに災いが現れてくることはないからです。(十九号台風の時のウナッシーさんなどそうでしょう。十九号が直撃した静岡にウナッシーさんは住んでいますが、愛を出しているから〔この教えを実践してるから〕ウナッシーさんのところには何も起きませんでした)

私のいうことを信じようが信じまいがそれは自由なんですが、ただ、こちらではです。(日本全体でももちろんそうなんですが)ずいぶん恐ろしい現象が(過ぎ越しの祭が)もう次々に現れて来ています。

それをこの近辺の人たちはよく知っています。

では、この近辺の人たちから始めてみてはどうでしょう。その愛を出す行為をです。そうすればその人たちは守られ、そうして、そのような行いが全国に伝播(でんぱ)していくかもしれないからです。

そうしてそうなるのであればです。全国で起きている激しい災いも鎮まっていきます。

そうなってはじめて私のいうことが正しかったと分かるのですが、そうならない限り(多くの人が愛を出さない限り)この辺りはもちろんですが、日本全国で起きている激しい災いはおさまることはありません。

そうであるなら、私はもう過ぎ越しの祭がもっと現れてくるよう祈るしかないのです。そうしない限り、このブログを見ている人たちの心は変わらないからです。

結局、そのようなすさまじい現象が次々に現れて来ない限り、人の心は変わらないということです。(三千年前もそうでしたから)

だから、私はこれから一心に過ぎ越しの祭が現れるよう祈ります。それが、日本を救い、そうして多くの人々をも救う唯一の方法であるからです。

(それ以外に日本を救う方法はありません。それほどこのブログを見ている人たちは頑なであるということです)

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